6話:ダンジョン・アタック
洞窟に入る前にボクは、巻物入れからひとつの巻物を取り出しそれを読み上げた。
取り出した巻物には、マジック・アーマーの呪文が書き込まれていて、巻物に従い詠唱したならば、ボクの体の周りに見えない鎧のような力が取り巻きボクを守ってくれるようになる。
これはボクの服、あるいは肌や肉を鉄のように硬くしてくれるという呪文ではない。
皮膚や肉を固くするタイプの呪文はあまり実用的とは言えない。
なぜならば、当たれば痛いってことには変わらないし、何より動きを阻害しがちだ。
この魔法は磁石の同じ極を近づけたときのような反発力を相手との攻撃の間に生み出す効果を持つ。
ボクを一撃で両断してしまうような鋭く強い攻撃には効果がないに等しいだろうけれど、たいていの攻撃は逸らせたり、鈍らせたりすることができるだろう。
あえてコレをこのタイミングで使うメリットはある。
呪文1回分の持続時間が長いのだ。
いつ戦闘になるかの予想がつかない敵地潜入などでは事前に使えばいいため、この手の防御呪文はウィザードにとって非常に重宝する魔法となる。
そして、巻物で魔法を使う利点もある。
巻物で魔法を使う分には己の精神領域に魔法を準備しておく必要がない。
巻物はいうなれば、外部ストレージだ。
使用すると巻物に書かれている呪文が消えてしまうため1回限りだがその分コストも抑えられる。
この手の外部ストレージにはいくつか種類があって、ワンドや杖なんかもその手のアイテムである。
「ふうむ、暗いですね・・・松明を付けますか?」
ゴルダがボクに尋ねるが、首を振りゴルムの鎧に触れ照明呪文をかける。
これは魔法をかけた対象物に松明レベルの明かりを発生させる力を持たせる呪文だ。
ハーフオークやドワーフは真っ暗な場所でもよく見える目を持っているが、ボクはそうではない。
しかし、松明で片手をふさぐくらいなら呪文を使用したほうがいいからで、照明の呪文は魔法を扱うものならば、誰にでも簡単に使用することができるしなにより手がふさがらない。
「なるほど、やっぱり魔法は便利なもんじゃの」
ウルグリムをよく見ると、被りなおそうとしている兜の上側に松明を引っかけて立てる構造物が見えた。
なるほど、生活の知恵・・・ボクがそう呟くと、ファイターの知恵だと訂正された。
ファイターは魔法を使えない。
魔法で強化された武具は使えるけれど、魔法そのものを封入された用具の大半は魔法を扱う技量が必要になるので使えないものが大半だ。
具体的に言うと、たいていの場合彼らが使えるのは、武器と防具とポーションくらいのものだ。
冒険に出る際、よほどのことがなければ神の奇跡を扱う神官や、ボクのような魔法使いなどと一緒に旅に出る。
今回彼らが拠点としている街を出る際、そのよほどがやってきたので彼らが背負っているバッグには本当に様々なものが詰め込んであるのだろう。
しかしウィザードがいる以上、照明は期待されているものだとばかり思っていた。
ボクがそんな顔をしているのを察したのだろうか、ゴルダがフォローを入れてくれる。
「初陣のウィザードは緊張からか、気を回す余裕がないことが多いのです。その点あなたは少し余裕があるように見えますね」
そりゃあ、そうだろう。
ベテラン戦士にくっついてきた新人ウィザードという特殊な環境だ、前衛の強さに絶対の信頼を持てる以上は、普通の新米よりは余裕を持てるというものだ。
たとえ、疲労困憊のところからネズミの化け物に殺されかけた後だとしても。
洞窟の入り口を抜けると、40フィートほど先から幅10フィートほどの通路のように狭まっているが、
落盤があったのだろうか、通路はふさがれていた。
天井は入口よりも高く30フィートほど、エントランスのように広がっているこの部屋は右側の壁までが広く、左側の壁は入口から5フィートほどのところにある。
落盤跡と入口の中間あたりに獣の毛皮が敷いてあり、焚火に火がついていて食事のあとがあった。
床はところどころ割れていて荒れてはいるが、タイル状になっており、壁面もよく見ると幾何学模様の壁画があり、壁そのものも人工的な直線的になっていた。
