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第3話 王太子の苦労

「アラン様って学園以外でこんなに忙しかったの?」

「リサ様も王太子妃教育で忙しいですよね」

「でも……比べものにならないわ」  


 アラン様を装って生活をすると決めてから数日。いまだ元に戻る気配はなく、私はジーン様の手ほどきを受けながら、なんとかアラン様を演じている。  


 アラン様の生活は、私の想像を遥かに超える忙しさだった。私は学園から帰ってきたら、書類決裁に外交のための勉強、派閥間の調整のための面談など。やることが山積みである。アラン様は王太子教育はすでに終えられているので、規模的には小さい事案の決裁をも任されている。


「ねえ。アラン様を王宮内に呼んでやってもらう方が早くない?」


「書類決裁は出来ても、面談にリサ様の顔をした者がいるわけにはいかないでしょう。それに外交のための勉強は、王太子妃教育にも役立ちますし」  


 (いずれ婚約破棄をするから王太子妃教育は関係なくなるのに……)  


「そういえば、アラン様は、私の代わりに王太子妃教育を受けているのよね」  


 私は、アラン様は私の代わりを上手く演じているのだろうかと少し心配になった。  


「えぇ。でも、そちらは問題ないでしょう。殿下ですから難なくこなしていると思います」  


「……あまりにも出来が良いと、まずくないかしら? 急に頭が良くなったというのは疑念をもたれないかしら?」

「……確かに。明日殿下に、60%くらい手を抜くように言っておきます」


「そんなに!?」

「間違いました。80%くらいかもしれません」


「……それは私の出来が悪いのか、アラン様の出来が良すぎるのか。どちらかしら?」

「ノーコメントです」  


 私がじっと見つめても、ジーン様は表情が読めない顔を崩さない。 私は、それにしても、とため息をつきながら話す。  


「王太子がこんなに忙しいなんて知らなかったわ……」  


 学園に行けば、令嬢令息たちに愛想を振りまきつつ、足を引っ張られないように常に気を張らなければいけない。学園から帰れば、王太子としての仕事や勉強が山積み。  


(私、アラン様のこと何も知らなかったわ……こんなに忙しいなんて)  


 アラン様は、王宮でお茶に誘ってくれることもあった。まさか、こんなに忙しい毎日で、縫うように時間を作ってくれていたとは思わなかった。  


「お茶に誘われたとき、もっとアラン様に楽しんでもらうようにすれば良かったわ」

「大丈夫ですよ。リサ様がいらっしゃるだけで、殿下は楽しんでいましたから」  


「そうかしら……こんな忙しい時間の中で、わざわざ私なんかに時間を割いてくれていたなんて」


「殿下が勉強から逃げる口実にもなっていたでしょうし、なにせ殿下は、何よりリサ様と会えるのを楽しみにしていましたよ」  


 ジーン様はそういうが、お茶のとき、アラン様は顔を正面に向けずに少し斜めを向いていた。

 私の顔を見たくないからかなと思っていた。話しかけても短い一言二言だけだった。  


 (でも、いつも私好みのお菓子を用意してくれていたのよね。誰から聞いたのかしらと不思議だったけど)  


 私がお茶会を思い返して考え込む。  


「リサ様。今は良いですけど、外ではその顔、気をつけてくださいね」

「え? どんな顔していた?」

「七変化みたいでした。少し怒ったような顔をしたと思ったら、不思議そうな顔をしたり」  


 令嬢の姿の私は、外では表情管理が得意だったはずなのに。  


「今はあなたしかいないから、気を抜いていただけよ。私は鉄の女と言われているのよ。感情を見えないようにするのは得意なんだから!」


「得意顔をするのもやめてください。殿下はそんな顔をしません」

「じゃあ、これなら良いの?」  


 私はいつものアラン様のようにニッコリと笑った。  


「あぁ、そうですね。でも、ただ笑うだけではダメです。笑顔にも種類があるんですよ」

「え?! 笑顔に種類?」  


「はい。まずは興味の無い令嬢令息たちには、華やかな笑顔。足をひっぱろうとしたりよからぬ野心を持っているような相手には射貫くような笑顔。外交で有利な条件を引っ張るためには不快に思わせないような笑顔。それから……」


「ちょ、ちょっと待って?! いったんストップ!」  


「え、アラン様ってただ笑顔を振りまいていたわけではないってこと?」

「殿下をバカにしないでいただきたいですね。殿下は約20種類の笑顔を使い分けていました」


「に、20……」  


 私はめまいがした。  


「ねぇ。まさか、私にその20種類の笑顔を使い分けろなんて……」


「そうです。察しが早いですね。今日は5種類の笑顔の使い分けを特訓したいと思います」

「……特訓は明日からにしてくれないかしら?」  


 私は、おねだりをするような笑顔を見せた。  


「……柔らかすぎますね。その笑顔じゃ、相手は言うことを聞きません。やり直しです」   


 (スパルタすぎる……早く元に戻ってくれないかしら)  


