18
昨日は少し飲み過ぎた。
柴崎くんとは早々にお開きになり、あの後、またクラブに行ってしまった。
帰宅したら賢也は寝ていて、起きたらもう出掛けた後だった。
「なんなの……」
7年前に計画した私たちの投資詐欺の会社は、今年、そのクロージングを迎える一番大事な時にいるって言うのに。
ここでしくじったら全てが水の泡だ。
……この不安な気持ちを解消してくれるのは賢也しかいないのに。
空気が薄く感じて、浅い息を数多く繰り返す。
オフィスを見回して、賢也の姿を探す。
「東さん、おはようございます。昨日はご馳走様でした」
突然、暖かい日差しに照らされたような、安堵感に包まれる。
一旦、大きく深く息を吸い込んだ。
「おはよう。柴崎くん。黒瀬どこに居るか知らない?」
「さあ、どこか直行したんですかね。今朝はここには来てないですよ」
いないと知り、切羽詰まった気持ちから解き放たれ、落ち着きを取り戻せた。
「そっか。ありがとね」
いつも通り、自席でパソコンのチェックを始める。
最終目標の200億円は既に達成しているのに、まだ売上は伸び続けている。
会社の解散理由をこじつける為に、カタールの業績不振のデータを纏めた。
「あ、そうだ」
資金の大半を逃がしている口座にアクセスした。
私たちは、実際にカタールのオイル輸送の会社に資金を送っている。
本当に投資はしており、その運用方法は丸っきりの嘘ではない。
ただ運用実績に関しては、だいぶ誇張されている。
集めた資金の10分の1にも満たない金額で、細々と行ってきた。
残りの資金をプールしている、海外の匿名口座がある。
「……?」
前回チェックした時は、相当な金額が溜まっていたはずだけど……
残額が無かった。
喉から熱い塊が、ものすごい圧を持ってせり上がってくる。
賢也……賢也……どうしよう……賢也……
思考も感情も混乱しながら、でも、この状況を周りに悟られてはならないと、パタンとパソコンを閉じた。
「東さん?具合悪いんですか?」
閉じたパソコンに体重を預けたまま、かろうじて突っ伏していない私に柴崎くんが声を掛けてくれた。
「うん。ちょっと……」
「早退した方がいいんじゃないですか?僕、黒瀬さんに伝えておきますよ」
「ありがとう。じゃ、悪いんだけど、あとはお願いね」
そう告げて立ち上がろうとしたけど、ふらついて椅子にどさっと尻もちをついた。
「大丈夫じゃなさそうですね。送ります。ちょっと待っててください」
柴崎くんは残っている同僚に何かを伝え、再び私のとこにやって来た。
「タクシー呼びましたんで、下まで一緒に行きましょう」
柴崎くんに鞄を持ってもらい、腕を支えてもらいながらエレベーターに乗った。
「仕事中断させてごめんね」
半分本心だけど、これ以上詐欺の仕事なんてして欲しくないから、もう半分はホッとしていた。
「東さんに倒れられると困るんで。ゆっくり休んで、早く良くなってください」
私を触る手に、少し力が入ったのが分かった。
……助けて欲しい。柴崎くんに全てを打ち明けることが出来たら、この罪悪感から少しは解放されるのだろうか。
あまりにも自分に都合のいい解釈に我ながら呆れつつ、タクシーに乗り込んだ。
帰宅すると賢也がいた。
「どうしてここにいるの?」
震える足に力を込めて、必死に自分を大きく見せる。
「別に」
私が不在の間に、一体なにを企んでいるの?
「聞きたい事があるんだけど」
椅子に座り、テーブルにパソコンを広げた。
冷たい視線を私の手元に注ぐ賢也に、ぞっと寒気がした。
「残高どこにやったの?」
口座の取引履歴の画面を開き、賢也を睨む。
「カタール」
「嘘つかないでよ。あんなとこ送金したって何ともならないじゃない!」
賢也のしている事は許せなかったけど、そもそも私に黙って勝手な行動を取っていることが何よりも腹立たしかった。
「私まで騙そうって言うの?」
賢也に鋭く睨まれる。
「関係ないだろ」
頭が熱くなり、一瞬目の前が赤くなった。
「関係ない事ないでしょ!どんな気持ちでこれまで一緒にやって来たと思ってるのよ!ここに来て『関係ない』なんてふざけたこと言わないでよ!」
思わず手を上げ、賢也に振り下ろす。
瞬きもせず、微動だにしないで、私のビンタを受け止めようとする賢也の顔に、力の抜けた間抜けな手の平が当たった。
私の手を握る賢也の手が温かかった。幾度となく体を重ねてきた相手なのに、この時は知らない人の手のように感じた。
「ごめん」と私は言った。
一方的に叩いたことはいけなかったけど、私が傷ついた事を分かって欲しい。
「何が起きてるのか教えてくれない?」
賢也は感情表現が下手だけど、考えなしに行動するような馬鹿じゃない。
「何かあるんでしょう?話してくれない?」
辛抱強く反応を待つ。
賢也は必ず話してくれる、そう信じてるから。
静かな時が流れた。
そして……
「カタールに行かないか?」
賢也が思い詰めた表情で言った。
彼の感情が表情から読み取れることは滅多にない。
「必要なら」
そう答えた。
賢也が持ちかけてきた投資詐欺会社の設立だけど、私は理解し、納得したうえで協力をしている。
私は丸め込まれた被害者じゃなく共犯者なのだ。
その原点を見に行く必要がある。