洞窟暮らしのドワーフ氏族も少なくない数がいるはずだ。
そう思ってウルグリムに問うも、この様式は見たことがないという返答だった。
ボクはなにか使えるものがないかと思い焚火のところへ向かい物色した。
食べかけの肉と骨、木材を石で削ったカップによくわからない色のスープ。
そして焚火の炭と灰。
バグベアはヒトも食べるし、ゴブリンは何でも食べる。
エルフやノームは彼らにとってのごちそうなので少なくとも味見をするつもりはない。
魔法を構成する物質は結構いろいろなものを使うし、大抵のものはそのへんで拾えるリーズナブルなものだ。
お金になるようなものではないが、魔法には使えるというものは多い。
ボクは小さな骨のかけらや灰を集め、外套の色々なところにひっかかっている革袋にそれぞれ突っ込んだ。
さて、通路は落盤でふさがれているしこれで洞窟探索は終わり!というはずもなく、
入ってすぐのところの左の壁が崩されていて、北側に向かって暗い直線の通路が伸びていた。
壁面は破壊されているが、通路は比較的直線状でありしっかり工事され造成された印象を受ける。
少なくとも、ゴブリンたちが手作業で掘り進んだという印象はまったくない。
彼らが住み着いたころはまだ、落盤はしていなかったのだろうか?
メインの通路をふさがれて困っていたところに、非常用の通路のようなものを発見し適当な場所で壁を壊して出入り口につなげたのだろうし、本来のこの通路の使い道だったのかもしれない。
いずれにせよ現段階では憶測にすぎないし、重要でもないので調査は行わない。
ファイター流に申し上げると、ゴブリンたちをやっつけるのが重要で、そのほかの細かいことはどうでもいいのである。
通路は幅4フィートほどで、大柄なゴルダはもちろん、豆タンクというべき筋肉のウルグリムにとっても窮屈そうだ。
ボクにとっては少し狭い通路程度にしか感じず、短気なバグベアが入口にいたのはこの通路を抜けるのをめんどくさがったのが真相だろう。
少なくとも横に並んで歩けるような幅ではないため、必然的に縦隊を作ることになる。
先頭はウルグリムで、しんがりがゴルダだ。
ゴルダの身長なら、しっかり詰めればボクやウルグリムの頭を超えて剣を突き入れることが可能だし、ドワーフが後方だと彼の身長では前が見えないからだ。
それに、ゴルダが前衛だとボクも前が見えない。
敵が見えなければ魔法で攻撃することもままならないので、あまりにも不便すぎる。
ともかく、ファイター二人は鎧を壁にぶつけたりして悪態をつきながら進み、ボクはそれに挟まれて静かに前進することになった。
いずれにせよ、この通路で戦うことになってもゴブリンではウルグリムを突破できないだろう。
20フィートほど進むと、この細い推定非常用通路は終わった。
先ほどまでと比べずいぶんと広く感じる人工的な床を持つ通路が東西に延び、正面には粗雑な木の扉、西側からは風の音が聞こえ、東側の通路は概ね等間隔の松明で照らされている。
落盤でふさがれた通路は東側を向いてすぐのところにあるため、やはりあの通路はほぼ直線だったようだ。
ゴブリンやホブゴブリンもドワーフ達と同じく暗所でも視界には困らないはず。
そこはウルグリム曰く、暗所だと白黒でしか見えないから目が疲れるそうで、生活拠点では明かりを灯すのだそうだ。
なんでもそうしないと、飯も酒も味気ないんだとか。
確かに、白と黒の色しかない食事なんて冒険中の保存食より酷そうだ。
さて、東西の通路の行き先も気にはなるけれど、ひとまずは正面の扉から探ることにした。
扉に近づいていくと、ガンガンというなにかを叩くような音が聞こえる。
鼻を衝く異臭と、何かが焼けるような臭いが粗雑な木製の扉の隙間から漏れてきている。
どうやらゴブリン達の厨房らしい。
「ここは思案のしどころじゃの」
ウルグリムがボクらを見て問う。
この場においては3通りの手段があるだろう。
とりあえず扉を開けて中のゴブリンをぶん殴る手段と、料理人はスルーして、東か西の通路を探索する手段だ。
