第三話 剣聖に見つかる
頑張り屋探索者【玲奈ちゃん】のフォロワーたちによって共有・拡散されていった動画の再生回数は、数万回に達しようとしていた――。
〈オークって、玲奈ちゃんと体格差エグくない!?〉
〈玲奈たん、逃げずにしっかり魔物を見据えて回避してる〉
〈逃げずに偉い! 玲奈タソ〉
〈たまたまじゃね?〉
〈ってか、先生ってヤツに教わったからだろ?〉
『【検証求む】F級連敗の底辺探索者が、謎の覚醒をした件について』
そして、検証班の一人が、決定的な発見を投稿する。
〈追跡した。彼女のアカウント、ここ数日ずっと同じ配信のアーカイブに質問を書き込んでる〉
〈『B級探索者・粕谷泰の基礎講座』これがセンセイ?〉
〈視聴者ほぼゼロの無名配信じゃんw〉
〈見てきた。おじさんが延々、精神論語ってる〉
〈三十秒でそっ閉じした〉
〈精神論でS級探索者になれるんだったら、警察はいらねーつーのw〉
〈ってか、「忍耐力」って自己啓発本に必ず書いてあるヤツだし〉
〈薄っぺらw〉
〈AIに台本書かせたんじゃね?〉
〈でも、妙な説得力がある。具体的事例や、理由の説明もしっかりしてる。俺は保存したぞ〉
❖
大手クランの元講師、その無職生活三日目。
インスタントの焼きそばを啜り、夜の配信の準備をして一日が過ぎた。
授業準備に時間をかけるのが俺の流儀だ。
受講者には、知識や技術を持って帰ってほしい。
そんな想いで、一度、講義内容や伝えたいことを言葉にして、ノートに言語化しておく。
時間はかかるが、それは講師として教壇に立つ者の責任だと思っている。
……ま、動画配信ではそんな気張った講義より、気軽に聞き流せるもののほうが良さそうではあるが。
夕方、配信サイトにログインして、クリエーターダッシュボードを確認してみると、妙なことが起こっていた。
アーカイブ配信の再生数が、一万回に届きそうだった。
昨日まで一桁だった第一回が、画面を更新するたびに増えていく。
「ああ……アルゴリズムかな?」
運営が再生数のかさ増しをしてくれたのだろう。
あるいはランダムでトップページのおすすめに載ったか。
収益化バッジ獲得が早まりそうだと期待に胸膨らませ、俺は配信を始めた。
すると視聴者数は……
――1000。
「……ん?」
さらに視聴者数は伸びていき、コメント欄もどんどん流れていく。
〈先生の配信始まった!〉
〈ウワサの精神論おじさんだ!〉
〈服装、ダサ〉
〈玲奈ちゃんも見に来てる?〉
「えー、B級探索者の粕谷泰です。この講座では、ダンジョン攻略で大切な基本を改めてお伝えしていきたいと思っています。派手なスキルや、一獲千金の攻略法はありません」
〈B級ってw〉
〈最前線探索者じゃないじゃん!?〉
〈活躍してない探索者が何語れるん?〉
「今回は、忍耐力のカギとなる、感謝と記録についてお話していきます」
コメント欄は相変わらず、宗教だの精神論だのと茶化すような書き込みで溢れているが、俺は気にせず言葉を続けた。
「感謝が足りない人間は、すぐに誰かのせいにする。すぐに被害者ぶる。自分の力不足を認めず、運や環境のせいにした瞬間から、探索者の成長曲線は止まる」
俺はカメラの向こうの画面をまっすぐに見据えた。
「だが、本当に強い探索者は違う。ダンジョンから命からがら帰還したあと、彼らは何をするか。自分のパフォーマンス、あるいは一緒に組んだ仲間のパフォーマンスの『良かったところ』を、ノートやテキストに書き残すんだ」
〈……ノートに書く?〉
〈反省会じゃなくて、良かったところを?〉
〈日記みたいなもんか?〉
「そうだ。愚痴や反省だけではない。どんなに泥臭い攻略になっても、今日の探索で何が上手くいったか、他人がどう動いて助けてくれたかを見つけ出し、記録し、感謝する」
