第五話 大手クランの誤算
深夜。
SNSのトレンドに、突如として見慣れないワードが浮上した。
#B級探索者の基礎講座
#元大手クラン講師
#ストライド公式声明
大手クラン所属の現役C級探索者――アカウント名【ガルフ@gulf_tank】が投稿した長文投稿が、爆発的な勢いで拡散されていた。
¦【ガルフ@gulf_tank】
¦
¦『B級探索者の基礎講座』、全話のアーカイブ見た。
¦最初は舐めてた。
¦「忍耐力なんて教えるものじゃないだろ」って
¦だが訂正する。これヤバい。
¦
¦これまで魔物との戦いは、
¦いかに効果的な攻撃を繰り出すか。
¦ダンジョンにおいて、行動回数が多いことは、
¦戦場を制すと信じられてきた。
¦
¦そのために鍛錬し、
¦スキルを磨くことを至上命題としてきたんだ。
¦攻撃を次々繰り出し、魔物を圧倒する。
¦パーティーによる連携をとったり、
¦隙を生まないよう試行錯誤してきた。
¦
¦でも、『B級探索者の基礎講座』では、
¦その真逆を教えている。
¦
¦「忍耐力」。
¦慎重に相手の出方を窺う――。
¦つまり、まずは魔物に
¦好きに行動させるということだ。
¦
¦旧来の考え方では、
¦魔物の行動によって戦場が圧倒されてしまう……。
¦
¦でも、過去十年のクラン公式データベースと
¦突き合わせたら背筋が凍った。
¦
¦死亡・重傷事故の8割以上が……?
¦行動が仇となり魔物に主導権を奪われることだった。
¦
¦・必殺の斬撃のはずが……
¦ 硬い装甲でダメージが入らず返り討ちにされた
¦
¦・火力呪文で戦場を圧倒したのに、
¦ MPを消費しきって魔物の反撃に遭う
¦
¦戦場に対し、行動回数を多くして主導権を握る。
¦これはテンポの良い快進撃のように見える。
¦
¦カードゲーム、TCGに例えるとわかりやすいだろう。
¦エネルギーや手札のカードを使い切って、
¦全力の攻撃を放ったのに……?
¦
¦相手がその攻撃を一枚のカードでカウンターしたら?
¦返しの相手のターン。
¦手札ゼロ、エネルギーも使い果たしたプレイヤーを
¦倒すのは容易いだろう。
¦
¦データが示すのは、手札を使い切った
¦プレイヤーと同じだ。
¦
¦命を落た探索者の多くが、
¦魔物にテンポを奪われている。
¦
¦その上で、生存確率の高いS級探索者の
¦戦い方を分析してみると……?
¦
¦彼らは最初から攻め立てているわけではない。
¦必ず初動の数合を「耐え」ている。
¦相手の隙や重心の崩れを徹底的に引き出し――
¦最小限の一撃で仕留めている。
¦
¦俺たちはずっと、
¦死にやすい方を「正解」だと
¦教え込まれてたってことかよ……?
このガルフの長文ポストを起点に、タイムラインの空気が一変した。
「またガルフが変な長文を……」という冷笑は一瞬で消え去り、探索者や攻略班特有の偏執的な検証の熱が、日本中のSNSへと一気に流れ込んでいく。
¦【ミレイ @mirei_heal】
¦ガルフの考察、マジで的を射てるわ。
¦「忍耐」や「丹田」の話も、
¦要するに魔物の初動のテンポをいなすための
¦重心管理だったんだ。無視できない知見だわ。
¦【カイト @kaito_dungeon】
¦「日記」を始めたんだが、
¦パーティーの結束が高まって攻略が捗ったわ
¦即効性がありすぎて怖い。
¦今まで手柄や技を競っていたのが、
¦いかに危険だったか思い知らされた……。
ネットの海が「B級探索者の教える忍耐の重要性」を巡って大騒動になっているその頃。
大手クラン『ストライド』の本部では、最高意思決定権者・真田誠の命令によって、慌ただしく一つのプレスリリースが発信されていた。
『昨今、SNS上で話題となっている個人配信「B級探索者の基礎講座」について、当クランとの関係を問うお問い合わせを複数いただいております。当該配信は、当クランの育成プロギラムとは一切関係ありません。当クランは専門機関との連携による科学的・体系的な育成プログラムを運用しており、検証を経ていない根性論・精神論の実践は推奨いたしません。探索者の皆様におかれましては、ご留意くださいますようお願い申し上げます』
書いたのは広報の実務担当であり、会長の「無関係とだけ出しておけ」を会社の体裁が保てる文章量まで水増ししただけのものだった。
だが、世間はそれを全く違う文脈で読み取った。
¦【匿名探索者A @anon_tan】
¦誰もストライドに関係あるかなんて
¦聞いてないんだが?
