第8話「料理って凄い!」
第8話「料理って凄い!」
「なるほどな」
話を聞き終えたテッラは、静かに頷いた。
「まさか、セルウァーがいた街でそんなことが起きていたなんて思わなかったよ。よし、そう言うことなら分かった。セルウァー、お前が使っていた部屋はそのままにしてある。今日からそこを使って良いぞ」
「えっ、それはさすがに悪い気がするんだけど」
「バカかお前は。そんな状況でそんなことを言ってる場合じゃないだろ。幸いここは酒場だ。色々な奴らが来る。傭兵に近衛団、一般人。そいつらの目がその子を守ることになるだろうし、その子にとっても少しでも気の知れた仲の人間がいた方が、アモルもこの街で生活しやすいだろう」
テッラの言葉にセルウァーは確かにと頷いた。
「それじゃあ、使わせてもらっても良いか?」
「ああ、構わないよ」
「ありがとう」
「別にお礼を言われるようなことはしてないさ。アモルも、今日からよろしくな」
テッラはアモルに向き直ると豪快に笑った。
アモルはアモルで戸惑いながらも、「よろしくお願いします」と返していた。
「うし、お前ら長旅で疲れただろう。今簡単だけど美味い飯を作ってやる。だから、少し待ってろよ」
テッラはそう言葉を残すと、厨房の方に向かってしまう。
「えっ⁉ そろそろ開店時間じゃ」
セルウァーの言葉は、奥に行ってしまったテッラには届かなかった。
この酒場【ウルグス・ウィーヌム】は、昼と夜で営業していた。昼は朝八時から午後の二時まで営業して、そこから四時間後の午後六時から午後十一時までが夜の営業時間となっていた。
そして、今は午後の五時なため開店までは残り一時間しかないのだ。この時間は夜の営業の仕込みで忙しいはずだ。そんな中でそうしてもらうのは、申し訳ないとセルウァーは思ったのだ。しかし、セルウァーが思っていることに気が付いたのか、テッラの妻であるドミナが、コップに新たな茶を二人に注ぎながら口を開いた。
「別に気にしなくても大丈夫よ。あんたら二人分を作るくらい、テッラには朝飯前よ。それにね、セルウァーが帰って来てくれてテッラもかなり喜んでいるはずよ。この街を離れている一ヶ月、あんたの心配ばかりして大変だったんだから」
「そうだったのか。けど、俺だって昔みたいに初心者傭兵ってわけじゃないし」
「それでもよ。あんたはいつまでもテッラにとっては弟みたいなものなんだから。無事に帰って来てくれて嬉しいわ」
ドミナはそこで一度セルウァーに笑いかけてから、「それにね」と言葉を続けた。
「あたしにとってだって、あんたは弟みたいなものなんだからね。そこの所は忘れるんじゃないわよ。それにね、そんな弟が可愛いお嫁さんを連れ帰って来たんだから嬉しさも倍増ってもんよね」
ドミナの思わぬ言葉に、セルウァーは飲んでいた茶を噴きだしてしまう。溢した茶を拭く余裕すらなく、慌てて隣に座るアモルに視線を向ける。視線の先では、アモルが大変なことになっていた。
体全体を赤く染め、口をパクパクとさせてさらにはうわ言のように「おっ……お嫁……さん、お嫁さん……」と繰り返し呟いている。
「アモル、大丈夫か」
セルウァーがそう声をかけると、アモルは「ひゃい」と可愛い悲鳴あげながらこちらに振り向いた。
そして、セルウァーは声をかけたことを後悔してしまう。いや、後悔と言う言葉は少し違うのかもしれない。
だって、蒼色の眸を潤ませ、赤い顔のままこちらを上目遣いで見ているアモルの姿に、セルウァーはものすごい庇護力を駆り立てられた。
めちゃくちゃアモルが可愛いけど、俺の理性がゴリゴリ削れるな!
セルウァーはそう叫びそうになってしまうが、何とかそれを口内に押しとどめた。そんなことを叫んで、アモルに嫌われたら死にたくなるそう言い切れる自信が今のセルウァーにはあった。
ドミナはそんなセルウァーの姿を見て、ニヤニヤとする顔を隠そうともせずに笑っていた。
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さて、何を作ってやるか。
【ウルグス・ウィーヌム】の店主であるテッラは、厨房に戻るとすぐさま冷蔵庫を開いて材料を確認した。
いざ作るとは言ったが、何を作ってやるか。
セルウァーは良いとしても、問題はセルウァーが連れて来た少女だろう。
アモルと名乗った少女は、奴隷だったとセルウァーは言っていた。それを河原で怪我をして倒れていたところを拾って来たと言っていた。
となると、ろくなものを食べてなかったんだろうな。と言うことは、美味い物もそんなに知らないんだろうな。だが、そもそもあの子の好みって何なんだろうな?
