398部:元奇妙丸傍衆の会、結党
三好方の船団は、幕府方のさしたる妨害も無く河川を遡上する。
三好為三は,昨年病死した兄:政勝の所領であった榎並に向かう。
為三にとっては生まれ育ち勝手知ったる居城であった、幕府軍に包囲され孤城となっていた榎並城だが、為三軍には領民からの手引きもあって、搦手口から難なく入城することが出来た。
川沿いの裏手で兵団を下した船は、次の目的地へと向かう。
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香西越後守は、そこから更に堀城へと進み、堀城に入城するかと思いきや、突如白旗を上げた。
堀城を攻囲する幕府軍には、元摂津守護の細川典厩藤賢が居り、彼の陣地を見つけて細川典厩陣に投降し降伏したのだ。
これは聡明丸が香西に命じた作戦だった。
典厩家は京兆家の分家である。
典厩は兄:氏綱から細川京兆家の総領の証を継承しており、聡明丸が京兆嫡流を名乗るにはその証が必要だった。そこで、香西を通じて藤賢を説得する必要があったのだ。
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地元の和泉水軍の長:沼間越後守は、榎並城から南下して天王寺の信長本陣近くに着岸した。
和泉水軍は四国三好軍の勢力を見て、今回は一時三好方に与したに過ぎないので、三好家への帰属意識は低い。
外様に冷たい三好日向守の態度を見て、今後の先行きにも不安を持っている。
先に降った香西と同じように白旗を掲げるが、その目的は違う。
彼の目的は濃尾湾の制海権を握る織田信長に会うこと。これは船長たちが密かに集まり、船の中で話し合った和泉海賊衆の総意だ。
自分を含め、真鍋七五三、寺田兄弟が率いる海賊衆が、織田軍に加入したいという交渉を託されたのだった。
「殿様、和泉海賊衆の頭目・沼間越後殿が参られました」
甲冑に身を固めた大津伝十郎が報告する。
「であるか!」
「沼間越後に御座います」
「よく来た。三好が大挙推し掛け従わざるを得なかったのであろう。お主のような思いの連中は城内にたくさんいるのか?」
「はい。皆、渋々従っているので御座います」
「では、その者達すべて寝返らせるのだ、命はとらぬ。人数に応じ其方らに褒賞も与えよう」
「身に余る光栄に御座います」
「では行け」
「ははっ、さっそく」
命が助かり、恭順が許され、和泉衆からの呼応の説得が上手く行けば、恩賞まで与えられる。沼間にとっては願ったり叶ったりだ。
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一方で、堀城を包囲する幕府軍陣地。
典厩家に投降し、細川藤賢と合流した香西越後守は、いずれは足利将軍にも目通りして、聡明丸に京兆家を継がせて管領職として迎えてくれるならば、聡明丸は三好家を切り捨てて将軍に従っても良いという条件を提示することを依頼されていた。
聡明丸の目標は、細川京兆の下に細川の諸家をまとめ、再び幕政に重きを成すことであって、三好家のために幕府を開くことではない。
しかし、典厩家の藤賢としては、兄から託された京兆家の証である伝宝を聡明丸に与え、自分が継承してもおかしくはない京兆家督を認めることにうま味はない。
なんなら、このまま京兆家が没落し、典厩家が細川一門の長者として、幕府管領となる道もあろう。
このまま大人しく、香西氏が典厩家に出仕するならば、将軍にとりなして褒賞を得、典厩家の家臣団を養う所領を拡張したいところだ。
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信長本隊(馬廻兵数3000)と、宿老:佐久間信盛、丹羽氏勝・氏次親子、丹羽長秀、佐々長秋の軍団は本願寺を迂回して天王寺に着陣。柴田軍は更に先行して本願寺の東:船橋方面に進出。野田城に南方から圧力をかけ和泉国との連絡を断つ。
信長は石山本願寺に見下ろされる陣地を嫌った。その結果、守護衆が本願寺の北側を攻囲することになった。
