400部:一揆
お知らせです。noteにて「天下侍魂」を復活することに決めました。現在、作業中です。
是非「#天下侍魂」で検索してみて下さい。
今後ともどうかよろしくお願い申し上げます。
9月9日 美濃、菩提寺城(竹中家の居城)の本丸大手門。
「一柳殿、緊急だな?」
息を切らす市介の顔を覗き込んで確認し、森一郎が馬の轡をとる。
馬から飛び降り必死の表情で一柳市介 直末が略式のお辞儀をする。
浅井家との最前線・横山城の主将:木下秀吉の与力となった美濃衆:一柳兄弟の長兄である。秀吉の信頼厚い側近となっている。
袖で汗をぬぐって、つかつかと奇妙丸の前に進み出る。
「7日明朝に湖北の一揆が蜂起し、織田軍陣所の各所に火を放ち、浅井軍が清水谷を出て横山城に襲い掛かってきました。蜂須賀様からは越前朝倉にも出陣の気配ありと!!」
一気に、重要だと思うことを言葉を間違えないように伝える。
「やはり、浅井と朝倉が共謀して動いたか!」
「!!!」
予想はしていたが、宿老たちが不在の折のことなので動揺する小姓衆。
「現状は?」
年長の山田勝盛が、冷静に市介に尋ねる。
「秀吉様のご舎弟:小一郎殿と青木甚兵衛 一矩、
美濃衆の尾藤甚右衛門 知宣、谷 大膳亮衛好、加藤 作内光泰、古田吉左衛門 重則や、
尾張衆の寺沢藤右衛門 弘政、堀尾茂助 等、蜂須賀小六 正勝や前野将右衛門 長康が心をひとつにして踏ん張っております」
名前が挙がったのは錚々たる歴戦の勇者たちだ。
信長が秀吉の与力として選抜し与えた横山在番衆は、新参の美濃衆と尾張衆で難しいところもあるというが、負ければ一蓮托生だ。
お互いの背中を預け合い信頼関係が深まれば、日頃のわだかまりも無くなるかもしれない。勝利こそが特効薬だ。
(浅井家とも肩を並べて、朝倉に立ち向かい、同盟の絆が深まればよかったのだが・・)
奇妙丸の頭の中は、理不尽な世の流れに無力を感じる。
木下組の彼らが敵に後れを取ることはないだろうとは思うが、反織田同盟軍の大人数で押されては個では太刀打ちできない。
「竹中半兵衛殿が後詰として既に横山城に入城、市橋老伝左衛門 利尚の後見で長勝様、金森長近陣代の佐藤六左衛門(父:秀信のほう、秀方は野田攻めに上洛中)様、
丹羽長秀目付陣代・蜂屋頼隆様が率いる南近江留守番衆:堀、樋口殿はじめ近隣の城将は信長様のお言いつけ通りに担当範囲の一揆の鎮圧に向かっております。」
周辺の味方武将の動きも報告する市介。息も整い表情に気力が戻り始めている。
「長光寺は柴田勝豊はじめ目付陣代の徳山五兵衛 秀現と下石彦右衛門 頼重、永田は五器所の佐久間と冨田平右衛門が詰めており、観音寺も山崎本家の佐久間与六郎翁と牧村長兵衛が、六角家を警戒して見張っています!」
報告を終えた市介に自ら水筒を与え、決死の伝令の職務を労う。
「陣容はあらかた分かった。安土の中川兄弟は上方に登っているが、永田・建部と留守居は確かなはず。観音寺城外丸に逗留していた斎藤利三軍は何処だ?」
奇妙丸には、織田軍の評判に汚名を着せた僧兵三千人虐殺の高賀山での一件以来、どうも利三という人物が、人としての道徳観が欠如している常識の通用する人間でないような気がしてならない。
「内蔵助様は、瀬田に山岡兄弟と共にあるようです」
「あいかわらず自由だな。今度は将軍家足軽衆として、京都往来の関所にて動かずということか。良くも悪くも目立つ行動をする」
義弟・蒲生忠三郎は利三を崇拝しているが、自分の心は善人と思って信頼してはならないと警鐘を鳴らしているように思える。
「湖北一揆の鎮圧に向かう!!!」
何かを振り払うように床几から勢いよく立ち上がった奇妙丸。
「ははっ、若(奇妙丸)様!!」
奇妙丸の号令と共に、一斉に自分の役割を果たすべく動き出す小姓衆、馬廻衆。
(石山本願寺は本気で敵に回るのだろうか、(蒲生)忠三郎からは上方傍衆ノ会を作ったと呑気な連絡があったが・・・・)
「湖北の門徒百姓衆が先走っての暴走か。朝倉の働きかけか、この目で見極めねばならぬな!!」
「誠に!」
血気盛んな勝盛が応じる。
「状況を理解した」
いつになく冷静に山科勝成が頷く。
(我が剣を捧げる奇妙丸殿をお守りすることに変わりはない。敵が長政殿であろうと)
浅井・朝倉の扇動を越えて、総本山の石山本願寺絡みとすればただ事ではない、奇妙丸は危機感を抱いて近江国境へと出陣した。
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9月12日 大坂表
”ドドドドドドドドドドドド”
夜中にどこかから地鳴りが聞こえる。
