4話:ある日、ゴブリンは森で脳筋に出会った。
村から出て、600フィートと少し歩けば森になる。
街道を歩くのと違って、見通しが悪く不意の遭遇や襲撃が起こることを考え、隊列を考えることにした。
といっても三名しかいないので、30フィートほど広がった横隊を基本とし、両翼にウルグリムとゴルダ、両翼より10フィート後方の中央にボクという形をとることにした。
クロスボウに魔法と、遠隔攻撃を基本としているボクにとっては、縦隊よりも横隊のほうが射界があるので助かる。
近接戦闘の練習も最低限はやっている。
しかし、剣と魔法の修練を高次元で両立するのはあまりにも大変すぎて、ボクはそれを早々に諦めた経緯がある。
ウィザードの塔に住む師匠によればそれは誰もが通る道で、それでもなお両立を目指すとしても大抵の場合はどちらかをある程度で妥協することになるようだ。
ボクの母親は生前、それをかなりの次元で両立していたらしく、ボクも当然のようにそれを目指そうとして、当然のように挫折したのだ。
といってもボクの人生は、運が尽きない限りはまだ長い。
剣の道をまた、たどっていく機会もあるだろう。
このまま、6マイルの道程を森の下生え、根、そして滑る苔に気を付けながら進むことになる。
森に入る前に、ふとクロスボウにボルトを取り付けていないことを思い出したボクは、歩きながらボルトの取り付けができるか挑戦してみた。
しかし、弦の巻き上げ機構であるレバーハンドルは思ったよりも重くうまく回せないことがわかって、結局立ち止まって取り付けることにした。
「あなたが特段非力というわけではないのですよ。それはそういうものです。稀にクロスボウで速射をしだすバケモノもいるみたいですが」
ハーフオークのゴルダが落胆しているボクをフォローしてくれ、ドワーフのウルグリムもそれに同意する。
彼らがそういうのならばきっとそういうものなんだとおもうし、引きずりたくても森に突入するのでもはやそれどころではないのが救いだろうか。
比較的静かな環境である日中の森では、偵察役が静かに先行して目耳を凝らし状況を後続に伝えたりするのだろう。
ボク自身は藪を抜けようとしては外套が引っかかって苦戦し、木の根につまづき、苔に足を滑らせながらなんとかついていくという無様をさらしていた。
結局二人は最後までそんなボクに文句を言うこともなかったし、迷惑そうな顔をすることもなかった。
直接見られているわけではないけれど、見守るように引っ張るようにしていてくれていたと思う。
一方のファイター二人は、ガッシャガッシャと高らかに鎧の金属音を鳴らして歩き、ゴルダは木々の隙間を見つけてはぶ厚い両手剣のグレートソードで素振りをし、ウルグリムに至っては皮袋に詰め込んだブランデーをちびりちびりと飲みながら時折鼻歌を歌い行進しているという有様だ。
これではいつでも襲ってくださいと言わんばかりだが実際はその逆を狙っているのだと思う。
概ね狙い通り、野生生物はこの騒がしい二足歩行の筋肉ダルマに近寄りたくないようで、オオカミすら寄ってこないため役に立っていた。
そんな二人を見ながらなんとかついていったボクは、昔師匠に言われた言葉を思い出していた。
曰く、『ほとんどのファイターは敵に近づきぶっ飛ばすことしかしないし、それしかできないし、それしかやらないうえにそれ以外のことをやりたがらないが、それゆえ我らが愛すべき相棒たりえる』
10フィート斜め前を歩いているウルグリムが片手を挙げ止まったのをみて、ボクも停止し慌ててあたりを見回した。
ボクはファイター二人を参考にして彼らの視線を追い森の前方を目を凝らして見てみると、樹木に隠れている"つもりな"身長3フィートほどの人型生物4体を見つけた。
