378部:前夜
別途の設定集、朝倉家の家臣団のページを足しました。
こちらも、ご参照ください。↓
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夕刻過ぎ、大依山で焚かれていた多くの篝火が消え、浅井・朝倉軍の姿が見えなくなった。
織田方の将の多くは、こちら側の大軍に怖れをなして、小谷城まで引き上げて籠城する心積もりではないかという予想を立てていた。
若狭から塩津街道を二度も行き来して疲弊している朝倉軍には、既にもう戦意が無いと考える。
搦め手門前、丹羽軍の陣営。
「何、本当か? 浅井長政が引き上げただと?」
長秀に大依山異変の報告が入る。
「城に降伏勧告の伝令を出しましょう」
側近:江口の進言に、待て と手を出す。
(これは撤退ではなく、決戦を挑むつもりではないか?・・信長様は当然気付いているだろう)
柴田軍の陣営。北側の大手門でも大依山の様子を見て、一早く同じ動きがあった。
「長政は後詰を諦めて去った、横山城は見捨てられた」のだと、
早速、柴田側から大手門の守備兵に野次が飛ばされる。城方を動揺させる狙いだ。
しかし、城方の大手門の将:野村兵庫助直隆は降伏するつもりはない。国友村の民と、野村一門は織田方と浅井方に分かれてはいるが、戦国の世を一族が生きていくためには両方に分かれ家名を残すことが優先される。
要害村に残った者達とは、お互い同意のうえでの戦い。自分が戦功をあげれば、敗戦方の一族の命を多く助けることが出来るかもしれない。その逆もある。ここは全力で戦い野村の名を天まで上げるだけだ。
本丸城将:三田村国定も、故郷である三田村の田畑を荒らした織田方に降るつもりはない。しかし、搦め手門の将:高坂は、主の大野木がなかなか連絡をくれないことに信頼関係が揺らいで来ていた。
搦め手門前の長秀の陣地に、来訪者があり、藤吉郎秀吉と蜂屋兵庫頭頼隆が呼び戻された。
「半兵衛殿、来たぞ」
竹中半兵衛が中央に居り、その護衛として赤幌衆の野々村三十郎、塙九郎左衛門が両脇を固める。
「長秀殿、秀吉殿、お願いが御座る」
「総指揮の件は聞いている。我らを呼んでくれれば本陣まで行くのに」
「いやいや、命を懸ける戦場で大将が不在では士気が保てません。ここは身軽な私が出向く方が」
「それで半兵衛殿のお願いとは?」
「明日の明朝、朝倉・浅井軍が必ず攻め寄せてきます。これまでにない大合戦となるでしょう」
「やはり、そうか」
長秀は、半兵衛の言わんとしていることに察しがついた。
「ええっ? 長秀殿もそう思うのですか?」
二人の勘に驚く秀吉。
半兵衛が続ける。
「殿は分かっておられます。姉川を挟んで、信長様が指揮し敵を迎え撃つ手筈です。我らは、一度姉川方面の敵を迎え撃つ振りをし、戦況をみて取って返し、横山城を我攻めに攻め落とす覚悟をしてほしいのです」
「「ふぅむ」」
信長様もそう感じ、半兵衛に城攻めの指揮を任せると考えたのだろうと察する秀吉・頼隆の両将。
「城方が、長政軍と合流しようと城門を開けて討って出た時こそ、攻め時。その時の合図は私が出します。お見落としのなき用に」
「わかった。それが本当ならば、かつてなく広い地域で大規模な戦いになるな!」
興奮して秀吉がごくりと唾を飲み込む。
「大手の柴田ノ親父殿の働きも必要だな、大丈夫か? 功をあせって大手で面倒な事にならぬだろうか」
兵庫頭頼隆が、大手との連携を不安材料にあげる。
「私が説明し、説得します」
「っ心得ましたぞ!竹中殿! この秀吉にお任せを」
五郎左衛門長秀も大きく頷いた。岐阜城奪取の経験のある半兵衛の言葉だ、誰よりも説得力があるだろうと三人は納得した。
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6月28日早朝。