「うわああああああああああ」
次に多くの人の叫び声。
突然、輪中の堤防の堰を切り、織田・幕府軍陣所の有る中州島の内へ木津川の水が流れ込んだ。ここ数日の悪天候の為、木津川の水はいつもより増水していたので、水流の勢いは大しけの海の波を受けた時のようだ。
悪いことに幕府軍・織田軍は、福島城への攻城戦に向けて、城に対しての防塁を更に高くするために、陣所内の土を削っていた。
足軽が寝泊まりする仮屋は一斉に流されるか水浸しの状態になった。
「大変だ、火薬が水浸しに」
只事ではないと嗅覚の効くものは取るものとりあえず逃げる。
「それどころじゃない、早く高いところに逃げろ!」
「命があぶないぞー」
泥水がもう腰の高さまでに達する。
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石山本願寺境内。
「早鐘を鳴らせえーーーーーーーーーーー!」
坊官:下間頼廉の号令で、本願寺境内の各所で早鐘が打たれる。
「カン!カン!カン!カン!」
遠くからも、誰かが同じように叩いているのか
「カン!カン!カン!」と早鐘が響く。
次々と別地点で叩かれる音が重なり、大坂平野中で金属の音が鳴り響き、これはただ事ではない異様な事態だ。
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信長本陣。
「何事だ!」
信長の問いに、大津伝十郎が務めて冷静な口調で答える。
「何者かが、土手を切って洪水に」
「水攻めの計か?」
チっと舌打ちする信長。
(パン!パパン! パーン!)
早鐘の音に続き、遠くから聞こえ始めた。
”パン パン パン”
次第に音の発生源が四方に散り、東西南北から轟音に包まれる。
いくつも重なった銃声が、いつまでも途切れたり、鳴りやむ気配もない。
「本願寺から銃撃です!!」
万見が御前に駆け込んでくる。
「大変です。対岸からの狙撃で 南に逃げた者がやられています」
続いて、福富が状況を伝えにきた。
「おのれぃ! 謀ったな 顕如坊主!!!光秀はどうした、やつに本願寺との交渉は任せたはず」
床几を陣幕に向かって投げつけ、激高する信長。
「光秀殿です!」
と万見が信長に声をかける。
「なにっ」
振り返る信長。
陣幕をかき分けて入って来た光秀が片膝をつく
「信長様、この光秀、一族郎党の者に船を確保させておきました。我が陣の裏手にご用意してありますので、そちらでご避難ください。皆さんが全員搭乗できるはずです!」
光秀が行先を指さして報告する。
(備えの良い奴だな。罠か? いや、この状況で光秀が裏切ることはないだろう)
「よし、ついていこう。馬廻に撤収準備いそげと伝えよ!」
信長は幾分冷静さを取り戻している。
「本願寺を訪問した際、大人しく従うような顕如の対応を怪しく思ったのですが、油断しておりました」
「そうかっ、お主の裏をかくとは。光秀よりも顕如坊主が一枚上手か、わっはっは」
光秀が差し出したビロウドのマントを受け取る。
「一本取られました」
信長が油断していたからこうなったとは言わない光秀。
「ならば仕方ない。皆、撤収しよう」
未練のない様子で本陣を捨てる指示をする。
「「はっ」」
一刻の猶予も無いことは皆が分かっている。信長本陣は光秀の手引きで御座所を移動する。
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本願寺一揆衆の陣所。
「見てみろ、織田軍の陣が次々と流されていくぞっ」
「これはひどい」
門徒たちも人の情はある。溺れる人の姿に動揺する。
上町台地の高台から、柵・塀越しに多くの坊主や民衆が織田軍・幕府軍の陣場を見下ろしている。
更にそれよりも高い本殿の高欄から、顕如証人と側近衆が冷徹な目で、逃げ惑う武者たちを見下ろしていた。
「フフフフフフ ワレが田舎者やからや」
顎をなでながら冷たい目で見下す顕如上人。
「信長、歴史に無能武将の悪評を遺して地獄へ落ちろーーーーーーー!」
見張り台の上で拳を突き上げる下間正秀の、「地獄へ落ちろ!」の言葉に、ご仏罰恐ろしやと震えだす門徒達。
「奴らの用意した船を流せ。 敵が川を渡ろうとしたら橋を落とし、 陣屋には隙をついて火をかけよと、再度、門徒衆へ言い含めておくのだ」
顕如が、背後に居並ぶ下間一族に命じる。
「「ははあっ!!」」
下間衆は、戦場となる諸村へ 顕如のお言葉を伝えに走った。
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