¦【匿名探索者B @anon_tan2】
¦聞かれてもいないのに必死に否定するのは、
¦図星ってじいちゃんが言ってた
¦【匿名探索者C @anon_tan3】
¦「検証を経ていない根性論・精神論の実践」←生存率
¦上がったんだが? 数字出てるのでは?
¦【匿名探索者D@anon_tan4】
¦『ストライド』の新人研修って入会金数百万円だっけ。
¦『B級探索者の基礎講座』は無料。
¦留意すべき出典はどっちですかねえ?
SNS上では、『【悲報】大手クラン、無名のおじさん配信に公式声明を出してしまう』というまとめニュースが拡散され、声明の全文が一行ずつ徹底的に突っ込まれた。
大手クランが名指しで――正確には、名指しで「無関係」と言っただけで――個人配信の知名度は、一夜で別の次元へと跳ね上がった。
『B級探索者の基礎講座』のチャンネル登録者数は、その声明からわずか二十四時間で数万人から一気に倍増した。
広報担当は青い顔で増え続ける引用通知を眺め、真田は執務室で奥歯を鳴らし、世間の喧騒など、当の本人は露ほども知らなかった。
❖
俺はといえば、その日も授業準備のノートを書いていた。
チャンネル登録者は数万人を突破し、第一回のアーカイブに至っては再生数が数十万回に達している。
「……玲奈ちゃんか、あるいは熱心な視聴者さんたちが、熱心に宣伝してくれたのかな」
律儀な子たちだとは思っていたが、これは少し頑張りすぎだろう。
今度、お礼を言わなければならない。
その夜。
配信開始ボタンを押すと、視聴者数の表示は開始十秒で【5,000】を軽々と超え、一万の数字に迫ろうとしていた。
〈来たぞ本物だ!〉
〈SNSの検証トレンドから来ました〉
〈『ストライド』の声明見た後にここ来ると笑う〉
〈先生、今日のテーマは何ですか!〉
コメント欄は相変わらずの洪水である。
〈先生、今日も勉強になります! あの、すごい人たちがたくさん見に来てますよ……!〉
【@玲奈ちゃん】からのコメントに、俺は反応した。
「ああ、うん。みんな、熱心でいいことだね」
彼女?のおかげで配信は盛り上がっているようだ。感謝してもしきれない。
「ああ、何というか、ネットは疎くてよくわかっていないんだが……【玲奈ちゃん】さんがこの配信を宣伝してくれたのかな?」
〈ちゃんさんって…w〉
〈ネット疎いって、今どきどんだけだよ〉
〈そうなんです! もっとみんなにこの講座のこと知ってほしくって!〉
「【玲奈ちゃん】さんのおかげで、盛り上がっているわけだから……お礼をしたいと思っているんだ」
〈えっ、お礼、ですか!?〉
「【玲奈ちゃん】さんさえよければなんだけど……」
配信上で言うことではないかもしれないが、授業ではない、ライブならではのやり取りなのではないかと考え、つづける。
「今度、昇級試験を受けてみないか?」
〈ええ!?〉
読んでくださりありがとうございます!
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