第七話 試験会場に行かずとも
ジャイアント・カマキリが、玲奈へと襲いかかってくる。
その鋭い鎌をぶんっと振り上げ、玲奈に――
「――そこだ」
キリッとした冷徹な声が、アリーナに響いた。
底辺探索者と嘲笑され、微笑ましく応援されてきた少女とは思えないほど、澄み切った声だった。
ガキンッ!
すさまじい金属音と共に、カマキリの重い一撃が玲奈の掲げた剣の腹に叩きつけられる。
だが、彼女の足元は微動だにしない。
教えてもらった通り、下腹部の丹田に重心を一体化させていたからだ。
(来る……!)
カマキリの初動のテンポ――それを受け止め、あえて「耐える」。
旧来の常識であれば、ここで素早く反撃しようとして手数を増やし、隙を突かれて吹き飛ばされるところだ。
しかし、彼女は違う。
カカカカカッ! とカマキリが繰り出す手数のラッシュを、玲奈は最小限の重心移動とステップだけで、まるで流すようになでるようにいなしていく。
観覧席で腕を組んでいた探索者たちが、思わず息を呑んだ。
「……おい、なんだあいつ」
「攻撃を弾くんじゃなくて、全部いなしてるぞ……?」
「あんなの、C級のベテランでも難しい動きだろ!」
どよめきが広がる。
嘲笑の空気は一瞬で消え去り、アリーナは異様な緊張感に包まれた。
❖
玲奈ちゃんの奮迅を、俺は中継で見守っていた。
本来ならコーチとして会場に足を運ぶべきだろうが、今回は二つの理由から中継で見守ることにいたのだった。
ひとつは、玲奈ちゃんに余計なプレッシャーを与えないため。
『B級探索者の基礎講座』は今、何かと騒がれているらしい。
その自分が会場に出向くことで、いらぬ憶測や注目を浴びることは雑念になるだろう。
そして、もうひとつは――。
確信していたからだ。
忍耐力――その教えを忠実に、謙虚に学びつづける玲奈ちゃんなら、C級試験突破は容易だろうと。
万年落ちこぼれの彼女に何ができるのか、と他の人なら考えるだろう。
だが、彼女は何も挑戦せず、行動せずに万年落ちこぼれだったわけではない。
何度も挑戦し、その度に何度も立ち上がって挑戦してきたのだ。
心くじかれることは何度もあったろう。
バカにされ、笑われ、陰口を叩かれただろう。
弱音をはいたり、被害者意識の塊になって世の中を呪うことだって出来た。
でも、彼女は立ち上がり、今、飛び級試験に挑戦している。
(大丈夫――君なら、できる)
❖
数合のラッシュが終わり、カマキリの動きが、ほんの一瞬だけ止まった。
連続攻撃のあとで、重心がわずかに前へ崩れたその瞬間。
耐えつづけた。
その瞬間のために。
「見えた……!」
玲奈の目がカッと見開かれる。
それは、かつて配信で先生が語っていた「魔物がテンポを失い、主導権を渡す瞬間」そのものだった。
無駄なスキルも、派手な魔法もいらない。
ただ教わった通りに、重心の崩れた相手の懐へと踏み込み、最短の軌道で剣を突き立てる。
ズサッ!
鈍い音と共に、ジャイアント・カマキリの急所を捉えた剣が深く突き刺さる。
「グギャアアアアアアアアア!!!!!」
魔獣は短い絶叫を上げると、ぐらりと巨体を揺らし、そのままアリーナの床へと崩れ落ちた。
シーン……と、観覧席が静まり返る。
一分どころか、数合の攻防。
圧倒的な格上の魔獣を相手にした、完璧すぎる勝利だった。
「勝者、挑戦者・玲奈! C級への昇級を――認定する!」
審判の絶叫のようなコールと共に、アリーナは割れんばかりの大歓声と拍手に包まれた。
❖
その晩の配信は、祝勝会場さながらの盛り上がりだった。
「えー、【玲奈ちゃん】さん、飛び級合格おめでとうございます。みなさんも、忍耐力の重要性を少しは実感してくれたのではないでしょうか」
淡々と告げる俺に対し、コメントの洪水は止まらない。
〈玲奈ちゃんおめでとおおおおお!!!〉
〈マジで二段抜かしの快挙じゃねえか……!〉
〈最後のカマキリいなし、鳥肌立ったわ〉
〈これが「忍耐」の力……おそるべし、先生……〉
〈玲奈タソ、もう底辺なんて言わせねえ!!〉
〈C級昇格おめでとう! 泣けるわ……っ!〉
そんなコメントがものすごい勢いで流れる中で、スーパーチャットの音が鳴り響いた。
ジャラジャラジャラジャラ!
金貨をぶち撒けたような効果音。
これは礼を述べておかなければならないだろう。
『ストライド』をクビになってからというもの、配信講義を続けてはいるが、未だ認証バッジは獲得できておらず、収益化の目処は立っていない。
そんな自分に投げられたスーパーチャットは貴重な生活費だ。
〈おい! スパチャの額面すげーぞw〉
〈ファッ!?〉
〈桁が一個違くないか!?〉
改めてスパチャの額面を確認すると、何と【10万円】と表示されているではないか。
「ありがたいけど、ちょっと高額すぎないか? 大丈夫ですか……?」
スパチャを投げてくれた人のアカウント名を確認しようと、目を細めると……?
そこには見慣れた教え子の名が記されていた。
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