 ◇


 入れ替わりから2週間経ち、私もだいぶアラン様のふりが板についてきた。ただ……  


「歩幅が小さすぎます」

「こう?」  


 私が広くして歩くとジーン様からの容赦ない指摘が入る。  


「そこまで広いと、上から目線の人間に見えます。もう半歩狭くしてください」

「ねぇそれ本当?! 歩幅でそこまで見え方変わる?」  


「はい。殿下は気になさっていました。堂々とする必要はあるけれども、堂々としすぎると敵を作りやすいので」  


 私はげんなりすると共に、アラン様が一挙一足、気を抜くことなく生活をしていることに可哀想な気持ちとなった。  


「アラン様に、心休まる時ってあったのかしら……」

「ありましたよ」


 ジーン様が即答する。私は予想外の返答に少し反応が遅れた。


「……え?あったの」

「はい、もちろんですよ」  


「殿下は『彼女と会っていると全ての疲れが吹き飛ぶ』と言っていましたよ。あっ、私が言ったということは内緒でお願いしますね。本人から言うべきことなので」

「そうなのね……」  


(なんだ。やっぱり、私は隠れ蓑だったのね)  


 私は、少し心配して損した気持ちと、癒やしの存在がやはりいたのだという切ない気持ちが入り交じった。  


 この2週間でアラン様について分かったことがあり、私は勝手に、アラン様はもしかしたら私のことに興味がないからの態度ではなかったのかもしれないと思い始めていたのだ。


 分かったこととは、まず多忙だということ。

 そして、もう一つは、ただモテているわけではないこと。  


 令嬢や令息達が周りに群がっているので、私はただアラン様がモテているのだと思っていた。

 しかし、よく見ると、みんな笑顔を向けてくるが、同時に観察もしている。何を考えているか、誰を見るか、誰に微笑むか。全部見られているのだ。アラン様の周りには色々な思惑が激しく飛び交っていた。 


 私も社交界なので令嬢たちの腹の探り合いは経験している。しかし、それともまた少し違う。  


 貴族令嬢のように、嫌みに嫌みで対抗をすれば、それは別の誤解を生む。敵を倒せば新たな敵が出てくる。完璧な王太子を演じることが出来なければ、一気に引きずり下ろしてやるという視線。  


 もちろん、単純に好意的な視線もあるが、隙あれば自分を売り込もうとする野心的な視線。それらの視線をうまく交わしながら、完璧に演じなければいけないのだ。  


(これでは……息が詰まってしまうわ)  


 そして、『笑顔』の意味だ。  


 私はこの2週間のうち、疲れ切ってしまい、ふと無表情になったことがあった。すると周りの空気が変わった。

 令嬢や令息たちが、私に近づいてきたのだ。  


「殿下。何かございましたか?」

「ご気分が優れませんの?」

「もしや婚約者殿から何か言われたとか?」  


 心配しているのか、何か別の思惑があるのか。貴族達が私のことを探り始めているような気がした。一歩踏み込まれる感覚。  


 怖くなって、私は反射的に微笑んだ。すると、みんな安心したように引いていく。  


(私が笑っただけで、みんなの距離が元に戻ったわ)  


 笑顔は自分を守る防御壁であることを、身をもって知ったのだ。

 興味の無い者にこそ、笑顔を振りまく。笑顔を振りまいて敵が出来ることはないので笑顔は大切だ。ただ、笑顔を向ければ、相手は満足する。それ以上は踏み込んでこない。あの笑顔は壁の役割を担っている。  


 殿下はいつも笑っていた。誰に対しても柔らかく、穏やかで、完璧な笑み。

 けれど、あれは親しみでは無かった。むしろ逆だ。誰にも本心を触れさせないための、キレイな壁。  


(私に笑顔を見せてくれなかったのって……)  


「いや、そんなはずないわ!調子に乗っちゃダメよ!」  


 私は自分に都合のよい考えを振り払う。アラン様には癒しの存在がいたのだから。

 そして、今日はアラン様の、真実の愛の相手であるカイラ王女が遊びに来るのだから。  


 アラン様とカイラ王女がうまくいくように振る舞わなければならないのだ。  


「リサ様。今日はカイラ王女が王宮にいらっしゃいます」


「はい……今日は一段と頑張らなければいけませんね?」


「一段と、というのは分かりませんが……最悪、カイラ王女にならバレても問題ないとは思いますが、それでも一応は気をつけてください」

 


「バレたら問題ですよね……カイラ王女は悲しみますよね。本当はアラン様に会いに来ただろうに」

「悲しむ? うーん、どうでしょうか」  


「カイラ王女とアラン様の仲が深まるように、私頑張ります」


「……何か誤解しているような気もするのですが、まぁお会いになれば分かると思いますが」  


 そうして私は、緊張しながら、カイラ王女と対面をすることとなったのだ。  


「カイラ王女殿下がお見えです」  


 私は貴賓室の扉を開く。そこには、凜とした美しいカイラ王女が座っていた。凜とした中にもあどけなさのような可愛らしさが混在する。


 私は思わず息をのんだ。  


 ただそれも一瞬のこと、私はアラン王太子として微笑む。

 この笑顔は、相手のことを想っていますという笑顔……のつもり。  


「お久しぶりです、カイラ王女」

「……ええ、本当に」  


 親しげな二人の時間が始まった。

本日の21時頃に第4話を更新予定です。

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