385部:終宴
新館の宴のあと。
松姫のところには、奇妙丸と傍衆達が残る。
いつも元気な松姫の表情にも朝から儀式の過密日程と緊張の為、流石に疲労の色が見える。自身も慣れないお酒も頂いて、流石に疲労を感じる。
しかし、宴の際に話題となった「野村姉川合戦」について、更に詳しいことを身内から情報収集するため、織田家の者を呼び集めた。
伴ノ二郎が勘九郎の前に進む。目出度い席の後ではあるが、
織田家の戦死者の名もいつかは報告しなければならない。まず、坂井久蔵尚恒の戦死を知らせる。久蔵は奇妙丸達と同世代の若者である。
「可隆に続いて、尚恒までも!?」
愕然とする勘九郎(奇妙丸)。自分が戦場に居れば、彼らを救うことが出来ただろうか。それとも、自分が討死しただろうか、もしくは、自分が父の足を引っ張って織田家の重臣達を戦死させるはめに合わせていただろうか・・。
「長可に、之助は、一正は?」
傍衆達が、自分達の仲間の安否を心配する。
「彼らは無事であります。しかし、尚恒は長可を庇って致命傷を負ったと」
「そうか・・」
森可隆に坂井尚恒、相次いで同世代の若者が逝ってしまった。彼らは親の跡を継いで、織田の重臣となり家を支えるはずだった。きっと、自分達と一緒に、父達が切り開こうとしている新しい時代が見たかったはずだ。それにこれからの日ノ本を自分達で作っていきたかったはずだ。
奇妙丸と同世代の者には、尾張譜代の者達では槍林通政、佐久間信栄、佐久間盛政、瀧川一忠、柴田勝豊、丹羽氏次、青山達が居る。
美濃衆では稲葉一鉄入道の息子と孫達、氏家入道卜全の息子世代、安藤入道道足の息子世代、
不破勝光、市橋長勝、丸毛兼利。
近江衆では蒲生忠三郎兄弟を筆頭に、青地元珍、後藤喜三郎高治、布施公保に、永原筑前守重康。
三河衆では水野信元の息子:信政や久松信俊その兄弟、徳川信康世代の石川や酒井、松平には松平家忠など若手武将がいる。
今は縁遠い者もいるが、これから彼らと戦陣を共にし、同じ釜の飯を食い、同じ試練を乗り越え、日本を良い方向に向かわせる同志としての信頼関係を築きたいと思っていた。二人はその筆頭ともいうべき存在であった。
「奇妙丸様、どうしましたか? 大丈夫ですか?」
暗い表情になった勘九郎を案じ、声を掛ける松姫。
「浅井家の裏切りが無ければ・・、可隆も、尚恒も死ななくて済んだかもしれない」
「兄のように慕われていた長政様を恨むことが嫌なのですね」
松姫が奇妙丸の迷いを感じる。
「どうして、こうなったのか。自分は甲斐で歓迎を受けている間に、戦場では友が死んでいく。自分はこれでいいのか。このような待遇を受けていていいのか。何か出来たことは無かったのか」
「自分を責めても是非もないことです。姫と貴方の存在がなければ、尾張と甲斐は戦争していたかもしれないのですよ」
梶原平八が慰める。自分も戦場にいないが、傍衆たちは、ある意味ここも戦場だと思っている。
「百年以上続く争いを止め、皆が安心して暮らせる日ノ本を造るのが目標。長政殿もそれは変わらないと言っていた筈なのに、運命の悪戯か、なぜか敵対することになった、しかし、私はまだ、長政殿と戦いたくない。浅井家と仲直りしたいとも思っている」
勘九郎が理想への思いを語る。
「本当に残念ですね。浅井殿は織田家と同盟を結ぶこの武田家をも、公然と裏切った汚名を着ることになります。源平の頃より、武家に生まれたからには主命により意に添わぬ戦いに加わらねばならぬことがあります。長政殿もどうにもならなかったのでしょう。今の勘九郎様には私と武田家が寄り添います」
松姫も勘九郎と同じ思いだ。
「奇妙丸様、いや勘九郎様、呼びにくいですね」
更なる報告があったので、伴二郎が論点を変えた。
「若でよい」
「では若殿様、兄からの連絡では、畿内摂津にて三好残党の怪しい動きがあり、伊丹城主池田勝正の家臣達池田・荒木の面々が謀反を企てているらしく、殿様は急ぎ摂津に出陣する用意をすると・・」
「阿波から三好党が戻ってくるのだろうか?」
「若様も至急、ご帰国されるべきかと」
「そうか・・」
松姫と向き合う奇妙丸。
「この戦は三管領斯波家の重臣だった織田と朝倉の両家の戦い、それに公方様をないがしろにする三好党との争い。父が摂津に出陣すれば、私が近江方面を守備することになるかもしれません。正義とはいったい何処にあるのか、何が正義なのか、どちらが正しいのか」
「どちらが正義であったかは後世の人が決めることです。今は自分の正義を信じましょう」
松姫の強い言葉にうなずく。
「もとはと言えば、朝倉は主の斯波家から越前守護職を奪った。これは不義理な行い」
「そうですね」
「私はこの先、将軍様の命で尾張守護:斯波家を相続する予定。斯波家の代わりに朝倉を討つことは正義」
「奇妙丸殿は、義昭公の御猶子となられ斯波家の家督と源氏長者をも手にするお方、朝倉義景殿とは相容れられぬ間柄なのでしょうね」
「松姫との間に我が子が生まれれば、彼は間違いなく甲斐源氏の血をひいた、源氏長者となりましょう。ならば、朝倉家を排除することは私の使命」
「私たち夫婦の子が幕府に君臨し公方様を支え、天下に静謐をもたらすこと、それが我が武田家の希望」
「うむ。理解した。具体的な我が目標が決まった」
「織田家の将来を決める意思。たくさん迷ってもいいのですよ」
「いや、家族の為に、そう思えば強い決意で戦うことができます。きっと信繁殿も同じ気持ち」
守るものがあるから人は怒り戦うのだ。
一連のやり取りをみていた桜だが、最近の勘九郎は何かを焦っている様に感じた。まだ正式に元服していないことで、ひとり蚊帳の外にいるかのような・・。
勘九郎は15歳、松姫は苗木城で出会った時のお転婆で幼さの残る姫から雰囲気も変わり、冬姫と双璧となるような美人姫に成長していた。桜からすればひな人形の男雛女雛を見ているような眩しさだった。
桜自身はといえば、
桜をはじめ、甲賀伴ノ衆の人間は、今回は富田郷左衛門が率いる甲州透波はじめ、望月千代女、出浦、高坂、横谷と言った忍者首領達の配下と相互監視の間柄にあり、自分達のことは、どこまで武田家に知れ渡っているかという情報戦の渦中にいる。
とにかく気配を殺し目立たずにいることを心掛け、桜は勘九郎の護衛を貫徹することに努め、一行のことを静かに見ていた。
********
とりあえず出来た分をUP。
うまくこの章をしめたいとずつと思っているのですが、なかなか。




