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追放された老害コーチ、配信で「根性論(忍耐)」を教えたら最強の生存戦略になってしまった  作者: 春日康徳


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2/22

第二話 誰でもできる、ただの基礎



ピコン、と。


画面の端に、一件のコメントが表示された。


〈見つけました o(´∀`*)o〉


生配信についたコメントはその一件。


(見つけた? 何のことだ?)


コメントを投稿したアカウント名は【@玲奈《れいな》ちゃん】。


女性か?


まあ、男性だろうが女性だろうと関係ない。貴重なるはじめての受講生だ。視聴者0よりはましだと割り切って、俺は配信をつづけることにする。


「イタリアの芸術家・ミケランジェロの言葉に『天才とは途方もない忍耐である』という言葉があります……」


スマホに向かって話しかける。


探索者育成プログラム講師のときも、居眠りしている者や、上の空の学生たちを前にしてきた。視聴者が一人だからといって、心が折れることはない。


「ダンジョンでは、この忍耐力が命を分けます。例えば、目の前にモンスターが現れた。撃破しなければ、こちらがやられる。そんな焦りや、先手必勝という言葉に惑わされ、不用意に飛び出してしまう……」


忍耐力。


それは自己啓発本でかならず言及される言葉だ。


成功者の共通点は忍耐力であると、誰(・)も(・)が(・)頭(・)で(・)は(・)知(・)っ(・)て(・)い(・)る(・)。


だが、できない。


基本中の基本。


地味で、精神論のようで、何の役にも立たないとバカにされがちだ。


人間は、目新しい攻略法や派手なスキルにどうしても惹かれてしまうからだ。


「だからこそ、ぐっと堪え、相手の出方を窺う。踏み出す前に、まず自分の重心と目線を安定させる。それがダンジョンにおける『忍耐』です」


俺が滔々(とうとう)と話していると、ピコッとまた【@玲奈ちゃん】のコメントがついた。


〈どうやったらその忍耐力は身につけられますか?〉


いい質問だ。


探索者育成プログラムのときは、質問を受け付けても大抵、教室がしーんとするだけだった。


人前で手を挙げて質問するなど、恥ずかしがって誰もやらない。


それが、配信であればコメントで気軽に質問ができる。


配信授業の可能性に少しだけ感心しつつ、俺は質問を読み上げ、丁寧に答えた。


「質問ありがとうございます。忍耐力の身につけ方ですが……まずは丹田(たんでん)たる。お腹に力を入れることです。腹で受ける、腹で練る――古来より武術では腹に意識を据えることがすべての基本とされてきました」


俺はスマホの向こうの誰かに教えるように語った。


「ダンジョンで焦る人間は、いざというときに上半身だけで動こうとする。だから肩が上がり、重心が浮いて、全ての動きが軽くなる。まずは意識をみぞおちから下――下腹部の丹田にグッと沈めてみてください。そこを固めるだけで、恐怖で波立つ心が強制的に『据わる』。それが、命を繋ぐための最初の忍耐です」


❖


その後も、【@玲奈ちゃん】は熱心にコメントを投げてきた。


〈丹田にお腹を沈める……!?〉


〈それって、ただの呼吸法じゃなくて戦闘の基礎なんですか?〉


改めてコメントのリアクションに感心する。


精神論だとバカにせず、自分の言葉を真っ直ぐ受け止めようとしている。そんな学ぶ姿勢は、講師として嬉しくなるものだ。


「そうだ。どんなに強力な武器があっても、重心が抜けていれば一撃で体制を崩される。丹田(たんでん)に力を据える。それがすべての基本だ。……ちなみに、君は探索者なのか?」


俺がそう問いかけると、少しの間を置いて、チャット欄に文字が打ち込まれた。


〈私、F級探索者試験に何度も不合格になっていて……〉


〈もう諦めようかなって思っちゃって……〉


画面の向こうで、その子が切羽詰まった表情をしているのが目に浮かぶようなレスだった。


冷やかしなどではなく、本気で悩んでいる人間からの相談だ。


俺は表情を引き締め、カメラの向こうにハッキリと告げた。


「諦めるのは、基礎を全部試してからでも遅くない。大丈夫。俺の知るS級探索者たちもみんな最初は、基本ができていなかった」


画面の向こうで【@玲奈ちゃん】がどう動いたか、このときの俺にはまだ分からなかった。


ただ、彼女にとってその言葉が、暗闇に差した一筋の光だったことだけは、後になって知ることになる。


❖


そして翌日。


アパートの一室で、俺は再びスマホのカメラを起動していた。


昨日の今日で、劇的に視聴者が増えるわけもない。どうせ今日も同時接続数は片手で足りるだろう――そう思っていた画面の端で、見慣れたアカウント名が光った。


〈先生、昨日はありがとうございました!〉


「お、早いな。で、どうだった?」


俺が軽い気持ちで尋ねると、チャット欄に驚きの文字が連打された。


〈昨日教えてもらった通り、丹田に力を据えてずっと練習したんです!〉


〈浅層のダンジョンでオークと戦ったとき、いつもなら恐怖で足がすくんで吹き飛ばされるのに……〉


〈重心がブレなくて、奴の動きが完全に『見えた』んです!〉


〈攻撃を避けられました! 初めて魔物を倒せました……っ!〉


――ほう。


俺は思わず、息を呑んだ。


教えたのは、ただの基礎だ。


誰でもできる、ただの基礎。


それを、本当にたった一日でモノにした人間がいる。


「……やるじゃないか」


俺が呟いたその言葉は、配信の小さなマイクを伝わり、スマホの向こうの彼女へ、そして――偶然にもその配信を別の場所で覗き見していた、ある物好きの耳へと届いていた。


❖


〈うおおおおおおおおお!!!!!〉


〈玲奈ちゃんがオークを倒したどおおおお!!!!!〉


〈ヾ(´∀`)ノ キャッキャッ♪〉


配信で生中継しながらダンジョン攻略に勤しむ彼女は、何度も昇給試験に落第しているが、健気に挑戦する彼女の一途さに心打たれたファンは意外と少なくない。


彼女がオークを倒すその瞬間は、【玲奈ちゃん】のフォロワーたちに熱狂を持って迎えられた。


そして。


〈どうして突然、倒せるようになったん?〉


〈いつもならぴえーんって逃げてたのに……〉


〈ヤラセか? それとも覚醒した?〉


殺到するコメントに、玲奈ちゃんは興奮冷めやらぬ様子で誇らしげに答えた。


「それはね、昨日たまたま見た配信の『先生』のおかげなんです!」


〈先生?〉


〈誰それ?〉


〈怪しい配信者に洗脳されてて草〉


〈F級が調子乗るなよw〉


コメント欄が「サクラだ」「怪しい宗教か」と一瞬で疑心暗鬼の空気に包まれる。しかし、玲奈ちゃんは全く気にする様子もなく、画面に向かって力説した。


「違うもん! その先生が教えてくれた通りに、丹田を意識したら……本当に世界の動きがハッキリ見えたの! あのおじさん……じゃなくて、先生! 本物のすごい人なんだから!」


熱を帯びた彼女の言葉に、配信の視聴者たちは「本当かよ」「でもオークから逃げ出さず、倒した忍耐力は事実だぞ……?」と、じわじわとざわめき始める。


その小さな一言が、やがてネットの海を駆け巡り、静かな過疎配信の運命を大きく狂わせていくことになるのだが……?

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