395部:戦闘員と合戦の革命
8月26日、摂津表。
「五万貫だと! ふざけるな。何がかつては荒野だっただ。いにしえの都の地であり、渡辺津の湊町もあり、最初から天下第一の境開地だったのは明白ではないか!!嘘つき生臭坊主どもめ(怒)!!」
使者:宗久は恐れおののいて御前から下がる。
五万貫の件を一蹴した信長は、怒りのままに軍団を推し進め逢坂の南方、天王寺に向かう。
幕府軍(将軍直属軍と各守護の派遣軍)一万兵と織田軍三万兵、その軍勢合わせて四万兵。
幕軍中核となる将軍御相伴衆の一色藤長が将軍陣代として足利将軍家の御旗をもって参陣、それに義昭の直参奉公衆・旗本馬廻衆・鉄砲足軽衆の二千兵が本隊を形成している。細川典厩藤賢や藤孝、明智光秀、野村越中の軍団がそれを護衛する。
信長の本隊は精鋭の三千兵。
第一軍を率いるのは元赤幌衆筆頭・福富秀勝。馬廻衆の武辺者:兼松正吉、目出度き勇士:服部春安、大将首の毛利新介秀高、養子の毛利秀頼、祝重正、瀧川彦次郎など名の通った錚々たる武士がそれに従う。
第二軍を率いるのは矢部善七郎、分隊長として堀久太郎、大津伝十郎、万見重元、菅谷御長、長谷川竹の五名が旗頭となっている。
第三軍は重火器に特化した部隊で、元黒幌衆の野々村正成、平井久右衛門、中野一安が率いる。
軍団を形成するのは信長譜代の軍団長達だ。
旗元の赤・黒幌衆は解体されたが、元黒幌筆頭:川尻秀隆、元赤幌筆頭:前田利家、元黒幌筆頭:佐々成政、黒幌:蜂屋頼隆、赤幌:金森長近、赤幌:塙直政はそれぞれ出世して、独立した部隊を率いる軍団長となって本隊の前後を護衛している。
池田勝三郎恒興、元黒幌:中川重政は更に大きな軍団を率いて前面にいた。
古橋城への先陣には国持衆(守護職)の畠山高政、三好義継、松永久秀、和田惟政の軍団が向かう。
各将は自分達の領土が脅かされる事態なので、決死の覚悟である。
古橋城で備えていた三好日向守は、三方からの総攻撃に辟易し、このままでは出張った前線に取り残されると判断して、脆弱な備えの古橋城を捨て、中島城目指して引き退く。
撤退戦に入った三好軍を追撃する四守護の軍勢。
三好軍は殿軍に鉄砲隊を集中させ、容易に追撃を許さない。
陣盾を前面に押し出し、じわじわと後列に追いすがる幕府四守護軍。
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石山本願寺の寺領地内(上町台地上の)には、戦火を恐れた淀川・木津川流域の民衆が、家財道具を持って避難してきていた。老若男女のその数数十万人。
顕如は門徒でない者たちも憐れんでその保護下においた。
激闘の様子を、石山寺の高欄から見下ろす法主:本願寺顕如とその側近衆達。
「幕府軍と京兆軍の戦いが始まったな、じっくりと織田信長の実力とやらを見せて貰おう」
顕如は眼を細め、軽蔑の眼差しで眼下の軍勢を見る。
功を焦った花槍の武者達が、鉄砲足軽の的となって倒れていく。
「匹夫の勇。哀れな魂たちが昇天していきますね」
下間右衛門尉頼廉が合掌する。
「仏への信心のない戦いで散った者達は全て地獄に落ちるだろう」
下間安擦使頼龍が数珠をもつ手を天に突き上げる。
「閻魔様に裁かれるのですね!?」
傍衆達が狼狽える。
「恐ろしや」
「「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏・・・・・」」
「「顕如様、どうかお救いを」」
門徒信者たちが一斉に顕如を拝み始める。
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福島城内。
一方の細川京兆家を旗頭とする内管領:三好の軍勢。
「古橋城から退いてきたのか」
次々と城門に駆け込んでくる大将格の武将たちを見て驚く聡明丸。
堺から急遽戻ったが、もう古橋城が落ちたと聞き驚く。
「あの小城では、大軍を捌き切れませぬゆえ」
三好日向守長逸、三好入道笑岩(山城守康長)、十河在保、篠原長房、岩成左道、松山新介、香西越後守、三好為三、斎藤龍興、長井隼人道利が平伏する。
指揮者が撤退してしまい、前線で残り戦うのは、負傷兵と仲間を見捨てられぬ武士たちだ。
残された鉄砲・火薬・鉄砲玉を駆使して、織田軍の追撃をしのいでいる。
「では長逸・康長、信長軍をどうする!?」
聡明丸には迎えうつ方策はない。
「福島・野田に信長を釘付けにすれば、六角・北畠残党、浅井・朝倉が我らの動きをみて、信長の背後を狙うはず」
「他力本願であるが許そう。しっかりと信長を釘付けにせよ!」
「「ははっ」」