一方で、軍監(お目付け)として幕府軍に派遣された信長馬廻の佐々内蔵助、林新三郎、野々村、福富秀勝、井上才介、湯浅甚介、兼松ら一騎当千で名の知られた諸将の各隊が進軍する。
軍監に見守られながら、幕府軍の本軍である守護衆:細川藤賢・三好義継・松永久秀・畠山高政等の軍団が河を越え、天満森に布陣した。作戦司令官は軍奉行の一色藤長が務める。
幕府軍の搦手軍は北進し、伊丹城へと向かって、伊丹城を攻撃している池田知正ら反乱軍の討伐に向かう。
池田城を追われた勝正を復帰させるため、和田惟政軍が主体となり、織田軍からは馬廻の塙直政らが軍監として派遣される。
一色藤長を旗頭とする幕府本軍は、榎並、堀、浦江を攻撃しつつ、更に野田・福島城に接近し包囲する。福島城に向けては対岸の堤防を更に高くし、福島城を見下ろせる高見櫓の建造に取り掛かっていた。
木津川河口を戦場とする戦は、長良川・木曽川を抱える濃尾平野出身の者にとってさして苦痛ではない。また、幾多の水郷を出身地とする近江衆にとっても、河川を挟む戦場に違和感は無い。
戦場の地の利的な優位性の差はそれほど存在していない。
一方の三好軍も、阿波の複雑な海岸線や潮流の中で暮らしているので、淀川・木津川の流れに対して順応性があり、水郷での戦いに不安を覚えてはいなかった。条件は互角の筈である。
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幕府軍司令官:一色藤長の陣幕外。
陣幕の内で作戦会議を開いている大将衆の付き添いで、奇妙丸の傍衆達が顔をそろえた。偶然にも皆、大坂北側方面の軍だ。
「俺は近江衆として幕府軍のお目付けになった。お前たちは何処に行くことになったんだ?」
蒲生忠三郎賦秀は、旧六角家の名代として幕府方南近江衆を統括するため、今回は柴田軍から外された。
「俺は親父殿と一緒に、搦手の伊丹城救援に向かう。長可、寂しいだろうが一人で頑張れ」
池田之助が長可の肩に手をのせる。
「誰が、お前が寂しいんだろう、俺の格好いいところが見れなくて」
「いやいや、違うから」(お前の不安定さを心配してるんだよ)と心の中でつっこむ。実はその場にいる全員が思っていた。
「俺は幕府本軍の畠山軍の監督だ」
生駒一正が話を戻した。
「俺は松永軍」
長可も真面目に答える。
「俺は細川軍」
続いて佐治新太郎。
「俺は一色家付きだ」
次に金森甚七郎。
佐治と金森は奇妙丸の命で、少ない手勢を率いて急遽上洛したばかりだ。
任務は畿内の情報収集と、本願寺への圧力を弱めることを、機会をみて信長に申告すること。
だが、その主任務はまだ達成できぬまま、幕府軍の目付に派遣された。
「私は義継軍のお目付け」
そして高橋虎松。
”ん? どうしてここに”となる年長組。
「虎松!来てたのか」
「私もいます」
「与平次!お前もか!」
「私は天王寺から伝令に出て来ただけなので、すぐに信長様の本軍に戻りますけども」
岐阜御殿でも元気の有り余る高橋虎松と三宅与平次は、奇蝶御前の推薦にて、今回は信長の御小姓衆として上洛軍に従軍していた。
「そうか、お前たちも戦場に来るようになったんだな」
今は非常時で人手が足りないため、若年でも見込みのあるものは動員される。
「前線にはまだ出れませんが、皆様を応援しています!」
与平次がうわずった高い声で答える。
自分達より年齢の低い二人は、三河相撲大会の決勝進出者だけあって戦争の雰囲気に興奮し、いつもよりおだっているように見える。
「みんなバラバラか」
一正が各自の配置先を分析する。
「各地の戦況を知りたい。お互いの連絡を取らないか」
賦秀がこの場の皆を誘う。
「流石、賦秀だな。戦場を俯瞰するか、そうだな」
之助が最初にその提案に乗った。
「そうだな、お互い連絡を取り合おう」
佐治新太郎の言葉に、皆が大きくうなずいた。
奇妙丸が知らないところで、ここに“元奇妙丸傍衆の会“が発足した。
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