368部:六月四日
書きかけですが投稿します。超絶遅筆ご容赦ください。
「奇妙丸様、黒武者衆なのですが、二・四・五番の大将達が、誰が奇妙丸様に進言し統括して指揮を執るかで揉めています」
伴ノ二郎左衛門が先程の事件を報告する。
「そうなのか」
「普通は序列的に、二番隊長が意見を纏めて上申することで良いですよね」
「そうだと思っていた」
「浅野殿は仕事が出来るゆえ、勝盛殿に抜擢はされたが、他の隊長に遠慮がちなのかもしれませんな」
「そうなのかー」
「桜木殿は武辺に頼むところがあって我が強いゆえ従わないのかもしれませんな。山口殿も出自ゆえか斜に構えているところがありますし。如何いたしましょう」
山田勝盛が信頼している浅野だが、人には大将と副将の器がある。しかも、同列の隊長各が自分の力量を信じる者達ならば、浅野に遠慮せず上手くいかないこともあるだろう。織田家の宿老達の中でも席次争いはあり、父が苦慮しているところだ。しかも、父は指揮者を家格で選ばず、実力主義に重きを置き登用と重用を繰り返して、家臣団の中の競争を活発化させてきた経緯がある。
「分った、勝盛の存在は大きかったのだな。隊長同士は牽制し合う関係なのだな。私が直接話して、浅野が持つ権限を強化しよう」
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6月4日 南近江石部城下、鯰江から京都に近い西へと拠点を移した六角家。
六角義治が馬上で剣を天にかざす。
「我が楚葉矢ノ剣の下に集え、強兵たちよ!」
「「おおおおおおー」」
伝説の剣をみて、六角軍の士気が上がる。
「あれが伝説の楚葉矢の剣か。信長がケガをしたのもあの剣の霊力かもしれぬぞ」
「あの剣をもつ義治様、流石、佐々木六角家だな。佐々木一族の本流だけある」
「鎌倉時代、砂鉄の流通を抑えた佐々木家だ。あの伝説の刀を持つのもその所以であろう」
「これで我らに怖いものはないな」
兵士たちが頼もし気に囁き合う。
熱い視線を受けて出陣の合図をする。
六角義賢と義治親子は野洲川に沿って下流へと兵を進めた。
義治の本陣は、野洲川の西岸、笠原の地に布陣し、琵琶湖沿岸を威嚇する。
南近江旗頭六人衆のひとり柴田勝家の拠る長光寺城とその与力の進藤家が拠る木浜城に迫り、反幕府・反織田勢力の伊勢浪人・美濃浪人・大和浪人を含めた大軍勢にて包囲陣を形成する六角軍。
木浜城に対する先陣は、既に先行し六角親子を支える忠臣・三雲三郎左衛門を軍監に、かつて箕作城を守り切れなかった高野瀬美作守が積年の鬱憤を晴らす為に出張る、次に一族の多くが織田方に走り、名誉挽回の為に奮戦を心に誓った永原遠江守重久が続く、そして乾の四大将が攻撃の先手だ。
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<太平洋上 雪風丸>
洋上では、総大将である奇妙丸が、外敵に襲われることは無い。
いつもより幾分緊張感が抜けた梶原平八郎は、甲板から海を眺めていた。
「船出がナギの日でよかった」
そこへ、櫓の上から平八郎の姿を見つけた奇妙丸がやってくる。
於八と於勝が傍にいないのは、自分の中の何かが欠けているようで、物足りない。
傍衆は他にもいるが、特に二人には、いつでも自分の思っていることを話して、分け合いたい。
名をはせる武将の二世という立場で育つ境遇や、二人が奉公に来てからは兄弟の様に思い過ごして来たし、共に旅もしてきた。
今では、城の中に閉じこもっているよりも、旅に出ていることが自分達には普通のような気がする。
「どうした平八、波で気分が悪くなったか? 久々の船出だからなあ」
「いえ、大丈夫です。 奇妙丸様・・、於勝の奴、大丈夫でしょうか」
「心配だな・・。しかし、鶴・・、忠三郎がついていてくれるだろう」
