第1話 婚約破棄の申出
「アラン様。婚約破棄してください」
「……なんで?」
「それは……」
私は、婚約者であるアラン様に、婚約破棄をお願いする。
アラン様は我が国の第一王太子。
それだけでも、色々な思惑でアラン様を狙う人が多い。それに加えて、アラン様の外見は誰もがポーとしてしまうほど端正な顔と引き締まった身体。そんなアラン様がモテないはずがなかった。
そして、ライバル多数のアラン様が、婚約者として選んだのが、まさかの私、侯爵令嬢のリサだ。
見た目は、自分で言うのもなんだが、まぁ悪くはない方だと思う。けれど、スタイルが良いわけでもなく、ごく普通。髪の毛も輝かしく艶めいた金髪のアラン様と比べると、平凡な茶色で煌めいてはいない。家柄は侯爵家なのでそれなりではある。しかし、伝統はあるが財力はさしてない。
そんな私が、アラン様の婚約者に選ばれたときには、周囲は何か裏があるのだろうと疑った。
私自身もそうだ。
しかし、アラン様に聞いても「不満あるのかい?」とか質問返ししか言わない。
アラン様を狙っている令嬢たちからは、何か汚い手を使ってアラン様の弱みを握っているのだろうと揶揄される。 私に面と向かってストレートに文句を言ってくる者はいない。しかし、回りくどい嫌みを言ったり、噂を周囲にばらまいて孤立させようとしてくる者たちは沢山いる。
私ですら、アラン様の婚約者に選ばれたのが納得していないため、周囲の人間が嫌みを言うのも気持ちが分かってしまう。時には、嫌みには嫌みで対抗したり、噂を流す者を見つけ出して問い詰めるなどもしている。ただ、キリがないので、基本的には何を言われても動じないし、感情を見せないようにしている。
そのため『鉄の女』とのあだ名がついている。
(氷の令嬢とかの方が格好いいのになぁ。けど、私には似合わないわね)
私自身が、なぜ婚約者なの?と疑問を持つくらいだから、周囲はもっと疑問を解消できないだろう。
両親までも「なぜお前なのかな? いや、お前は私たちにとっては、国一番の美人だと思ってるよ。でもなぁ」と首をかしげている。
そんなこんなで、私はアラン様が私を選んだことに疑問を持ち続けていた。
「アラン様のことを慕っている令嬢たちは、沢山いらっしゃいますよ」
「だからなに?」
アラン様は、ぶっきらぼうに答える。
「だから、その中で私が選ばれたことを快く思っていない方も沢山いるのです」
「へー……今度、その令嬢たちをリストアップしておいて」
「……なぜですか?」
「君は知らなくて良いよ」
アラン様は、そう言うと、目線をそらす。
私と話すとき、アラン様と目線が合うのはほんの少しの時間だけ。他の令嬢たちと話しているときは、キラキラが見えるような笑顔を見せているのに、私にはあの笑顔を見せることはほとんどない。
私にだけ、あの笑顔を見せないということは、やはり私のことは好きじゃないのだろう。
(でも、あの笑顔……。すごく格好いいんだけど、なんかうさんくさいのよね)
目線を合わせない、笑顔も見せない。なのに、私を婚約者にしておきたい。
そこから私は一つの結論を導き出した。
アラン様は、『隠れ蓑』として私を選んでいて、本当は別の人が好きなのだろう。
何か理由があって、その人とは表だって恋愛することが出来ないのだと。
そしてその相手として考えられるのは、隣国のカイラ王女だ。
隣国はだいぶ前から国の内部がごたついており、我が国は内紛に巻き込まれないように少し距離を取っている。けれど、カイラ王女とアラン様は、小さい時は一緒に遊んでいた仲らしく、たまにカイラ王女は我が国に来ているようだ。
実際に、アラン様はカイラ王女と結ばれるべきなのよ、と文句をいってくる令嬢たちもいる。
(たぶん陛下は、アラン様が隣国王女と仲良くするのは、あまりよろしくない、と思っていないはずだわ)
だから、本当は、アラン様はカイラ王女と結ばれたいのだが、表だって言うことが出来ず、かといって誰も相手がいないとなると、陛下から婚約者をあてがわれてしまうため、アラン様は私を選んだのだろう。
アラン様の気持ちは分かる。私という隠れ蓑を使い、婚約者争いというわずらわしさから解放され、裏でカイラ王女と仲良くするつもりだろう。国の思惑なども絡み合っているので、おおっぴらに恋愛が出来ないもどかしさがあるのだろう。
でも……
(じゃあ、私の人生はどうなるのよ! 隠れ蓑で人生終わるだなんて……まっぴらごめんだわ!)
