第十七話 大誤算
『――!? なんだこれは……っ!?』
大手クラン『ストライド』の本部執務室。
特設された巨大なモニターの前で、代表である真田は血走った目を剥き出し、絶叫していた。
彼の眼前に広がるのは、氷獄ダンジョン深層に設置された監視カメラの映像――ではなく、外部へと強制中継され続けている、リアルタイムの公開処刑映像だった。
真田の極秘命令により、粕谷を未知の深層エリアへと転送。
これによって、粕谷は哀れで情けない様を世間に晒す――。
……そのはずだった。
しかし、そこ映し出されていたのは、真田の目論見など鼻であしらうかのように、「忍耐」だけで氷の巨兵を粉砕し、最後に自分の純度高すぎる硬化防壁のせいで自らカチカチの氷漬けになってしまった粕谷の姿そのものだった。
〈……え……?〉
〈いまの……何だ……?〉
〈敵の攻撃を真っ向から受け止めて、内部から結晶化させて砕いたぞ……!?〉
〈しかも最後、自分で自分の硬化を解けなくなって凍ってやがる……っ!?〉
〈おっさん、最強なのに最後の最後でボケてて草生えるわwww〉
配信のコメント欄は、戦慄から一転して爆笑と驚愕のるつぼと化していた。
だが、笑い事では済まされない事態が、水面下で同時に進行していた。
真田が極秘裏に実行した違法な転送プログラムの制御ログや、強制転送の指示を出したときの音声データ、さらには『ストライド』の裏金を使った隠蔽工作の数々が、なぜかすべて外部のネットワークへと流出し、世界中の配信プラットフォームへ文字通り“丸裸”の状態でブロードキャストされていたのだ。
『ば、馬鹿な……!? 誰だ、ファイアウォールを破ったのは……っ!』
『代表! 株価が……! ストライド関連の主要企業の株価が、一斉に暴落を始めています……っ!』
『やばい、警察とダンジョン管理局の査察部隊が、すでに本部のロビーに突入したとの連絡が……っ!』
側近の社員たちが血の気を引いた顔で次々と叫び声を上げる。
すべては、粕谷という邪魔者を自分の私欲と焦りで消そうとした真田自身の愚行が招いた、完全なる自爆だった。
『ふざけるな……! ふざけるなよ粕谷ぁっ……!! なんだあの化け物は……っ! なぜ俺の完璧な計画がすべて狂う……ッ!!』
真田は目の前のモニターに向かって絶叫し、血の涙を流しながら崩れ落ちた。
大手に君臨し、科学と金力こそが正義だと豪語していたクラン『ストライド』の栄光は、たった数分間の配信によって、音を立てて崩れ去ったのだった。
❖
一方その頃、地上エリアの大型ビジョンの前には、群衆が押し寄せていた。
「――っ! 先生が……!」
氷獄ダンジョンのエントランスにいた聖と沙耶は、目の前の配信映像で粕谷が未知の深層へ飛ばされ、あまつさえ自力で氷漬けになって固まっている姿を目撃し、絶句していた。
だが、パニックになる時間はなかった。
直前まで、彼らは自分たちの手で『深淵の胎動』を完全に沈黙させ、世界を震撼させたのだ。
世界中の視聴者、そして現場に集まった無数の探索者たちが、固唾を飲んで二人の背中を見つめている。
――先生がいなくても、自分たちはやれる。
いや、「先生の教え」があったからこそ、この絶望的な状況ですら冷徹に見極めることができる。
聖は静かに愛刀を納め、その端正な顔立ちに揺るぎない決意を宿した。
沙耶は軽く息を整え、魔導杖を優雅に一振りして、周囲に集まる報道陣や探索者たちへと向き直る。
〈おい見たか……あのガキ共の落ち着きぶり……〉
〈先生が飛ばされたってのに、一ミリも動揺してねぇぞ……〉
〈それどころか、あの『深淵の胎動』をノーアイテムの基礎だけで完封しやがった……!〉
〈すげえ……古城財閥のお嬢様も、あの若き剣聖も、本物の化け物だ……っ!〉
〈ていうか、あの二人の後ろにいた「おっさんコーチ」っていったい何者なんだよ……!?〉
どよめきは、瞬く間に割れんばかりの称賛の嵐へと変わった。
「皆さん、落ち着いてください」
沙耶は世界最高峰の大魔導師としての気高さを湛え、凛とした声を響かせる。
その瞳には、かつて我流の派手さに溺れていた頃の傲慢さは微塵もない。あるのは、ただ一つの絶対的な誇りだけだった。
「わたくしたちが今日、ここでこの災厄を退けられたのは――すべて、我が師である粕谷先生のコーチングの賜物です。先生は今、少しばかり別の場所で『別の道草』を食っていらっしゃいますが……あんな氷の塊ごとき、先生の基礎の前では数秒で自力粉砕なさるでしょう」
その言葉の裏で、実際にはガチガチの氷漬けになって「やべえな、これ」と冷や汗を流している本人の姿など、今の誰も想像すらしていなかった。
「そうだ」
聖が静かに一歩前に出で、鋭い剣気を周囲に散らす。
「俺たちは、先生の背中を見て強くなった。ストライドの小細工がどうあろうと、俺たちの歩む道に迷いはない。――次の一歩は、あの氷の回廊から、俺たちの手で先生を迎えに行くことだ」
聖と沙耶が放った圧倒的な気高さと、師への絶対的な信頼。
その姿に、現場の観衆だけでなく、配信を見つめる世界中の人々の胸が熱く打たれた。
悪辣な大手が自滅し、社会的信用を完全に失う一方で、真の強さと師弟の絆を示した聖と沙耶には、世界中から割れんばかりの賞賛と称賛の嵐が降り注ぐ。
最強の弟子たちが、いよいよ自らの足で世界を塗り替え始める――その眩い序幕が、ここに高らかに鳴り響いたのだった。
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