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惚れた弱みにご用心  作者: あおあん


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今夜、いつもの図書館で柴崎さんと黒瀬さんに会う。


たった一口だけど、『オイル・リザーブ・ファンド 10』の契約を交わす予定だ。


預金残高を確認して、銀行の通帳と印鑑を鞄に入れる。


職場には着て行ったことが無い、お気に入りのコートを羽織る。


早く起きれたから、へアアイロンで髪を緩めに巻いた。


一番ヒールの高いパンプスを履く。


早く会社に行ったって、早く夜になるわけじゃないのに、家に居られず、私はいつもより早く家を出た。


「あら、友香里ちゃん、デートでしょ?」


会社に着くなり、隣の席の先輩にからかわれる。


「そんなんじゃないです……彼氏なんていませんし……」


そんなに分かり易かったかな……恥ずかしくて下を向いた。


「なに言ってんの。彼氏じゃなくてもデートくらいするでしょ。これから付き合うかも知れないから、お互いを知るためにデートするもんなんじゃないの?」


「そうなんですか?」


だけど、投資の契約をする為に会うのは、やっぱりデートとは言わないよな。


「大丈夫よ。友香里ちゃん、今日、とっても可愛いからきっと上手くいくわよ」


「そんな……やめてください」


笑いながらしゃべっていると、伯父さんがやって来た。


「社長!見てくださいよ。友香里ちゃん、今日、気合入ってると思いませんか?」


「ああ。なんだか艶っぽいか?」


「言い方!セクハラになりますよ」


伯父さんが少し怖い顔をして、私の方へやって来た。


「男と会うのか?」


返事に困る。


「まさか黒瀬じゃないよな」


ドッキン、ドッキンと心臓が暴れ出す。


「……違います」


咄嗟に嘘をついてしまった。


だって、黒瀬さんは予定になかったし……元はと言えば柴崎さんと契約の為に会うだけだったし……柴崎さんが黒瀬さんを呼んだんだし……


自分で自分に言い訳して、伯父さんについた嘘を無かったことにしている。


こんなに後ろめたいことってある?


伯父さんにも正々堂々と、『あれは怪しい商品じゃないですよ』って教えてあげればいいだけなのに。


どうしちゃったんだろう。


体が動かなかった。






時間通りに駅に着いたら、そこには柴崎さんしかいなかった。


「友香里さん、こっちこっち」


駆け寄る。


「図書館だと話が出来ないので、今日は弊社にお越しいただけないかと思いまして」


「え?」


「契約事項の説明が必要なので、それが一番安全じゃないかって黒瀬さんに指摘されちゃって。ご案内します。ここから近いですよ」


歩き出す柴崎さんに付いて行く。


黒瀬さんが立ち上げた会社……


想像するだけで、背筋がぞくぞくとした。


「仕事帰りで疲れてますよね。すみません」


「大丈夫です。こちらこそ、時間外にお仕事させてしまってすみません」


こじんまりとしているけど、新しそうなオフィスビルに入った。


「狭いですけど、がっかりしないでくださいね」


昭和の事務所まるだしの私の勤め先に比べれば、この時点で、よっぽどかっこいい。


「ふふふ」


自然と笑みがこぼれる。


白いつるつるとした壁が続く突き当りに、ガラスがはめ込まれたドアがあった。


柴崎さんがカードキーを当てて開錠し、ドアを開けてくれる。


「どうぞ」


「失礼します……」


正面には会社のロゴが入った壁と、その前に電話が一台置かれている。


左を向くと開かれた空間に、真っ白いデスクと、カラフルなオフィスチェアがデコレーションされているかのように点在していた。


「かわいい……」


「ははっ。オフィス見て可愛いって」


柴崎さんに笑われてしまったけど、私はこういう会社に就職したくて、学生時代頑張ったんだ。


「私、内定もらえなくて……伯父の会社に就職させてもらったんです。こことはあまりにも違う環境で……羨ましい……」


本音がこぼれ出た。


黒瀬さんのデスクは……勝手に目が探してしまうけど、分からなかった。


「友香里さん、こちらへ」


柴崎さんに促されて、個室に案内されると、黒瀬さんが立っていた。


「ようこそお越しくださいました」


丁寧にお辞儀をされ、私も真下に深く頭を下げる。


「おかけになってください」


上座のイスを黒瀬さんが引いてくださっていた。


「ありがとうございます。凄いオフィスですね。綺麗で可愛いです」


緊張で黒瀬さんを見ることができず、柴崎さんに話しかけてしまった。


「友香里さん、今日はテンション高いですね」


「そ……そうですか?」


浮かれてるのがバレているのだろうか、気まずくて下を向いた。


「この度は『オイル・リザーブ・ファンド 10』を契約いただけますとの事、誠にありがとうございます」


黒瀬さんの綺麗な指先で、私の前に契約書が差し出された。


「既にお聞きいただいた内容もあるかと思いますが、改めて商品紹介と契約内容についてご説明させていただきます」


程よく低く、抑揚の少ない黒瀬さんの声は耳に心地良過ぎて、頭に内容が残ってくれない。


私は黒瀬さんの指先をうっとりと見つめながら、その声に聞き入った。


「よろしければ、こちらにご署名と捺印を」


そう言って、黒瀬さんは手持ちの万年筆を私の前に置いた。


恐る恐る、その重厚なペンを手に取り、日付と名前を記入した。


「ありがとうございました」


万年筆を黒瀬さんに手渡す。


黙って受け取る指先が私の指に触れた。


心臓が爆発する……


震える手を必死で隠し、押印を済ませると、柴崎さんがそれを持って部屋を出た。


「今、控えを準備しています」


「はい」


二人きりになった小さな会議室で、黒瀬さんの視線を感じる。


ピリピリと肌が疼き、じっとしていられない。


「友香里さん」


名前を呼ばれ、顔を上げた。


「ご契約いただきありがとうございました」


そこにあった黒瀬さんの笑顔に、気を失うかと思った。




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