蒲生忠三郎は、於勝長可とはよくぶつかり合っていたが、お互いに通じるものがあり認め合っている様に見える。傍から見れば二人は似た者同士だ。
「うーん。相乗効果でより危ない気もしますが」
平八郎は、忠三郎が長可と武功を張り合うようにならないかが心配だ。
「そう、かもしれない・・が、良い方向に向かうと信じよう。我らが信じてやらねば」
奇妙丸か自分ならば長可を上手く制御することが出来るかもしれないが、自分の主である奇妙丸から離れて長可の面倒を見ているわけにはゆかない。自分は父に連れられて初めて織田家に奉公に上がった時から、信長からも奇蝶御前からも奇妙丸のことを頼まれている。
「そうですね・・(死ぬなよ)」
平八に出来ることは、長可が無理をしないことを日本武尊(大和武命)に祈るばかりだった。
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南近江、長光寺城。
六角一揆の策動に気付いた柴田から連絡を受け、永原城から佐久間信盛、信栄親子の軍勢800が後詰に繰り出した報告が来ていた。
「よし、これで我が方の戦力は倍増だ」
「御注進です、安土の中川重政殿は湖上に海賊衆が蜂起の為、来援できぬとご連絡です」
「ふむ。是非もない」
中川は、味方を救援する意識はもっていないようだ。あわよくば勝家が討死するが良いとも思っていそうだ。
そこへ早馬から連絡を受けた門番が駆け込んでくる。
「佐久間殿、作戦会議の為、旗本衆のみにて先に御到着です!!」
床几から立ち上がる勝家。
「わかった。あの髭を出迎えに挨拶にいくか」
陣幕内の一同も思ったが、佐久間信盛が聞けば「お前が言うか、お互い様だ」と反論しそうな言葉だ。
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「ようきた、(佐久間)右衛門尉」
戦場では武功の競争相手ではあるが、こういうときに佐久間が味方にいるのは心強いと勝家も思う。古き戦友だ。
「うむ。兵糧は蓄えてあるのか、急ぎ駆け付けた故に我が軍は兵糧がないぞ」
佐久間軍大将である信盛の心配事は常に、兵を養うお金と食べ物があるかどうかだ。
「腰抜け六角相手に籠城準備などいるか(笑)」
「おいおい、修理亮、殿が後詰を出してくれるまで、我らは籠城が手堅いのではないか?」
「この柴田、城に籠って殿の援軍を待つつもりはない!!」
信長に依存すれば「桶狭間に比べれば屁でもない。やはり俺が居ないとお前らはダメだな」と信長は言い放つと思う。
「うぬぬ・・」
信盛の頭の中にも、信長が現れて「お前ら二人が居て、六角如きに遅れをとるのか?」
といつもの調子で言い放つ。信長殿の存在に圧力を感じるのは勝家・信盛に共通のことだ。
「それに、ほれこの通り、飲み水を溜め置く越前大甕は、怒りに任せて全て叩き割って御座る!」
勝家が指さした先には、越前産の大甕であったのだろうと分る陶器片が、礫として投石できるように丁度良い大きさに砕かれて荷車に乗せられていた。
「なんと!修理之亮ぇー?」
信盛の表情が絶望的になる。
「良い考えであろう。廃品利用だ」
信盛のそんな顔がみれて、楽しくなる勝家。
してやったりの快感だ。
勝家も信長と同じで人を驚かすことに喜びを感じる性質だ。
佐久間はいつも良い反応をしてくれる常識人なので、信長に重宝されていると勝家は思う。
「なんということを・・・」
「これで城に未練無し! いざ出陣するぞ! もののふどもぉー!!」
勝家の鼓舞に応える兵士たち。
「「あいやー!!! えい えい おおおおおおー」」
柴田軍はすでに闘志満々だ。
(細かい作戦の打ち合わせは意味がなさそうだな・・)
「是非もなし」
信盛も覚悟を決め、表情をひきしめた。開き直った時の佐久間信盛は強い。
窮地に追い込まれるほど、信盛の真価は発揮される。その時の胆力は人一倍となり冷静沈着になる。