"つもりな"とは、あまりにも細すぎる下生えの若木のため、幹の両端から体が見えていたり、藪からこちらをのぞき込むために突き出した間抜け面が丸見えだったりしているからだ。
「あのマヌケっぷりはどう考えてもゴブリンじゃな?」
二人はすでに武器を構えていて、ボクはウルグリムの問いに同意しながら遅れてクロスボウを構えた。
こちらが戦闘態勢に入ったためか、ゴブリンたちも隠れていた場所からそれぞれはい出てきてニヤニヤ笑いながら武器を構える。
口をもごもごと動かしているショートソードと同じ装備のが一人ずつに、その辺の野生生物の骨製であろう鈍器が一人、そしてショートボウが一人で案外バランスがいい。
「こちらのほうが数が少ないため相手は優位とみてかかってくるでしょう、なるべく逃がさず殺りましょう」
ゴルダが体勢を低くしてうなるように言い、じわりと足を前に踏み出した。
ところで、ボクの師匠は魔法で身体能力を強化したうえでの近接魔法戦闘を得意としていたらしい。
当然ボクみたいな駆け出しがそんなことをやると無残に死ぬだけだし、一日に使える呪文の数も多くない。
師匠を羨んでも仕方ないので、おとなしく戦闘の口火としてクロスボウでの射撃を行うことにした。
大抵のウィザードは射撃の心得を持っている、呪文の中には正確に相手を狙わなくてはいけないモノが多数含まれているからだ。
森の中とはいえ、一応でも待ち伏せしている状態の敵を容易に発見できる程度には開けている状況。
ボクはほぼ相対している格好となっている中央の弓持ちゴブリンの、比較的狙いやすい腹にめがけて射撃する。
クロスボウの発射音をきっかけに、着弾を確認することもなくウルグリムとゴルダは雄たけびを上げて敵に突っ込んでいく。
ショートソードのゴブリンたちも雄たけびを上げようとし、口を動かしていたほうはその拍子に食べかけのミミズを口から吐き出してしまい声は上げられなかったが、食事を完遂できなかった怒りを発散すべくファイターたちに向けて突撃をする。
一方骨のクラブのゴブリンは、剣のゴブリンが吐きだしたミミズに対しダイビングキャッチを試みていて、弓を持ったゴブリンは丁度ボクの放ったクロスボウ・ボルトが肩口に刺さってもがいていた。
「ファイターの信条!」
ドワーフのウルグリムが叫びながらメイスでショートソードを持ったゴブリンの側頭部をフルスイングでぶん殴る。
「頑張って力いっぱい敵をぶっ飛ばす!」
そう叫んだハーフオークのゴルダは両手剣を振りかぶってミミズを吐き出した方を一刀両断にする。
しかし、ダイビングキャッチに成功して喜んでいる骨の棍棒なゴブリンはともかく弓ゴブリンは明らかに憤怒の表情でボクに狙いをつけていた。
矢は鍛錬を多少積んだところで動き回る標的に当てるのは簡単なことではない。
しかし、その速度が問題だ。
軌道を確認したところで、ボクではそこから上手に逃げられるような反射速度だって勘だってない。
もしろん、矢よりずっと遅いパンチやキックでも避けられるかというと実際のところそんな自信はない。
ボクにできることは覚悟することだけで、風を切り裂き矢が近づいてくるのを視認し身構えたけれど、今回は運よかったらしく矢はボクの外套の裾に着弾した。
被害を与えれば相手が怒ったり脅威を感じたりするのは当然と言えた。
今度から攻撃する場合はなるべく一撃で仕留めないと・・・と心のメモ帳に書いておくことにした。
その程度でとどめておいたのは彼の弓ゴブリンが二射目を放つであろうその時、
呪文を温存したいボクはクロスボウのハンドルをぐるぐる回している最中だからで、こればっかりはどうにもならない。
