第十一話 公式プログラムの末路
北方の極寒の地、氷獄ダンジョン。
凍てつくブリザードが吹き荒れるその大門の前に、ひと際目立つ一団が陣取っていた。
大手クラン『ストライド』が誇る精鋭部隊――『スペシャルズ』である。
彼らの身体には、最新鋭のモニタリング装置が装着され、背負ったリュックにはクランが総力を挙げて開発した『公式・次世代忍耐力プログラム』の端末が組み込まれていた。
〈おいおい、ストライドの精鋭部隊が来てるぞ……!〉
〈やっぱりあの怪物を退治に来たのか?〉
〈すげえ最新装備だな。さっきの野良配信のおっさんたちとは大違いだろ〉
野次馬や遠巻きに見守る現地探索者たちの視線を浴びながら、部隊長を務める男――豪田は、自信満々に鼻を鳴らした。
「諸君、よく聞いてくれ!」
豪田は部下たちに向かって、誇らしげに胸を張る。
「世間では、どこかの落ちぶれた元講師が『根性論の忍耐』などと時代遅れの戯言をほざいている!」
はははは、と『スペシャルズ』たちの間で失笑が漏れる。
「だが、我が『ストライド』が持ち込んだのは、最先端の運動生理学とAI解析による『科学的・完全忍耐術』だ! 感情論に頼らず、数値化された効率的な耐えこそが、真の生存スキルなのだ!」
〈さすがストライド!〉
〈精神論よりデータだよな!〉
部下たちの歓声を受け、豪田は不敵に笑った。
彼らはすでに、クランの執務室で真田誠から「粕谷より先に怪物を討伐し、我々の正しさを証明しろ」と厳命されていた。
「よし、突入する! 効率よく、スマートにあの化物を片付けるぞ!」
鋼のメンタルを鍛え上げた精鋭部隊『スペシャルズ』が氷獄ダンジョンへと足を踏み入れていった。
❖
それから一時間ほどして、古城財閥のチャーター機が氷獄ダンジョン前の最前線基地に到着した。
現地に到着すると、探索者や解析スタッフたちから次々と緊迫した報告がもたらされた。
「沙耶様! 『ストライド』の精鋭部隊がダンジョンに突入を……」
「捨て置きなさい。くだらぬ連中のことより、『深淵の胎動』の動向を」
「はっ、申し訳ございません……、更新された観測データはこちらです」
スタッフたちによって、最前線基地のモニターに表示されたのは、沙耶が話してくれた怪物のデータだった。
やはり四半刻ごとに魔力吸収と超再生を繰り返す怪物で、下手に攻撃を加えると、その分のエネルギーをすべて自己修復に回される。
スタッフの焦った報告を聞きながら、俺は腕を組んだ。
沙耶と聖も、顔を引き締めて俺の方を振り返る。
「……先生。やはりわたくしどもの攻撃ではあいつの『吸収と再生』のループを断ち切れません」
ハッと鼻で笑ったのは、聖だった。
「『ストライド』の連中も、今頃その罠に真っ向からハマっているだろうな」
「ええ」
沙耶が応じたが、その声は笑っていなかった。
「あの怪物の莫大な魔力循環を前にして、中途半端な手数はすべて逆効果になる……」
俺は二人の目をまっすぐに見据え、はっきりと告げた。
「安心しろ。『忍耐』を徹底すれば、あんなものは簡単に崩せる」
「なっ……! 忍耐力だけで、あの化物をですか!?」
声を裏返す聖に、微笑んで俺は言った。
「難しく考えるな。やつが吸収したいタイミングで、吸収させなきゃいいんだ」
「それはどういうことでしょう?」
沙耶が訊ねてくる。
「忍耐と言っているが、要するに、テンポコントロールするんだよ」
テンポ。
ダンジョンにおける戦闘では、魔物に攻撃を畳み掛けて、一気に叩く。
テンポよく攻撃をしていくことから、それはテンポ通りの展開といえる。
