第九話 大魔導師は財閥令嬢
「先生! 大丈夫ですか!?」
「ああ…」
聖とともに、アパートに投げ込まれた魔法の炎をまとう矢の消火作業をはじめると、今度はアパートの木製ドアが、凄まじい爆風と共に完全に吹き飛んだ。
ドガァァァッ!!!!!
粉々に砕けた木片が部屋中に舞い散る中、夜風を背負ってツカツカと足を踏み出してきたのは、黒髪の美少女だった。
その手には、まだメラメラと青い炎をまとった魔導杖が握られている。
「……やっと見つけました、先生!」
世界を救った『大魔導師』――古城沙耶。
数年前、俺の補習クラスで「魔力が暴発するんですぅ!」と泣きつきながら、毎回、実習室を半壊させていた問題児その人だった。
配信のカメラは、その乱入劇の一部始終をバッチリ捉えている。
〈ファッ!? 美少女が爆弾テロ起こしたぞ!?〉
〈待て、あの青い炎……まさか、現役の『大魔導師』サーヤ様じゃねえか!?〉
〈人類最強の剣聖に続いて、今度は大魔導師までこのボロアパートに湧いたぞ……!?〉
〈ってか、サーヤ様、先生って呼んでたけど…まさかな?〉
〈おいおい! このおっさん、どんだけのバケモノを教え育ててんだよ……っ!〉
コメント欄が狂乱のるつぼと化す中、聖が俺と沙耶の間に割って入った。
「こんな乱暴なことをして!? 先生に何かあったらどうするつもりなんだ!?」
「ああ、聖もいたの?」
感心なさげに沙耶が言った。視線はじっと俺を見つめたままだ。
沙耶は聖をグイッと脇へどけると、一直線に俺の目の前まで歩み寄ってきた。
もちろん、土足で。
パンッ!!
「んっ!」
思い切り振り抜かれた彼女の平手打ちが、乾いた音を立てて俺の頬を叩いた。
「っ……いてえな! 何すんだ、いきなり!」
「先生がクビになったって聞いて、北方の要塞都市から飛行機をチャーターして寝ずに飛んできたのです!」
ギロッ! 沙耶は聖をにらみつける。
「それなのに、画面の向こうで良い人ぶって他の男とイチャイチャして……私を何日待たせたと思ってるんです!」
ぷくーっと頬を膨らませて怒る沙耶の姿は、世界を救った大魔導師というより、ただの我が儘な教え子そのものだった。
「まずは先生、私を盛大に抱きしめて歓迎してください!」
「抱きしめるか、窓ガラスとドアを弁償しろ!」
アパートの修理代を誰が払うのか頭を抱える俺と、それに構わずまとわりついてくる沙耶。
「このアパートは私が買い取ったから、自由にしていいのよ」
「買い取ったって……」
古城沙耶。彼女の実家は、古城財閥。揺り籠から棺桶までのいち大コングリマリッドの大財閥のご令嬢だ。
静寂なはずの深夜の配信は、かつての補習クラスの喧騒そのままに、カオスな熱気に包まれていくのだった。
❖
その頃。
大手クラン『ストライド』の本部執務室。
真田誠は、深夜にもかかわらず執務机に座り、苦虫を噛み潰したような顔でタブレット端末を見つめていた。
画面に映っているのは、まさに今、配信で大暴れしている大魔導師・古城沙耶と、それを呆れ顔であやす粕谷の姿だ。
「……ふざけ、るな……」
真田の低い声が、静まり返った執務室に響く。
剣聖・聖悟に続き、大魔導師・古城沙耶までが「先生」と慕い、ボロアパートに集結している。
二人とも『ストライド』から独立したS級探索者だ。
あの地味な根性論を吐くおっさん一人のために、世界最高峰の二大戦力が私設のファンクラブでも作るかのように群がっているのだ。
真田はギリッと奥歯を鳴らした。
我々が莫大な広告費を投じて広めてきた「ストライド流・効率主義」こそが、新人探索者から入会金をむしり取るための最大の看板だ。
それなのに、あの老害が無料で流す「忍耐」という根性論に、我々のメソッドが完全に食われている。
このまま粕谷の理論が「探索者の生存基準」として定着すれば、ストライドの育成プログラムは時代遅れの情報商材に成り下がる。
そうなれば、入会を希望する者は激減し、株主やスポンサーからの信頼も霧散するだろう。
真田は内線ボタンを乱暴に押した。
「企画部を呼べ……! すぐにだ!」
数分後、呼び出された若手幹部が青い顔で飛び込んできた。
真田は冷徹な眼光を若手幹部に向け、吐き捨てるように命令した。
「『忍耐力』とやらに需要があるなら、うちでも真似るぞ」
「は……? しかし会長、先ほどの公式声明では『検証を経ていない根性論』と否定を――」
「世間が求めているのは、生存のための『基礎』とやらだそうだ! ならば、我がクランが最高峰の専門機関と科学的データを交えて、完全無欠の『新・忍耐力プログラム』を開発すればいい!」
真田は、自社が雇い入れた一流のメンタル・トレーナーや運動生理学の権威たちの名前が並ぶ企画書を、ドンと机に叩き出した。
「粕谷のインチキな精神論など、一流のプロが形にすれば一瞬で上位互換を作れる。……いや、あんな素人の講座よりも、遥かに洗練された『公式・忍耐トレーニング』としてパッケージ化するんだ」
「は、はっ……! さっそくカリキュラムを組み上げ、明日にもリリースいたします!」
若手幹部が慌てて頭を下げる。
真田は冷ややかな笑みを浮かべ、モニターの向こうで騒ぐ粕谷を睨みつけた。
「模倣され、上位互換をぶつけられたとき、あの老害がどんな顔をするか……見ものだな」
一流のスタッフ、完璧なカリキュラム、そして莫大な広告費。
すべてを揃えた大手クランが仕掛ける「公式・忍耐講座」が、ネットの海にどのような波紋を呼ぶのか。
結果はあまりにも残酷で、そして明白だった。
読んでくださりありがとうございます!
この小説を読んで
「面白い!」
「連載楽しみにしてた!」
「オッサン主人公頑張れ!」
……と少しでも思ったら、↓の★★★★★、ブックマークで応援してくれると嬉しいです!
あなたの応援が、作者の更新の何よりの原動力になりますので……ぜひよろしくお願いします!