なので、冒頭に戻り、私はアラン様に婚約破棄を申し出たのだ。
私から婚約解消は言えないので、アラン様に婚約破棄をしてもらおうと思ったのだ。
◇
「婚約破棄なんてしないよ?」
アラン様は、真顔で答える。
「真実の愛を貫くべきではないでしょうか」
あまり感情を表に出さないようにしていた私にしては、珍しく熱く訴える。
(カイラ王女との真実の愛のためには、陛下と戦って説得してくださいませ!)
アラン様はきょとんとしている。そして、口元をわずかに歪ませた。
「真実の愛ねぇ。うん、僕もそう思う」
「え……ですよね?! でしたら、婚約……」
「破棄はしないよ」
アラン様は指を組み、目線を手元に落としながら淡々と答える。
「……リサは、そんなに婚約破棄したいの?」
「だって……」
「僕と婚約したくない理由があるのかい?」
「えー、それは……」
私は歯切れが悪くなる。カイラ王女のことを聞いてもいいのかしら。
私が下を向き言いよどむ。 顔を少しあげると、悲しそうなアラン様の顔が目に入ってきた。
「アラン様?」
「理由を言えないほど、嫌なのか?」
「違います! けど」
アラン様は小さくため息をつき、話題を変える。
「初めて会ったときのこと、覚えているかい? 僕の誕生日パーティーだった」
「初めてお会いしたとき?」
「……本当に僕に全然関心がないよね」
「そんなことはないです! ただパーティーや夜会はいつも緊張しているので覚えてないのです」
「……緊張? いつも君は堂々としているように見えるよ」
私は、アラン様と初めて会った時を思いだそうとする。
確かあれは、4歳の頃だった。挨拶はしたが、それ以上に何かあっただろうか。はっきりと思い出せない。
「まぁいいや。なんせ、僕は、婚約破棄はしないよ」
「……」
私は、複雑な思いを胸に抱えたまま、屋敷へと戻った。
「リサ。おかえりなさい。今日は殿下とちゃんとお話出来たの?」
「お姉さま! 今日は……婚約破棄してくださいって言ってしまいました」
「えー?! アラン様も可哀想に……」
「だって、お父様もお母様も、なんでお前なんだろうなって言っていたじゃないですか」
私は眉毛をハの字にして、口をとがらせる。姉は、そんな私のほっぺたの両方を手でひっぱる。
「おねえさま……いひゃいです……」
「鉄の女って言われているのに、実はガラスの女だなんてね。すぐに心折れちゃうんだから」
姉は私の頬から手を離して、ため息をついている。 私は頬をさすりながら、少し俯きながら話す。
「でも……アラン様には、他に好きな人がいるのですよ」
「そう言われたの?」
「それは……アラン様は簡単には言うことが出来ないのですよ。だって、道ならぬ恋ですから」
「アラン様って、そんなやばい恋愛しているの?」
「やばいのではありません。真実の愛なのです!」
姉はため息をつき、何から言ったらいいのやらと呟いている。
「なんせ、アラン様が言ってもいないことを勝手に想像して、自分を卑下しないこと! あなただって自分が言ってもいないウソだらけの噂を信じる周りの連中に嫌気がさしているんでしょ? それなのに、なんでアラン様から聞いてもいないことを勝手に信じているのよ」
「……確かにそうですね。でも、私はお姉さまのように、絹のような髪の毛でもありませんし、白磁のような肌でもありません。出るとこ出ている身体ではありません」
そう言いながら、私は自分の身体と姉の身体を見比べる。
「リサはすごく可愛いわよ。なんで、こんなに自己評価が低いのかしら。私もお父様達も、いつもリサは可愛い可愛いって言っていたのに」
私もなんでこんなに自己評価が低くなってしまったのだろうか、自分でも分からない。
昔はもっと無邪気に笑ったりしていた気がする。
アラン様の婚約者に決まる前から、パーティーなどでアラン様は声をかけてくれていた。といっても、アラン様はあまり話さず、一言二言話すだけであったが、それでも、周囲の令嬢達がコソコソと囁いていた。その頃から、段々と自信がなくなっていったように思う。
「なんせ、アラン様が選んだのはあなたなんだから、もっと自信もちなさいよ」
姉から、自信を持てと励ましのような説教をひとしきり受けた後、私は自室に戻り、淑女らしからぬ格好でベッドに身を投げた。
「はー……私だってアラン様と本当に結婚出来るならそうしたいわよ」
婚約破棄を望んでいるが、アラン様が嫌いなわけではない。むしろ……素敵だと思っている。
あの笑顔はうさんくさいが、学園内のイベントなどで、統率力を発揮するときの毅然とした態度は格好いい。
でも、こんな私があり得ないとの思いが勝ってしまうのだ。とことん自信がない自分が嫌になる。
アラン様の本当の心の内を知ることが出来れば、自信を持つことが出来るのだろうか……。
本日の21時頃に第2話を更新予定です。