ファイター二人の活躍を鑑みるに十分フォローの期待はできるけど、最悪1発どてっ腹に食らう覚悟は必要だと再確認することになった。
さて、実際にボクが予想というか期待した通りに事は進行していった。
ボクがゴブリンの動向を気にしながらクロスボウのハンドルをぐるぐる回し始めた時、弓ゴブリンが骨ゴブリンに対し文句を言い始め、ようやく状況を思い出した骨ゴブリンが立ち上がり、
その隙に距離を詰めたウルグリムが骨ゴブリンを蹴っ飛ばしたうえで馬乗りになって、
顔面を盾で殴って昏倒させ、ゴルダが弓ゴブリンをこれまた一刀両断して戦闘に決着をつけていた。
アレがファイターの標準なのかどうかはわからないが、ベテランという見立ては間違っていなかったらしく惚れ惚れする強さだ。
ボクは率直な感想を彼らに述べると、ゴブリンたちの武器を回収していた彼らはテレたようなしぐさをして、そこから真顔でボクに聞いてきた。
「ところで、ゴブリンの言葉はわかるか?」
ボクら人類やゴブリンのような種族もそうだけど、大抵の生き物には縄張りがある。
当然ながらその縄張り内で活動することがメインなため、こいつらが例の洞窟のゴブリンであることは明白だった。
例の間抜けゴブリンは生きているため尋問を行いたいらしい。
そこで、気絶している間抜けゴブリンをロープで縛り上げてその辺に放置し、その周辺にほどよくミンチになったりスライスされたりした"元ゴブリン"の肉片を設置し叩き起こすことになった。
聞きたいことはシンプルで、ゴブリンは全部で何人いるか、それを率いているのは誰か。
たたき起こされた例の間抜けは大いに混乱し、狼狽した。
当然だ、彼からすれば仲間をミンチにしたりスライスしたりを簡単にできる二匹の筋肉ゴリラの目の前で縛られ、身動きが取れなくなっているのだから。
ボクはゴブリンの言語で、"しっかり喋れば救済されるはず"だと付け加えつつ、件の情報を聞き出すため質問をした。
話さないならばドワーフのメイスがうっかり顔面にめり込むような不幸な出来事もあっただろうけれど、所詮はゴブリンということで陥落までは一瞬。
間抜けは血の混じった唾液を飛ばしながら早口で聞いていないことまで喋ってくれた。
間抜け部族の名前は"誇り高き鉄の拳"族といい、"ホブのバングロア"が率いていて、ゴブリン自体は非戦闘員含め30-40ほどいるらしい。
"ホブの"は本来の二つ名ではなく、他に自称しているものがあるらしいのだが、ゴブリンたちは覚えられないので"ホブの"と呼んでいるようだ。
それを二人に翻訳すると、ウルグリムは手早くメイスで例の間抜けを"救済"し、こちらに向き直って溜息をつく。
「ゴブ1匹みかけたら30はいると思えなんて誰が言ったか知らないが、面倒なことじゃのう」
やり口を見る限り、やはりウルグリムは神殿騎士向きの性格だと思ったけれど、それを口には出すのはやめておくのがお互いのためなのだろう。
"ホブのバングロア"は間違いなくホブゴブリンだろう。
ホブゴブリンはマッチョな軍人志向で、ホント 戦争は地獄だぜ!とか、銃なんて捨ててかかってこい!みたいな戯言を真顔で言ってそうな生き物だ。
ゴブリンは繁殖力が高くあっという間に数を増やす上に、知性に難あるものの強いものには逆らわないので、ホブゴブリンからすれば使い捨てのコマとして丁度いいのだ。
「ホブゴブリンも1体というわけではないでしょうね、負ける気はしませんけれども」
いつも通り丁寧な口調で喋るゴルムは、脳筋の血が騒ぐようで嬉しそうに笑っていて、ウルグリムも当然とばかりに笑い飛ばしている。
一方のボクは、洞窟入口を守備しているであろう存在がホブゴブリンでないことを祈っていた。