テッラは少しの間、悩んでしまったが、一つ思い付いた料理があったのでアモルにはそれを出すことに決め、調理に取り掛かった。
卵を手に取ると、それを三つほどパカパカとボウルに割って溶いていく。そして、それをバターを引いて熱したフライパンに落とした。
それを手早く形を整えてひっくり返していく。卵料理は時間との勝負だ。
テッラが作っているのはオムレツだった。シンプルな料理ではあるが、それだからこそ料理人の腕が試される品でもある。
「よっと。こんなもんかな」
テッラは出来たオムレツを皿に盛りつけると、そこに彩りとして野菜を載せていく。
「オムレツだけだと少ないか? でも、女の子ならこんなもんか。後は野菜スープとパンでも付ければ大丈夫か」
テッラはそう結論付けると、今度はセルウァーの料理に取り掛かっていく。
セルウァーには夜の営業の為に仕込んでいた、ビーフ肉を焼いて出せばいいだろう。あいつは昔っから肉が好きだからな。
その動きはかなり洗練されたものだった。
テッラがここで酒場を開いたのは、テッラが二十三歳の頃だった。そして、それから早十年が経とうとしている。その十年間の経験がテッラの動きを作っていたのだ。
テッラが厨房に入って十分ぐらいが経ったところで、テッラは調理を終えセルウァーたちの所に戻ると、奇妙な光景を目の当たりにすることになった。
セルウァーは何故かテーブルの上に両手を投げ出して、何かを堪えるかのように肩を震わせていて、その隣に座るアモルは顔を真っ赤に染めて何事かを呟いている。
「どういう状況だ一体?」
それを絞り出すだけが、テッラの限界だった。そこにニヤニヤしたまま彼の妻であるドミナが近寄ってくる。
「ドミナ、本当に一体?」
テッラは状況が掴めずに、同じような問いを繰り返してしまう。
「ああ、あれ。別の放っておいても平気よ。二人とも恥ずかしさで悶えているだけだから。直に治ると思うわ」
「そう言うものなのか?」
「そう言うものよ」
テッラはドミナの物言いに、いまいち納得は出来なかったが、そうこうしている内に、料理が冷めてしまうと思い、テッラは料理を二人の元まで運んだ。
「待たせたな。簡単な物しか作れなかったけど食べてくれ」
そう言って、テッラは二人の前に料理が乗った皿を置いた。
セルウァーとアモルの二人は、料理の匂いに釣られて顔を上げた。
「いや、ありがとうテッラ。結構腹減ってたから助かったよ」
セルウァーはそう言いながら、早速フォークを持つと、テッラが焼いてくれた肉に齧り付いている。
その表情はどこまでも幸せそうだった。
そんなセルウァーの表情を見て、アモルは不思議に思い首を傾げてしまう。
今まで旅路の途中で、こんなに幸せそうに食べるセルウァーの姿を見たことはなかった。だから、アモルはセルウァーが食べることに興味を示さない人だと思っていたのだ。だが、今のセルウァーの姿を見ると、そうではない気がしたのだ。
「アモルは大丈夫だったか? 好みが分からなくて適当に好きそうな物を作ってみたんだけど」
「だっ大丈夫です! むしろ、作って頂きありがとうございます!」
律儀に頭を下げるアモルの姿を見て、テッラは思わず笑ってしまう。
「別に気にしないで良い。ここは楽しく飯を食べて酒を飲むところだ。それが誰であってもな。だから、気にしなくて良いさ」
「はい、ありがとうございます」
アモルはお礼を言いながら、フォークを握るがそれでもセルウァーの様子が気になるのか、セルウァーの食べる様子を眺めている。
「気になるのか、セルウァーのこと」
テッラにとっては何気ない質問だったが、アモルにとってはそうではなかったらしくアモルは固まってしまっていた。
そんなアモルの様子にテッラは首を傾げてしまう。
「もうテッラ。言葉が少なすぎ! これじゃあアモルちゃんは別のことを聞かれたんだって勘違いしちゃうじゃない」
すかさずドミナが夫のフォローに入る。
「ごめんね、アモルちゃん。この人が聞きたかったのは、セルウァーがあんな様子でご飯を食べてる様子が気になるかってことなの」
ドミナの言葉に、アモルは「ああ」と納得したように頷いた。
「はい、気になります。ここまで来るまでに何回も食事をしましたけど、セルウァーさんがあんな表情になったことはなかったので。ずっと食べることに興味ないと思っていたのですが、今のセルウァーさんは本当に美味しそうに食べているので」
「なるほど、そう言うことか。ねぇ、アモルちゃん別にあいつは食に対して興味がないとかそんなことはないわよ。ただ、こればっかりはあたしの夫の料理を食べれるのが一番早いわね。ほら、冷めないうちにアモルちゃんもオムレツ食べてみて」
ドミナは促されるように、オムレツをフォークで食べやすい大きさに切り分けた。そして、そこで驚くことになる。オムレツにフォークを突き刺すとふわふわと言う感触が伝わって来るのだ。
アモルはそれを恐る恐る口に運んだ。そして、そこでも驚くことになった。
今まで食べてきたどんな料理にも比べられないぐらいに美味しかったからだ。今まで宿などで食事を食べてはいたが、それはどこも食べられるレベルと言うだけで、美味しいと呼べるものではなかった。それでもアモルが奴隷時代に食べていた物よりも何十倍も何百倍も美味しい物ではあったのだが。
しかし、今目の前に置かれている料理は、それらを簡単に凌駕するほどの美味しさだった。
気が付いたらアモルは我を忘れて、オムレツを食べ進めていた。ふと我に返ると途端に恥ずかしくなってしまい、顔を赤く染めてしまう。
そんなアモルの姿に、他の三人は微笑ましいものを見たとばかりに微笑んでいた。
「美味いか?」
テッラの言葉に、アモルはこくりと頷いた。そして、アモルの中にはある一つの感情が芽生えていた。
それは自分自身もセルウァーに美味しい料理と作りたいと言う願いだった。だからこそ、アモルの口からは自然とその言葉が零れ出たのかもしれない。
「テッラさん、わたしに料理を教えてくれませんか?」
そのアモルのお願いで三人は驚いた表情を浮かべていた。
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