特に全神経を研ぎ澄ました撤退戦をこなす采配ぶりは見事であり、「退き佐久間」と異名をとる所以だ。
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落窪に布陣する柴田軍1000・佐久間軍800。その数合わせて1800。対する六角勢は約三倍の6000兵。
勝家に武力を見込まれ先陣を託された足軽大将:拝郷家嘉が槍を上げる。
「足軽衆ついてまいれ!」
「おうっ!!」
拝郷が駆け出すとともに、槍の密集部隊が一斉に歩み始める。その数400。
柴田勝家は、一糸乱れず動く長槍部隊の、よく訓練されたその動きに満足げだ。
「我が軍の強さの秘訣は、足軽歩兵部隊の連携による、大きな動物のような動き」
先鋒の拝郷を見送り、本軍主力500を率いる勝家の甥(勝家姉の子):佐久間盛政が号令する。
盛政は信盛の縁戚にもあたる。信盛の従兄弟にあたる大学助盛重の弟:盛次の息子だ。
この時16才になったばかりの若武者だ。先の越前手筒山の戦いでも勲功をあげた。
「甕割ぃ~!」
と槍をかかげて叫ぶ。
「「甕割!」」 「「甕割!」」
全将兵が、それに応えて一斉に声を上げる。
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「織田軍のあれは、なんの歓声だ?」
天に木霊するその声は、六角軍の本陣まで届いた。
「かめーわり とか聞こえますね」
義治が、床几に腰掛ける義賢に答える。
六角親子には織田軍の意図がよくわからない。
前線の六角軍1000は、先日の織田家の鉄砲隊に凝りて、前列を行く者には竹筒を束ねた筒盾を持たせて、鉄砲対策を施して来ていた。幸い竹林は南近江山中にはいくらでもある。
「なんだかよく分からんが、数ではこちらが有利。 気にするな! こちらには楚葉矢の加護がある!!」
高野瀬美作守が前線で鼓舞する。
「そうだー! 楚葉矢!!楚葉矢!!」
「「楚葉矢!」」 「「楚葉矢」」
野洲川の両岸で、両軍の鼓舞が交差し、今にも衝突が始まる気配だ。
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<野洲川の浅瀬>
川の中ほどまで進み出て華麗に舞うように槍を振り回し、最後に敵方に向かって「えいやっ!」と構えて魅せる。
拝郷の槍舞に引き込まれ、両軍が静まり返った。今は川のせせらぎだけが聞こえる。
「俺の名は拝郷、死にたい奴は掛かって来ぉいー!!」
「なめた真似を!!」
槍舞の様子を見ていた三雲三左衛門が我に返って怒る。
「掛かれぇーーー!!」
三雲の合図で、竹筒束の盾を持つ兵士たちが先頭となって、六角軍が川に押し出してくる。
「来たぞ、投石用意~~~!!」
腰袋から、割れ甕の鋭利な破片を取り出す足軽衆。礫投げ器に添え付けて発射の準備をする。
六角方が鉄砲に備えてくることを見越していたので、無駄な鉄砲玉は撃たず、投石で相手の盾を越え、上空から兵士を襲撃する策だ。相手に被害を出せれば投げる物はなんでもいい。
両軍の将兵が一斉に動き出した。
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織田軍本陣。
「「わあーーーーー」」
戦場の金属音と喚声が聞こえる。
兜を左右に振り、着心地を確かめる勝家。
「右衛門尉、本陣を頼む。俺は旗本を連れて真ん中に突撃する!」
「行くのか?」
「掛かれ柴田が出ねば、皆が本気にならん」
「うむ。わかった」
「では、行って参る!」
傍衆の毛受から愛用の槍を受け取り、馬上の人となる勝家。
勝家の旗本衆100名と共に、柴田軍の象徴である「金の鉾」が動き出した。
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