第2話 私が王太子に?!
「はぁ?!」
ある朝、私は鏡の前で大声を出してしまった。
「殿下! どうなされましたか?」
アラン様の側近のジーン様が、扉を無造作に開けて走り寄ってくる。
「どうって……は?」
鏡の前にいるのはアラン様だった。
でも私が顔に手を当てると鏡の中のアラン様も同じ動きをする。私は、ほっぺたを引っ張ってみる。鏡の中のアラン様も引っ張る。
「痛いっ!」
「殿下……寝ぼけていらっしゃるのですか?」
ジーン様が訝しげな顔をしている。
これは……私はアラン様になってしまっている。
私は改めて鏡を見る……どうみてもアラン様だ。しかも夢でもないようだ。
「私はリサなんです、突然アラン様になってしまったんです』と訴えたところで、アラン様の頭が壊れたと思われてしまうだろう。そうしたら、アラン様の王太子としての地位もどうなるか分からない。
パニック過ぎて、むしろ冷静な自分もいる。私の行動はアラン様の行動として、他人の目には映る。どうやってアラン様になってしまったかは分からないので、戻り方も分からない。
となれば、腹をくくってアラン様として振る舞うしかない。
と、冷静に考える自分がいる一方で、何がどうなってるの?!誰か助けて! と叫び出したい自分もいる。しかし、そんなことはおくびにも出さずに外面を装わなければいけない。
内心を隠すことは、貴族令嬢の化かし合いでは当然必要なスキルだ。鉄の女と揶揄されてきた私にとっては、感情を表に出さないように振る舞うことは得意だ。
(とはいっても、中身が私であることを隠すのは相当高度なスキルよ)
こうして、私は、アラン様として生活をすることを覚悟したのであった。
(今日一日で終われば良いけど……)
◇
「おはよう」
私が挨拶をすると、周囲の令嬢たちが一斉に寄ってくる。
「アラン様、おはようございます」
「今日の雰囲気も素敵ですね」
「朝からアラン様をお見かけできると一日幸せにすごせるのです」
「歩いているだけでオーラが違いますわ」
令嬢たちが口々に話す内容は、心から思っているとは感じられない。けど、止めどなく令嬢たちから賛辞の声があふれ出てくる。
慌てていてセットが出来ていなかった髪型なのに、無造作で素敵とか。今日のお召し物も素敵ですわとか。……制服だから毎日同じなのに。
今までのアラン様の立場があるので、むげにすることも出来ず、私は笑顔を振りまいて乗り越えようとした。しかし、笑顔を向ければ、キャーと歓声があがる。
(モテるのって……しんどい!)
私が笑顔のまま立ち往生していると、側近のジーン様がさっとやってきて、私の腕を引っ張り、令嬢たちの輪から連れ出してくれた。
「すまない、助かった」
令嬢達から離れたところで、ジーン様が私の腕を放す。
「……あなた、殿下ですか?」
ジーン様が私をじっと見ながら尋ねてくる。
「え?」
「殿下じゃないですよね?」
(え、なにこの人! まさか見抜いたの?!)
「ぼ、僕は、殿下だ」
ジーン様が、私をじっと見る。
「あ、廊下の向こうにリサ様がいます」
「え?」
私が廊下の向こうを見る。しかし、そこには誰もいなかった。
「誰もいないじゃないか」
「殿下じゃないですね。……誰ですか?」
「な、なにを」
「殿下でしたら、リサ様がいると聞いたら、無言で走って行きます。もしいないと分かったら、見つかるまで、どこまでも探し回ります」
「え……ちょっと怖っ」
「なので、顔だけ向けて、リサ様を探しもしないだなんて、あり得ないのです」
私は、この人にだったら本当のことを言っても、アラン様に不利にならないかもと判断した。 それに、私一人でこの難題を解決するのは、もう無理だった。
「……私、リサなんです」
「……殿下。リサ様が好きすぎて、おかしくなったというわけではないですよね」
「違います! 朝起きたら、なぜかアラン様になっていたのです!」
「分かりました。信じます」
ジーン様が間髪おかずに答える。
「え?! そんなにすぐに信じてくれるの?」
「今日の殿下はおかしかったですから。殿下のはずありませんので、リサ様と聞いて納得しました」
「良かった! 信じてもらえないと思った!」
私は嬉しくて、思わず抱きつきそうになった。それをジーン様は手で躱し、冷静な声で、私が気にしなければならないことを告げた。
「となると、見た目がリサ様の中身は殿下、ということですね」
「……! 確かに! いますぐアラン様に会いに行かないと!」
「残念ながら、これから授業です。殿下は授業をサボるなんてことはしません。昼休みに会いに行きましょう」
「私だってしないわよ……」
そして昼休み、私と側近は、アラン様(見た目は私)に会いに行こうとした。しかし、周りを令嬢たちに囲まれて行きたい場所にも行けない。