聡明丸は、とりあえず前線となる福島城は皆に任せて、敗色になれば船で脱出できる野田城に移動した。
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8月27日
信長は織田諸軍を神崎・上下難波・木津・今宮へ進軍させ、三好三人衆の野田城・福島城を包囲する。
そして、各与力衆から弓隊と鉄砲隊を選抜し、推し進めて前線となった福島城を遠距離攻撃させた。
三好軍も、周辺の武器商人から搔き集めた弓・鉄砲・火薬・鉄砲玉を準備万端に備えていた。
陣盾を並べ狭間から鉄砲を打ち込んでくる幕軍に対し、城内から反撃乱射する。両軍の鉄砲の発射音が天地割れんばかりにこだまする。
今までの合戦にはなかった世紀の大銃撃戦が開始されたのだった。
中嶋城(堀城)の攻防で幕府軍・織田連合軍と三好三人衆軍が交戦。織田軍に多数の死傷者が出るが、畠山高政麾下の河内国衆:遊佐信教が、近くの竹林の竹を全て切り倒して加工し、鎧の上から巻き付けて竹束重装備突撃隊を編成し、砲火の中を城門を破り軍功を上げたのだった。
「流石、畿内の武者共は銃器のあしらい方にも慣れているな!」
信長は、摂津・河内・和泉が物資も豊富で、屈指の工業地域で、人口も集中し、戦国日本文化の最新先端地域であると確信する。
「近い将来の起こるであろうと余の考えていた戦いはまさしくこれじゃ!」
万見、大津、堀たち傍衆に、これからの主流になるであろう物量の戦いを研究せよと命じる。
今までのような鉄砲を7割近くに持たせた銃装馬廻衆での圧倒的破壊力での勝利は見込めなくなる。
敵も同様の物量を投入してくるだろう。
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両軍の大銃撃戦を、石山寺の高欄から見下ろす本願寺顕如とその側近衆達。
「幕府軍・京兆軍。今までに類の無い戦い、鉄砲の実力が戦そのものを変えたようだ」
顕如は眼を細め、軽蔑の眼差しで眼下の軍勢を見る。
「足軽たちが、名のある武士達を撃ち殺していく。日ごろ鍛えた剣術や、槍・刀が意味をなさなくなりましたね」
下間右衛門尉頼廉が合掌する。
「私のような子供でも、か弱き女でさえ、鉄砲があれば、剣術を極めた武将をも一個の銃弾で倒せるということですね」
法主顕如嫡子:本願寺教如が目を輝かせて父を見る。
12歳になった息子に向かい顕如が頷く。
教如は天王寺に伝わる聖徳太子の経典を読破した秀才として門徒たちからは、この世を救う高僧様となられるであろうと将来を渇望されている。
日頃は感情を表に出さない少年だったが、大合戦の中にいて頬派は赤く目が爛々と輝いている。
父・顕如も気分は高揚している。
「仏は、万民に平等の力を与えたもうた。鉄砲こそが我が教団の守り」
教如だけでなくこの場の全員に聞こえるような声だ。
「今までは加賀の一揆門徒は、土豪・農民といえども女子供までは動員することはなかったでしょう。農民・女子供までもが鉄砲を使うようになれば、圧倒的な兵数を我が方は持ちます。やはり、戦は数ですよ」
坊官の下間正秀が、門徒達に力説する。
石山本願寺には十万とも二十万ともいえる門徒信者がいる。皆に鉄砲が行き渡れば、その辺の大名勢力など自分達教団が造る大軍団の足下にも及ばないだろう。
「勝てる算段がつきましたな!」
(武士、恐るに足らず)
下間頼照と、その息子:下間仲孝が頷き合う。
この場の皆の頭の中の算盤が弾かれ、全員がそう思った。
「我らが閻魔様となって、この世で信長を裁きましょう!」
若年の下間仲孝が声を上げる。
「「顕如様、お救いを」」
気持ちの高揚した傍衆達が吠える。
顕如が両手を大きく広げて、顕如に注目する前面左右の信者、一人一人と視線を交わすように向き合う。
「「有難や、有難や」」
顕如を見上げて涙ぐむ門徒達。
「「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏・・・・・」」
念仏を唱えて一斉に顕如を拝む。
「全国の信者へ継ぐ。鉄砲と火薬、鉄砲玉とその材料を石山に布施せよ」
「「ははーーーーーー!!」」
((顕如様が、石山本願寺が、世の中を正すために立ちあがる時が来たのだ!!!))
門徒信者たちが喜びに涙を流し深く平伏した。
戦に向けて、石山本願寺内の鉄器・鍛冶工房が活気づく。
門徒の匠たちが石山に集結する。
日頃は鐘や仏具を生産していたが、これからは武器製造が主体となる。
匠の技術のない門徒達は、鉄や鉛、銅の買い付けに全国に散る。
ここに戦国最強の武装教団が誕生することになるのだ。




