第六話 昇級試験
「――今度、昇級試験を受けてみないか?」
配信の画面越しに告げられたその言葉に、コメント欄は一瞬にして爆発した。
〈ええっ!?〉
〈玲奈ちゃん、F級になったばかりだろ!?〉
〈すぐ昇級できるのか?〉
動揺する視聴者たちの中、【玲奈ちゃん】は少しの間を置いて、チャットを打ち込んできた。
〈私……受けてみます! 先生!〉
「さすが【玲奈ちゃん】だ。それで、受けてもらうのはC級試験なんだけど、いいよね?」
その瞬間、コメント欄の弾幕が完全に凍りついた。
――F級からC級への二段抜かし。
常軌を逸した提案に、日本中の探索者たちがどよめいたのは言うまでもない。
❖
それから数日後。
SNSのトレンドは、前日からの新しい話題で持ちきりになっていた。
#C級飛び級試験
#玲奈ちゃんの挑戦
『B級探索者の基礎講座』の受講生である【@玲奈ちゃん】が、協会に対して「C級への飛び級受験」を申請したことが駆け巡ったのだ。
〈F級からC級ってマジかよ!?〉
〈二段抜かしの飛び級……しかも底辺ダメダメ探索者がだろ?〉
〈これで落ちたら笑いものだなw〉
ネットの海は、期待と冷笑が入り混じった熱狂に包まれていた。
F級すら何度も落第してきた底辺探索者が、いきなり中級の壁であるC級の門を叩く。
しかもそれが、巷でじわじわと生存率を高めつつある「忍耐力」を広めた張本人――『B級探索者・粕谷泰の基礎講座』が関わると聞けば、耳目を集めざるをえない。
大手クラン『ストライド』の本部でも、この話題は小さくないさざ波を生んでいた。
真田誠は、部下からその報告を受けたとき、鼻で笑い飛ばした。
「ふん……素人が調子に乗って道化を演じるだけだ」
探索者昇級試験。
それは公の場で行われ、その様子はネットでも中継される。
「公開試験という名の処刑台で、自分の無力さを思い知るがいい」
SNSでの自爆声明の件もあり、ストライドの威信は地に落ちかけている。
だからこそ真田は、この飛び級試験で「インチキな野良講座の化けの皮が剥がれる瞬間」を心待ちにしていた。
❖
昇級試験の際には、探索者協会認定コーチの推薦があれば、飛び級は可能だ。
『ストライド』はクビになったが、俺は一応、探索者協会の認定コーチである。
【玲奈ちゃん】を推薦することはできる。
昨晩の配信の最中、彼女からこんな問い合わせがあった。
〈あのう……どうして先生は、私が飛び級できると思ったんですか?〉
俺はコメントを通じて、こう答えた。
「理由は簡単だ。遅ればせながら、【玲奈ちゃん】の生配信を見たんだ」
俺の教えを守り、ダンジョンで忍耐強くオークと対峙した彼女の姿。
その動画を見て、俺は確信したのだ。
「君はC級クラスの実力がある」
〈それなら何で今までF級すら落第してたんだよw〉
〈無理に褒めようとしてない?〉
「いや、認定コーチの俺が太鼓判を押すよ。【玲奈ちゃん】は、C級に合格できる。ただ……」
〈ただ、何です!?〉
問いかける彼女に、俺は画面の向こうでニヤリと笑った。
「もう少し、忍耐が必要になってくるんだけど、試してみる?」
❖
午前十時。
都内にある日本ダンジョン協会、その特設アリーナ。
観覧席は、異常なほどの熱気に包まれていた。
普段の昇級試験であれば閑散としている会場が、今日はマスコミ、フリーの攻略配信者、そして大手クランの関係者たちで満員御礼となっている。
アリーナの中央。
そこにポツンと立っていたのは、小柄な少女――【玲奈ちゃん】だった。
「――っ」
四方八方から向けられる膨大な視線と、ざわめくような嘲笑の声。
「あの子か?」
「推薦枠の底辺探索者って」
「どうせ一分も持たずに泣いて逃げるだろ」
そんな悪意混じりの声が、容赦なく耳に飛び込んでくる。
(怖い……。足が、震える……)
玲奈ちゃんは、ぐっと両手を握りしめた。
いつもそうだった。昇級試験になると、メンタルが撃沈する。
失敗したらどうしよう、うまくいかなかったらどうしよう、笑われたらどうしよう、恥ずかしい――。
ネガティブな思考に捕らわれ、思い通りの結果が出なかった。
それが、『B級探索者の基礎講座』を見てから変わった。
F級のときには、丹田を意識し、腹に力を込めて緊張が和らいだ。
そして、今回。
SNSで話題になってしまい、底辺の自分の昇級試験ごときがこんなに注目を集めることになるとは思わなかった。
先生は「C級の実力がある」と言ってはくれたが、自分にはまだその自信がない。
でも――そんなときの対策を、先生から教わってきたのだった。
――忍耐。
嘲りの目、嘲笑の声に囲まれ、厳しく冷たい視線にさらされてもなお、忍耐強く自分を見失わずにいる方法を。
それは――呼吸。
(すぅ……はぁ……)
目を閉じ、玲奈ちゃんは深く息を吸って、丹田に力を込める。
(私は、見られているからって慌てたりしない)
みぞおちから下――下腹部の丹田に、意識をグッと沈める。
波立っていた恐怖が、冷たい水に沈むようにスーッと収まっていった。
重心が据わり、世界が急にスローモーションのようにクリアに見え始める。
深呼吸を繰り返すうちに、全身に血の巡りが行き渡り、冷えていた手のひらが温かくなっていった。
(そう、私には応援してくれる人たちがいる。何より――)
(C級の実力があると、お墨付きをくれた先生の存在がある!)
「――第C-402試験、これより開始します!」
審判の冷徹なコールが響き渡る。
アリーナのゲートがガギィッと開き、C級認定用の獰猛な魔獣『ジャイアント・カマキリ』が、低い唸り声を上げながら飛び出してきた。
すぅ……はぁ……。
慌てない、恐れない。
玲奈ちゃんは自分の剣を構え直し、腰を沈めた。
「シャァァァァァァァァ!!!!!!!」
威嚇してくるジャイアント・カマキリにも動じず、自分の呼吸に意識を集中する。
すぅ……はぁ……。
「シャァァァァァァァァ!!!!!!!」
ジャイアントカマキリが、玲奈へと襲いかかってくる。
その鋭い鎌をぶんっと振り上げ、玲奈に――
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