俺はふっと笑った。
『ストライド』を追放されたことも、今になってみればありがたいことだ。
こうしてコメントを通じて探索者志望者と交流できるのだから。
追放されなければ、体験できないできない世界だった。
「不思議なものでね。そうやって心から感謝し、謙虚な心を持つと、人間のメンタリティは劇的に変わる。それまで『運が悪かった』『あいつのせいで手間取った』とイライラしていた視点が、『この状況から、自分は今なにを学べるか?』という探求心に切り替わるんだ」
〈……あー〉
〈たしかに。文句ばっか言ってる奴って、いつまでも成長しねえわ〉
〈学ぶ姿勢に変わるのか〉
「そうだ。謙虚さは、成長のためのアンテナだ。常に学びの姿勢を失わない者だけが、どんな低層のダンジョンでも、どんな絶望的な状況でも強くなれる。……それが、俺が十年間、生徒たちに言い続けてきたことだ」
熱くなって思わず話してしまったあと、しまった、となった。
ネットの向こうの無名配信者として、ただ淡々と基礎を教えるつもりだったのに、余計なプライドが顔を出してしまった。
〈十年言いつづけた?〉
〈ダンジョン攻略の講師かなんか?〉
〈おっさん、何者だよ〉
口を滑らせてしまったものは仕方がない。
俺は苦笑いで首を振り、カメラに向かってあっさりと言ってのけた。
「あー、まあ、大手クランの探索者育成プログラムの講師をしていたんだけど……数日前に、めでたくクビになってしまってね?」
〈クビwww〉
〈大手クランの講師がなんでこんな底辺配信を……〉
〈闇が深くて草〉
〈でも玲奈ちゃんの件があるし、教える腕は本物だろ〉
コメント欄が急速にざわめき始めるのを尻目に、俺は時計を確認した。
「それじゃ、今日はこのへんにしておこう。それではまた配信を見に来てくれたらと思います! みなさんのダンジョン攻略の生存確率が少しでも上がることを祈って」
慌ただしく挨拶を済ませ、俺は配信を切った。
あんなに冷やかしばかりだったコメント欄が、最後には妙な熱気を帯びていたことに、このときの俺はまだ気づいていなかった。
❖
同日。
南米ギアナ高地の未踏破ダンジョン。
その遠征探索者部隊の宿舎の一室で、一人の剣聖がベッドの上で光る端末を見つめていた。
聖悟。
人類最強の剣聖――S級探索者の中でも上位に君臨するトップランカーである。
聖が眺めているスマホには、SNSのタイムラインに流れてきた切り抜き動画が流れていた。
【@玲奈ちゃん】。
ポンコツ系配信者の彼女は、F級探索者試験に何度も落第してきたが、最近、目覚ましい活躍をみせていると話題になっていた。
それも、「先生」なる人物の動画配信で根性論を叩き込まれただけで変わったというのだ。
実際に【@玲奈ちゃん】の配信を見たが、小柄で陰キャそうな彼女が、オークに怯まず、ぐっと腹に力を込めて、反撃の機会を窺っていた。
――忍耐。
その二文字が、聖の頭に思い浮かぶ。
(……間違いない)
八年前。探索者試験に落ち続け、絶望していた自分に、あの男が叩き込んでくれた「生存の基礎」そのものだった。
動画の出どころを辿る。
『B級探索者・粕谷泰の基礎講座』。
『ストライド』を独立してから、一度も連絡できなかった恩師の名前が、そこにあった。
「……相変わらず不器用ですね、先生?」
大手クラン『ストライド』元講師の肩書を利用してやればいいものを。
聖は苦笑いをこぼした。
「待っていてください、先生――あなたに育てられた感謝を、僕が忘れるとお思いですか?」
明日に迫っていたギアナ高地未踏破ダンジョン深層調査。
聖はその予定をすべて放り出し……。
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