野村周辺に、横山城を救援するべく浅井長政の軍勢が粛々と進み出る。
先鋒を務める磯野丹波守の騎馬は、轡を噛ませ嘶きをしないようにさせている。
息を殺して、織田軍の陣地に忍び寄る。
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先鋒・磯野丹波守員昌、国衆の中から厳選された騎馬隊を主とする兵1000。とにかく敵陣に早く迫り、防御線の整わないうちに敵を混乱させることが目的だ。そして横山城大手に迫り、城方と合流することが目標だ。
しかし、久政の命で、員昌の周辺には監視役が付けられている。かつて友軍の今井軍を味方討ちした磯野丹波が逆に味方から監視されることとなるとは、運命の皮肉である。
二陣・浅井玄蕃允政澄(高信)、兵1000。浅井一族の中から厳選された騎馬隊を主とする。久政に磯野の動きに注意せよと命じられている。磯野軍に続きながら、その動きを監視し、もしもの「返り忠」を阻止するために挟まれた。
参陣・阿閉淡路守貞征、兵1500。槍隊を主とする足軽隊本軍である。準一門の阿閉を大将とすることで、前後の磯野・新庄に圧をかけつつ、織田軍を掃討する役割を持つ。
四陣・新庄新三郎直頼、その弟:蔵人直忠、琵琶湖水軍の鉄砲衆を主体とする兵1000。敵の大将首を狙い後方からの狙撃で支援をする。その動きは後陣の長政が常に見ている状況に置かれた。
本陣大将・浅井長政、その弟:浅井石見守政之の兵、1500の本軍。長政自らが率いる浅井家最強の精鋭だ。長政自身は磯野・新庄に信頼を置いているが、久政はじめ江北衆は二人に疑念を抱いている。ここで手柄をあげさせて雑音を一掃する。そして、近江衆の心を一つにを糾合して、越前の手を借りずに織田信長と正面から対決したい。
今ここで義兄:信長に負ける訳にはいかない。
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三田村の城には、朝倉軍が進出していた。三田村の者達は今は横山城の守備についているので今は空城である。
朝倉景健は三田村城を本陣に陣取る。
先鋒軍大将:朝倉景紀は老将だが、息子:景恒が金ヶ崎落城の責を負って自害したので、敦賀朝倉家の汚名を一命を賭けても晴らしたい。忠誠心の厚い敦賀の家臣達は、この主と共に散る覚悟だ。兵の数は2000。
中軍大将:前波新八郎景則。
譜代家老 軍奉行家である本家と、その跡取りであり甥である前波藤右衛門景当の代理として、本家に恥をかかせる訳にはいかない。
それに、主:朝倉義景の為にも、世の数ある大名たちに精鋭一乗谷軍の実力を存分にみせつけ、天下に朝倉家の名を轟かせたい。
敗北は許されない。
譜代衆:山崎長門守はじめ、黒坂備中守、小林備中守、それに侍大将の真柄直隆、真柄直澄兄弟と、直隆息子の隆基、窪田九郎右衛門、印牧孫六右衛門も皆、同じ気持ちだ。
一乗谷軍は、それぞれの部隊が得意の得物を持ち、特に侍大将:真柄の部隊は大剣力士隊と呼ばれ、誰もが六尺近くの越前大物という大太刀を振り翳す剛の者達で、見るからに相手を圧倒する集団だ。500人組に構成された主力軍その数、6000。十二の軍隊がそれぞれ大旗、小旗の隊旗を掲げ整然と整理されている。
後軍、本軍大将:朝倉孫三郎景健。
安居朝倉家は、朝倉同名衆の中でいつも三番手であり、大野・敦賀の朝倉分家に比べ低い家格だが、この一戦で武名をあげ、朝倉家の筆頭になる野望を滾らせている。
国友要害を再起できないくらいまで叩き潰し、織田方の鉄砲供給源を絶ち、そして朝倉軍の勝利を目指す。
一門筆頭の野望に燃える安居朝倉軍、その数2000兵。
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