「……助けて……」
私は小声でジーン様に言う。
ジーン様は、素早く私の周りの令嬢たちを捌き、私の腕を引っ張りどこかに連れて行く。着いたところは、図書室の奥にある部屋だ。
「ここは、アラン様が一人で隠れるために学園から特別に用意された部屋です」
「えっ! こんな部屋があったの? いつもお昼休みにアラン様はいないから、どこかで令嬢たちとランチをしているのだと思っていたわ」
「そんな勘違いをしていたとは……殿下がリサ様以外の女性とランチなんてするはずありません」
「どうして?」
「それは……私の口から言って良いのか分からないので。殿下から聞いてください。へたれ殿下から」
「へたれ?」
「まぁ、それはいいとして! 今からここに殿下を呼んできますので、しばしお待ちください」
そういうと、ジーン様は風のようにいなくなった。しばらくすると、ジーン様は、見た目は私のアラン様を連れてきた。
「……アラン様?」
「……リサか?」
ジーンはそんな私たちを見ながら「頭がバグる……」と言って、額に手を当てている。
「アラン様。とんでもないことになってしまいましたわ」
「あぁ。朝起きたら、リサの身体になっていて呆然としていたら、お前のメイドが部屋に入ってきて……」
そう言うと、私の顔をしたアラン様は何だか気まずそうな顔をしている。私は自分の顔なので、私自身がその顔をしているような複雑な気持ちになってきた。
「メイドの彼女、大丈夫でしたか?」
「……大丈夫、とはハッキリとは言えないが、助かったことは助かった」
アラン様はため息をつく。
私の見た目で、目を少し伏せて物思いに伏せている様子を見るのは変な感じだ。中身がアラン様のせいなのか、もの悲しい様子が、少し艶めかしく見える。
(私って……意外といけているのかしら)
私の見た目のアラン様が、指を触りながら話を続ける。
「鏡の前で立ち尽くしていたら、メイドから『寝ぼけているのか、シャキっとしろ』と言われて、あれよあれよと着替えさせられて、髪を整えられた」
「……なんだかすみません。他に、彼女、何か変なこと言っていませんでしたか?」
私は嫌な予感がして、冷や汗が出てきた。
(アラン様について、あの子、何か言ってる可能性ある! やばい!)
いつも、朝から私がウジウジしていると、メイドの彼女は私を叱咤激励していたのだ。
「とても可愛いく結えましたよ。アラン殿下も惚れ直してしまうでしょう」とか 「そんなに背中を丸くしていたら、アラン殿下に嫌われてしまいますよ」とか言うことがあるのだ。
「……いや。特になにも」
アラン様は、目線を床に向けたまま答える。何となく気まずいような空気を感じる。
「そうですか、それならいいのですが……」
「それよりも、この状況、どうしたらいいのですか?」
「俺にも分からない。ジーン、何か分かるか? って分かるはずないよな」
「はい。わかりません」
ジーン様はきっぱりと答える。
「ただ一つ言えるのは、元に戻るまで、お互いにお互いを演じなければいけないということです」
「……だよな」
「私にそんなこと出来るのでしょうか……」
「リサ様。出来るのかではなく、やらなければいけないのです」
3人の中で、この不可解な出来事に一番適応をしているのはジーン様かもしれない。私は未だに動揺しているし、アラン様も物憂げな顔をしている。
「まず、リサ様。あなたは、いまは殿下の見た目をしています。そのため、あなたの言動は非常に大切になりますので、私はあなたのそばにいて指導します。何かあれば助けます」
「お願いします! ジーン様だけが頼りです!」
私はジーン様を拝んだ。
「殿下は……頑張ってください」
「おい! 俺が令嬢のふりをするのだって、すごく難しいんだぞ」
「でもただの令嬢ではないでしょ。リサ様ですから……よーくご存じではないのですか?」
「……」
アラン様は黙りこくってしまった。
(よくご存じっていうのは、婚約者なのに、何も知らないのかっていう嫌みかしら……)
「ということで、リサ様。今日から特訓です。王宮に戻ったら、殿下の学園での振る舞い方などをレクチャーします」
「はい! ジーン様! ……って出来ますか?」
「だから、出来ますか? ではなく、やるんです!」
「はいっ!」
私はジーン様の言葉に、背筋をピンと伸ばし、思わず敬礼をした。
「ジーン。リサに、あまり厳しくしないでくれよ」
アラン様が私を気遣う言葉をジーン様に投げかける。
「いいえ。それだと、殿下の評判に関わるのです。殿下は自分の心配をしてください。……そんな足を広げて座っている令嬢はいませんからね!」
「アラン様! はしたない真似は気をつけてください!」
「……! すまない」
明日の19時頃に第3話を更新予定です。