こちらのやりたいように攻撃し、相手を倒す。
それは気持ちが良い。
しかし、今回の相手は、こちらの思い通りにならない。
だから、忍耐が必要だ。
今度は、相手の思い通りにさせなければいい。
それがテンポ・コントロールだ。
「データによれば、『深淵の胎動』は属性を切り替える。これはつまり、このリズムで防御を固めているってことだろう?」
「敵は『攻撃を受ける』ことをトリガーに吸収を展開する。だったら、いっさいの攻撃を止め、無防備な状態をあえて作り出すことで、敵の吸収プログラムを空回りさせるのさ」
「なるほど……」
俺の話を聞いて、沙耶は推論を引き取った。
「『深淵の胎動』は『いつ吸収すればいいのか?』というリズムを狂わされ、内部的な魔力の循環を一時的に停滞させざるを得なくなる……」
「無駄な体内活動を誘発させるってことですか? でも、それで敵を倒せるんですか?」
「消化がいちばん体力を消耗するって知ってるか?」
聖と沙耶はさらに驚きの顔で俺を見つめる。
「だから動物は、病気になると食べなくなる。だが、『深淵の胎動』は――」
モニターを見上げて俺は言い切った。
「四半刻ごとにモードを切り替え、自動的に『食べ続ける』構造になっている。つまり、こっちは一切手を出さず、ただひたすらに無駄な隙を消して耐え、敵に不要な魔力を過剰摂取させ続けるんだ」
「過剰摂取……!」
「あぁ。あんな化物はな、勝手に無限の魔力を取り込んで、最後にはその莫大すぎる自前のエネルギーに胃袋を焼き切られて自滅する。俺たちがやるべきなのは、殴ることじゃない。『ただ、満腹にして吐かせること』だ」
科学的な効率や派手なスキルばかりに頼ってきた二人にとって、それはあまりにも地味で、しかし絶対的な説得力を持つ理屈だった。
人類最強と謳われる彼らは、その戦術の神髄を理解し、背筋にゾクリと冷たいものが走るのを覚える。
「……なるほど。相手の最強を、そのまま毒に変えるわけですわね」
沙耶が息を呑み、聖も深く頷いた。
「面白い……。俺たちの知っている戦い方とは真逆だが、これ以上に確実な答えはない」
二人の瞳に、かつての我流の傲慢さが完全に消え失せ、純粋な「弟子」としての強い光が灯る。
「よし。準備はいいか。今日からお前たちは『S級』じゃない。ただの『弟子』だ。肩書きは、この基地の入り口に置いてこい」
「「はいっ!」」
二人の力強い返事を聞き届け、俺たちは凍てつく冷気が渦巻く氷獄ダンジョンへと足を踏み入れた。
❖
一方、大手クラン『ストライド』の本部執務室には、氷獄ダンジョンに送り込んだ精鋭部隊からの絶望的な救援通信が届いていた。
「た、たすけてください! 救援を……早く……ぐあああああああああ!!!!!」
ガチャン、と途絶えた通信を前に、真田は青ざめた顔で震える声を吐き出した。
「そんな……ばかな……」
「司令」
真田に若手幹部が冷や汗を流しながら進言する。
「ダンジョンには、粕谷が率いるS級探索者――剣聖と大魔導師の二人がいます。今すぐ彼らに助けを求めましょう!」
「バカを言うな!」
真田の怒鳴り声が執務室に響き渡る。
「二人とも『ストライド』を去った者たちだぞ!? しかも、よりによってあの粕谷に頭を下げるなど――そんな真似ができるか!」
「しかし会長! このままでは精鋭部隊が全滅し、我がクランの威信は完全に地に落ちます!」
モニターの向こうで沈黙していく部隊のステータス表示を見つめながら、真田は自分の唇を血が滲むほどに噛みしめるのだった。




