397部:岐阜会議
同日早朝、岐阜城山麓御殿「千畳敷の間」。
「若様、奇妙丸様、お久しぶりで御座います!」
先頭に立ち元気な声で入ってきたのは、日焼けして肌は浅黒く、筋骨逞しい中年武将。続いて、身長が頭ひとつ高い武将、対照的に横幅の広い者、個性的な人間がぞろぞろと千畳敷を埋める。
「これは黒田の、それに皆よく来てくれた」
「伴ノ衆の案内のお陰でいつもより早く岐阜に到着できました」
遠江堀江城城代:渡辺成忠の代理、黒田次右衛門が遠路はるばる駆け付けた。
「若様のお陰で、武田家との国境線は安定しておりますので、家康はせっせと城普請に励んでおります」
「お主達が要所をきっちりと抑えてくれているから、織田家の下で武力抑止できているのだ。感謝する」
若様の言葉に平伏する一同。
奇妙丸の背後には、御庭番の桜や梶原平八等の傍衆たち、白幌武者・黒幌武者の奇妙丸親衛隊、屋敷の各要所には隠密の伴の衆が控える。
「伴家の長男:太郎殿は殿様と、次男:二郎殿は若様の御付きなのでしょうが、その弟たち三郎、四郎に、五郎殿も中々の忍道の使い手と見ました。人材が豊富ですね」
そう声を掛けたのは遠江国小山城の目付:堀部氏俊(十兵衛光秀の元同僚)、
東端城主長田氏の目付で赤幌武者の川口宗勝が頷いて同意する。
「末娘の桜殿でしたか、なかなかの体術を弁えるそうで、甲賀者の技、読み、侮れませんな」
甲賀伴家を褒める遠江高天神城目付:大須賀胤高も、黒田に負けず遠いところから駆け付けたのだ。
甲賀衆のことを知る大須賀の情報力も侮れないと思う。
「三河・遠江に居る尾張譜代衆のことが気になっている。その報告も聞きたいのだ」
三河には出奔扱いとなっている元幌武者の加藤、山口、佐脇、長谷川が居る。
「皆、元気かのう」
「奴等も元気にやっていますとも。もっぱら土木人工として浜松城の普請に精を出しておりますよ」
「そうそう、大須賀殿、野村姉川合戦では大そうな武功を上げられたようで、噂に聞いておりますぞ」
一門衆で織田信光の子:織田信成が割って入る。担当する三河安祥城の事は優秀な次官:小瀬清長(織田造酒丞の子)に任せてきた。
「“森なにがし”という若造に邪魔されましたが・・」
「兄(可隆)を無くして自分を見失っている様なのです。許してやってくだされ」
長谷川嘉竹に城を託して清州城から駆け付けた、奇妙丸の庶兄:埴原左京亮長久が於勝を庇う。
「私からもお願いする」
奇妙丸が頭を下げる。
「若様にそうお願いされては、致し方ありませんな。戦場では“体が熱くとも心を冷やさねば生き残れない”と奴にお伝えくだされ」
「流石、大剛の大須賀殿じゃ」
大須賀をあげて服部政友がとりとめない話をまとめた。
「それでは、上方のほうの状況を教えて頂けますでしょうか」
うむ。と姿勢を正し向き直る奇妙丸。
「大坂の戦況を二郎が入手してくれている、皆は後詰第二軍を派遣するべきか、自分のところで対応出来るかどうか見定めて、実情に合わせて検討してほしい」
「そうですな」
「では、二郎頼む」
「それでは、摂津表細川京兆・三好軍の動きですが、・・・・・・」
(・・・・ヒソヒソ話し・・・中略)
「こちら側の動きですが、朝廷から陣参公家衆の方達が先に参陣で、幕府方は焦った様子で、将軍様の御動座がまもなくかと」
最後の報告に、元将軍奉公衆の堀部が不穏な考えをもつ。
「どうも、義昭公は、自分の地盤に火の手が上がっているのに他人事のようだな・・・どういうお心づもりなのか?」
「まさか、三好家を呼び寄せたのは義昭公ご本人なのでは?」
畿内通を自認する者達が憶測して、色めき立つ。
「そんなわけは、それは無いと思いますが・・」
それぞれが、思い思いの感想を言い合う。
「この際です奇妙丸様、自己判断で江北へ向けてご出陣頂けますか?」
服部政友が、不安で一杯となった室内の重苦しい空気を割る。
「近江の横山城か? 木下秀吉が危ないというのか? また、浅井の謀反や、朝倉の進軍が?!」
「一度あったことは二度あるやもしれません、それとなく手配をしても間違えではないかと」
「そうだな。数に頼る軍勢は、盤石のようでいて脆い、先の越前攻めがそうだった」
「また信長様が鈴鹿越えの屈辱を受けることがあってはならないでしょう」
「うむ。出来る限り動こう!」
「はいっ」
美濃国・尾張国・三河国・遠江国を平和に保つには、浅井・朝倉・六角軍の乱入を食い止めることが命題だ。
武田家は余程のことがない限り、領内に乱入するということは無いはずだ。松姫への愛情が信玄入道を踏みとどまらせてくれるはず。
勝頼殿、盛信殿も自分との約束を果たしてくれると信じたい。今は武田家の家族を信じたい。
「東の国境はいつも通りの守備力で良いだろう。北美濃も大丈夫だろう。警戒すべきは西美濃、南近江の守備」
「南近江には、宇佐山城に森可成殿が居て京都の門番をしておられます。各支城の佐久間・中川・柴田・丹羽・滝川殿は上洛軍にご参加され。蜂屋家老の村上殿、樋口・堀殿、木下、そして奇妙丸の代行として竹中半兵衛が松尾城に居る。彼らによって日々織田家の前線を維持されています。
そして、瀬田は山岡景隆殿、観音寺城には坂井政尚殿が後見して佐々木義郷(義秀の子)殿。それに京極小法師殿と津田御坊丸殿。日野は蒲生賢秀殿が冬姫様と共に留守居されています」
(丹羽五郎左衛門殿はやはり上洛軍に加わられておいでか・・)
信長の右腕と自他ともに認める五郎左衛門は、佐和山の佐々木百々邸にて木下秀吉の前線に対し後方を磐石に抑え支援の役目を果たしていたので、上洛は難しいかと思われていたが、五郎左の信頼厚い蜂屋頼隆の家老:村上頼勝が代役を担っているようだ。
「流石、信長様。万全の体制」
元幕臣で畿内の位置関係にも通じる堀部が感心する。
「穴はあるのだろうか?」
「戦上手の浅井長政殿ならば、何か一手を必ず打ってくると思われます」
信成の問いかけに、大須賀が応える。
「今度こそ義兄上と直接戦うことになるかもしれないな」
腕組みし眉間に皴が出るほど、心中身悶える。
「奇妙丸様、岐阜城は奇蝶御前様に任せて、我らは浅井家との国境線を重点的に」
「うん、そうだな、すぐに母上にお願いを申し上げてくる。(山田)勝盛、(山科)勝成、明日出陣するぞ、陣触れを回してくれ」
「「ははっ!!」」
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