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追放された老害コーチ、配信で「根性論(忍耐)」を教えたら最強の生存戦略になってしまった  作者: 春日康徳


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第十八話 帰還


「――くそっ、動かねえ……」


氷漬けになった粕谷(かすや)は心の中で盛大に舌打ちしていた。


自分の完璧すぎる硬化技術のせいで永久保存カプセル状態になっていたが、幸いというか何というか、数分かけて体内のわずかな熱量を手の平の毛細血管に一点集中させ、数ミリ単位で気化・融解を繰り返すという、地味で忍耐を要す基礎動作の末に、なんとか自力でバリバリと殻を割って脱出することに成功したのだった。


「やれやれ、自給自足の解凍作業で肩が凝ったよ…」


全身の氷の破片を軽く払い落とした粕谷(かすや)は、何食わぬ顔で隔離エリアの最深部へと歩みを進める。


そこに待ち構えていたのは、真田(さなだ)の部隊が自分をここに放り込むために使った空間転送の逆行回路(エラープログラム)の残滓だった。


しかし、真田がわざと粕谷を陥れようとそれを仕組んだことを、彼は知らない。


(ふむ。ずいぶん荒い仕事だ。突貫工事で組み上げたのか? ここをこうして、と…)


派手な魔導具など要らない。

粕谷(かすや)は足元に残る転送陣の魔力残滓にそっと指先を触れ、自身の魔力をわずかに同調させる。

暴走しかけていた空間干渉の波長を、深呼吸して合わせるようにスッと正しい位置へ矯正していく。


ピキィィン……!


空間が淡く明滅し、エントランスへと繋がる正規のゲート座標が綺麗に描き出された。


「よし、これなら戻れるだろう


粕谷(かすや)はやれやれと肩をすくめながら、自ら修復した転送陣の中へと足を踏み入れたのだった。


❖


氷獄(ひょうごく)ダンジョンのエントランス。


『ストライド』の崩壊と、真田(さなだ)の逮捕劇。


そして聖(ひじり)と沙耶(さや)の圧倒的な活躍によって世界中がお祭りムードに包まれる中――。


パァン、と軽い音を立てて、ダンジョン帰還ゲートの魔方陣が淡く光った。


「……あ」


沙耶(さや)がハッと息を呑む。

ゲートからフラリと姿を現したのは、ボロ布を纏ったわけでも、満身創痍なわけでもなく、いつものように気怠げにポケットに手をついた粕谷の姿だった。


「ああ、すまない。ちょっと道に迷ってしまって」


「先生――っ!!」


聖(ひじり)と沙耶(さや)は、これまでに見たこともないほどの満面の笑みを浮かべ、文字通り子供のように駆けていった。


二人の瞳には、感極まった大粒の涙が浮かんでいる。


「心配させやがって……っ!」

「本当に、勝手なんですから……!」


二人がそれぞれ抱きつくように駆け寄ってきたのを見て、粕谷(かすや)は面倒くさそうに頭をボリボリとかきながらも、どこか嬉しそうにふっと目を細めた。


「俺が居なくとも、もうお前たちの『忍耐』は、誰にも破れんよ」


その一言を聞いた瞬間、聖(ひじり)と沙耶(さや)はこれ以上ないほどの達成感と誇らしさに満たされた笑顔を咲かせた。


かつて無能の老害と蔑まれていたコーチの元に、最強の弟子たちが揃い踏みし、完全なる大団円の凱旋を果たしたのだった。


❖


だが、世界は広い。

そして、プライドばかりが高い人間にとって、他者の圧倒的な格上の背中ほど毒になるものはない。


場所は、都内にある最高級のプライベート・トレーニングルーム。


巨大なモニターには、先ほどからリピート再生されている氷獄ダンジョンでの配信映像――粕谷(かすや)が「忍耐」だけで全てを無力化した、決定的な瞬間が映し出されていた。


「……なんだ、これは」


呟いたのは、若くして世界ランキングの上位に君臨し、最新鋭の魔導機構と莫大な資金力、そして自身の圧倒的な才能だけに絶対の自信を持っていたS級探索者――冷泉(れいぜい)・公彦(きみひこ)だった。


彼の足元には、最新型を謳う高価な魔導計測端末が無残に踏み砕かれ、散乱している。


「科学的合理性がない……。詠唱もない。魔力の出力値すら、この俺の足元にも及ばないただの『無能のオッサン』のくせに……なんだあのバグじみた強さは……っ!」


血走った目でモニターを睨みつける冷泉(れいぜい)の顔は、嫉妬と恐怖、そして、それ以上に――。


「自分が信奉してきたすべてのやり方が、根本から無惨に否定された」という絶望的なまでの「曇り」に歪んでいた。


今までの自分の努力、最先端の機材、クランの栄光。


そのすべてが、あの泥臭い「忍耐」の前では子供の砂遊びのように見えたのだ。


「認めない……。認められるか、あんな老害が……!」


冷泉(れいぜい)は激しく歯を噛み締め、両手をわなわなと震わせる。


しかし、その心の奥底では、あの圧倒的な強さに触れてみたいという歪んだ執着と、自身のプライドをズタズタにした「元凶」への激しい劣等感が、黒い炎のように渦巻いていた。


「先生、どうして今頃になって!!」


冷泉(れいぜい)は歪んだ笑みを浮かべ、自らのプライドを取り戻すため、そしてその鼻をへし折るために、新たな「挑戦者(カモ)」として動き出す。


最強の老害の噂を聞きつけ、狂気に満ちた次なる嵐が、ひそかに牙を研ぎ澄まし始めるのだった――。


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