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「さっきのアレ、なんだったの?」
食ってかかるような言い方をしているのは、半分は酔っているせい。
だけど、もう半分は……
「柴崎と話せたんだろ?」
「私の為にしてくれたって言ってるの?」
「……」
「別にそんなこと頼んでないし、変な気を遣わないでくれる?」
先に帰ってシャワーを浴びていた、もう寝る寸前の賢也に腹を立ててしまう。
「友香里さんはクライアント候補だよ?分かってる?」
「御園様じゃあるまいし、たかが知れた金額だろ」
なぜか私が馬鹿にされたみたいでカチンとくる。
「柴崎くんが一生懸命関係を築いてるの知ってるよね?友香里さんと二人でなに話してたの?」
「柴崎が余計なこと言ったから訂正してやったんだよ」
さっきまで楽しく過ごしていた、真面目な男の子を面倒くさそうに言うなんて。
「それなら友香里さんだけじゃなくて、柴崎くんにも同席させれば良かったじゃない?」
「邪魔だよ」
「一言で片付けないで。皆、必死で頑張ってるんだから!」
「やけに突っかかるな。辞めるか?」
賢也が迫ってきて、壁に背中を押し付けられる。
「そんな簡単に言わないでよ。出来るわけないでしょ」
「いつだって辞められるよ。あんな会社、今すぐだって」
これまでの努力を平然と無下にする賢也の台詞が許せない。
「そうね。今すぐではないにしてもその日は近いわよね。もうすぐ目標額に達する。計画通り倒産させて、会社を解散すれば全ては終わるものね。よく考えたらあなたの言う通り簡単な事だったわ」
賢也の目は襲い掛かる寸前の熊を思わせた。
「睨まないでよ。これまでのところ私は上々の働きをしてきたし、あなたの努力も報われるでしょ。お互い、あと腐れなく別れられるように、最後まで仲良くやりましょう?」
得体の知れない不安が私の身体に巣作り、ぽっかりと穴を開けてゆく。
込み上げてくる不安と恐怖から守って欲しくて賢也にしがみ付く。
賢也はゆっくりと強く私を抱きしめ返してくれる。
この瞬間だけ……この空間だけ……私の安全地帯……
「悪かったよ」
耳元で賢也が囁く。
分かってる。同じ痛みを分かち合っている者同士、私には賢也の気持ちが分かる。
7年前に始まった私たちの計画は今年フィニッシュを迎える。
ここまで来てしくじれない。
柴崎くんや友香里さんのような清くまっとうな人を巻き込むのは本意じゃないけど、賢也との計画は絶対に遂行しなければならない。
賢也の体温が上がり、火照りを感じる。
熱く唇を奪われ、頭の芯が痺れてくる。
満たされたい……
間違っている行動かも知れないけど、こうして得られる充実感が今は必要だ。
「東さん、昨日はご馳走様でした」
柴崎くんが缶コーヒーを持ってデスクにやって来た。
「くれるの?ありがとう」
視界の端に納まる賢也に意識が持って行かれないように、首を背ける。
柴崎くんと楽しい夕食を過ごしたはずなのに、その後の賢也とのセックスであまり記憶に残っていない。
激しい鼓動が、柴崎くんと話しているからなのか、賢也との夜を思い出しているからなのか……答えの出ない問いは無視して、柴崎くんに向き合う。
「昨日、黒瀬から友香里さんにご説明して、ご納得いただけたみたいだから、もう一度、契約の交渉をしてみてくれる?」
「分かりました。明日、もう一度トライしてみます!」
鈍感になってしまった私の胸の痛みは、この程度ではビクともしなくなっていた。
友香里さんが10万ちょっとの契約を積み増したところで、その額はあってもなくても関係ない程度の少額だ。
毎朝のルーティンである、前日の売上レポートのチェック。
「あ……」
賢也に目配せして、会議室に誘う。
先に行って、パソコンを設定する。
柴崎くんがくれたコーヒーを飲む。
「お待たせ」
賢也が来て後ろ手でドアを閉めた。
私の隣に座りパソコンを覗き込む。
日報にある売上達成金額を指さす。
「いよいよか」
7年前、大学進学を決めていた私の前に、賢也は現れた。
同じ高校に通っていて、1年生の時はクラスメイトだったけど、2年生の時に賢也は退学したと噂で知った。
原因は知らない。
「一緒に会社やらないか?」
「は?」
それ程会話した事もない私に、なぜそんな誘いをかけて来たのか分かったのは、大学に入ってからだった。
私の父はメディアによく出演する経済アナリストで、高校中退の賢也は会社の信用度を高める為に、私の名前、つまり父の名前を利用した。
その事実は早々に父にバレた。
私は自身が副社長に名を連ねている事を告げ、父に協力を求めた。
もし、あの段階で賢也のプランが粗雑であれば、父に見抜かれ計画は失敗していた。
今だから言えることだけど、あの時、踏みとどまっていれば……と思うことはある。
残念なことに、父は賢也の計画に引っかかり、あろうことか契約書にサインもした。
まさか『騙してる』なんて言えるわけもなく、私は身内でさえ、被害者にしてしまっている。
賢也のプランは巧妙だ。
カタールの事業は実在する。
そして設備投資の話も丸っきりの架空ではない。
時間をかけて実績を作ってきたし、顧客から得た信頼は本物だ。
だからこそ……こんなこと言う資格はないのだけど……騙すのは気が引ける。
積み上げてきた契約金は現状、最大値だ。
会社を解散させることで、この計画は終わりを迎える。
ようやくこの罪悪感から解放される。
もうお終いにしたい。
……疲れた。