「現在料理をしているようですから、ここを片付けているときに後ろから襲撃を受ける可能性がありますね。例えば料理を取りに来たゴブリンとか」
ゴブリンの食生活がどうなっているのかはわからないが、料理をしている以上取りに来たり、食べに来たりするゴブリンはいるはずで、一斉に食べに来られるパターンがやっかいだ。
まだ相当数いるはずなのだ。
結局ボクたちは、現状のこの部屋はただちに脅威にならないと判断し後回しにすることにした。
結局ゴブリンの頭と尻を抑えているホブゴブリンの対処が優先で、そこを潰せば全体が崩れるからだ。
ゴブリン全てを片付ける必要はないし、それを目標にしてしまうとこちらが持たない。
となると、残りは照明がついている東への道か、明かりのない西への道だ。
おそらく、というより間違いなくゴブリン達の生活拠点は東側なのだろう。
ゴブリン達の拠点なのだから、放っておいても逃げられるわけではない。
というよりもホブゴブリンの性格上、ゴブリンはともかく彼らが逃げるはずがないので、ボクたちはひとまず西側へ向かうことにした。
今はまだ無理をする段階ではないし、本陣の中心地に殴り込みをかけるにもある程度心の準備というものがいる。
さて、西側の通路はほとんど使用されている形跡がなかった。
全く使用されないというのも、たとえゴブリンのような非知性的な存在であれ使われるよりも早く施設が痛むようで、壁面にはひびが入っているしタイルはところどころ欠け、その隙間からキノコのようなものが生えている始末だった。
通路は先ほども言った通り幅10~12フィートほどあり、横に並ぶ余裕はあるけれど、バックアタックの可能性は多大にあるため非常通路を通った時と同じように縦隊を組んで進行することにした。
西側の通路を歩いていくと、途中に南側の壁に鉄製の大扉が見えたが通り過ぎた。
こういうときは一気に一番奥まで進んでしまうのがよい、とのことだった。
一番奥のクリアリングを済ませ、戻っていきながら途中の部屋を探索するのが彼らのやり方、というより経験則からくる直感らしい。
東西一直線の見晴らしがよすぎる通路のため、途中で何度も足を止めるのはあまりよろしくないとのことだ。
さて、通路の一番奥までくると、ずいぶん様相が変わってきた。
奥の北側の壁がなく、奥に進めそうなのだが天然洞になっており、湿った冷たい風が吹き込んできている。
外に繋がっていそうな湿った天然洞、ゴブリンとは別の脅威が存在する可能性が高いので、一気に緊張感が増してくる。
ボクたちは、最大限に気を払いながら奥へと進む。
そこは、直径80フィートほどの、ほぼ円形状の洞窟だった。
天井も高く、鍾乳石が垂れ下がっているのが見える。
最奥のほうには湧水であろうか、水の音が聞こえる。
どこからともなく風が流れ込んできており、この自然洞窟部分のどこかに外部へとつながる穴があることを示唆している。
「誰か、居ますね」
ゴルダがいうように、何かの影が見える。
照明の魔法にはそれほど広い範囲を照らす力はなく、ゴルダ達がもつ暗視能力も無限の距離に影響するというわけではない。
しかし、洞窟の奥のほうに何者かが立っている影があるのはボクにもわかっていた。
武器を構え慎重に近づいていくと、その正体と、最奥にやはり泉があるのが見えてきた。
「ゴブリン・・・いや、ホブか!」
ウルグリムが小さく唸り、盾を突き出し半身に構え一気に戦闘態勢を取る。
そう、影の正体はホブゴブリンだった。
毛のない頭に大きな鉤鼻、エルフのように伸びてとがった大きな耳をもち、肌は灰褐色で表情は知性と自信にあふれている。
身長はボクより少し大きい程度だが体格は圧倒的に筋肉質で力強くみえる。
――たとえるのであれば少し背の高いドワーフであろうか・・・本人にそれを言うとどちらからも激怒されるだろうから口には出さない。
「我はグラルタナス。ハーフオークにドワーフ、そしてエルフの子供とは、実に奇妙な組み合わせであるな。ようこそ我々の根城へ、とでも言っておこう」
そう名乗るホブゴブリンは、骨と革でできたネックレスを身に着け、狼毛皮のハイドアーマーを体にまとっている。




