表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
織田信忠ー奇妙丸道中記ー Lost Generation  作者: 鳥見 勝成
第四十話(南近江編)
363/404

363部:涙

5月21日 佐和山城本丸


「横山城より、浅井長政様のおなりです!」

磯野右近昌行が、大急ぎで広間に駆け込んでくる。

「長政様?!」

間髪入れずに廊下をドシドシと踏み鳴らしながら、兜以外は完全武装の長政が傍衆を引き連れて広間に乗り込んできた。

「挨拶はいいぞ、員昌。 しかし、織田軍を通すとはどういうことだ!」

「長政様、ご無事でしたか! 

織田軍は信長が通らぬならば、国元へ帰還する兵は通っても良いと、私が許可したのです・・」


「員昌の気持ちは分かるが、もはや織田とは国の滅亡をかけて争うしか道はない。ここは将来の為にも織田軍はここで叩くべきではないか」

長政の言葉に、冷静に反論する員昌。

「武田入道信玄公も、浅井家の変節を憂えているのです。長政様はそのような後世に悪評を残す勝ち方で満足なのですか。私は長政様のことを考えて織田軍の通過を許しました」

員昌の言葉が胸に刺さる。

「確かに、私は力及ばず家臣団の支持を失い、父の復帰を許し、既に天下の面目を失った・・」

「織田に正々堂々と戦い勝利すれば、浅井家への後世の評価も変わりましょう。ここで大将のいない織田軍を殲滅するなど姑息な手段は避けるべきです」

「そう・・だな・・」


「貴方!」

続いて長政が来た反対方向の廊下から、新庄直頼の家臣団に囲まれて於市御前が現れた。

「於市! それに直頼」


「員昌殿! 城下に浅井家の増援が来ています。これはどういうことですか!?」

続いて、長政の来た方向から於市御前一行に対面する様に、客殿から慌てて駆け付けた武田家一行がやって来た。

松姫は、於市御前と、大将らしき武者に気付く。

「私は奇妙丸殿の許嫁、武田松姫です」

「松姫様までも、お越しでしたか・・」

松姫の後ろには松姫の後見人・駒井昌直と、桜がいる。


於市御前は松姫と桜に会釈し、長政に向き直る。

「心配になったので直頼殿に無理を言ってやって来ました。 貴方は甥と、その許嫁の軍をだまし討ちにするのですか? これ以上、生まれる子供の為にも備前守長政の名を落とさないで下さいませ」

於市と松姫を交互に見比べる長政。その後ろからは桜の厳しい視線が突き刺さる。

「於市・・」



「大変です!」

出丸に居た磯野一族の宮沢弾正が、広間に駆け込んでくる。

「「どうした?」」

長政と員昌が同時に尋ねる。

「信長が! 千草峠にて暗殺者に撃たれたそうです!」


「誠か!」

「本当ですか!」

「かすり傷ですか?」

弾正に向って一斉に質問の言葉が飛んだ。


********

「「信長、千草越えにて狙撃される」」

同じころ、その情報が畿内を駆け巡った。

もちろん伊賀・甲賀の衆がその情報網を使って拡散させたものだ。

「つかわれた鉄砲は4丁。うち2発が命中した」


実際は、鈴鹿峠越えの各4通路で、信長に似た人物が、伊賀音羽48人衆の手のものによる狙撃と襲撃を受けていた。

峠越え中の信長は、幸いにも小倉御前の背負っていた鉄鍋が、杉谷善浄坊の撃った銃弾を防ぎ、続いて襲撃を仕掛けてきた忍者軍団を、蒲生賢秀をはじめ、速水の菅ノ衆が必死に防戦し、ことなきを得たのだった。

この一件から信長は、小倉御前を「御鍋殿」と呼ぶようになった。


********

佐和山城。


「長政様、この情報は信ぴょう性がありそうです」

員昌が自分の手のものが調べてきた続報を、長政に報告する。

「では織田兵の中に、信長は紛れてはいないということになるな・・・。

あちらは嘘をついていない・・・、良かろう。織田軍に関所を通らせてやれ」

「ははっ」

「ありがとうございます長政様」

於市御前が、夫・長政の手をそっと握った。

久々に長政も微笑する。そして、義兄の率いる織田軍と真っ向から勝負して、鮮やかに勝利しようと心に決めた。

その表情は、すっきりとしていた。


********

「開門せよ!」

員昌の命で、関所の鉄製の扉が開かれる。


「おおっ!織田軍の旗、奇妙丸様だ、それに信興様もいるぞ!」

西側で開門を待ち受けていた織田軍の前列から、奇妙丸率いる織田の援軍をみて歓喜の声が上がる。

「奇妙丸様―――――ぁ!」

「信興様―――!」

「おう!おかえりー!」

信興が気安く応える。


「奇妙丸様―! お出迎え有難うございます!」

後方から、金森甚七郎と佐治新太郎に次いで織田家重臣の主だった面々も駆けてくる。

「秀吉殿、それに直政殿!」

奇妙丸の下に秀吉が駆け寄り、両手で奇妙丸の手を取って感涙する。


「奇妙丸様、昨日、信長様が千草峠にて狙撃されたという噂は本当ですか?」

「父上が?!」

「御存じなかったのですか」

秀吉の情報に戸惑う奇妙丸。


「おおーーーーい! 奇妙丸――――――!」

と馴れ馴れしく奇妙丸を呼ぶ声が響く。

「あの銀の鯰尾は、蒲生鶴千代?! それに丹羽長秀殿の旗印」

間もなく鶴千代こと蒲生忠三郎と、丹羽長秀が奇妙丸のもとにはせ参じ、それを一緒に出迎える福富はじめとする織田歴々の諸将。

そこへ更に一騎、騎馬武者が駆けてきた。

「大丈夫ですよ、兄上様!」

「「冬姫殿!!!!」」

騎馬武者姿の冬姫の登場に驚く諸将。

「父上様は万全の準備をされて伊勢に向われています。虚報に惑わされてはなりませぬ」

「そうか」

「大丈夫なのだな、長秀殿?」

佐々成政が念押しする。

うんと頷く長秀。

「ここは岐阜城にひきあげるが肝要。目的を見失ってはなりませぬぞ」

奇妙丸に進言する長秀。

「うむ。そうだな。信じるぞ!」


「岐阜城に進めーーーーー!!!」

丹羽五郎左衛門長秀の号令一下、織田の全軍が粛々と行進を始めた。


**********

西の関所を通り、東の関所へ向かう織田軍を、出丸の浅井軍が警戒態勢で注視する。


「松姫殿、桜、奇妙丸殿の隊が通過する様だ、合流されよ」

「?!」

長政の言葉に驚く松姫。

「安心されよ、後ろから襲うような真似はいたさぬ」

長政の言葉に、於市御前も頷く。

そのようなことは於市は命を張ってでも止めるつもりだ。


「皆さま、ありがとうございます、それではお達者で」

松姫に近づき抱擁する於市、続いて桜も抱きしめる。

「お達者で」


松姫達が去ったあと、出丸櫓の欄干に向かう長政夫妻。


「奇妙丸殿――――!」


長政の大音声に気付いた奇妙丸が振り返る。

「長政様、それに於市様!」

出丸の櫓から、浅井長政と於市御前の夫妻が手を振る。

それに応えて、奇妙丸が出丸門前まで駒を進める。


「こたびは、おもいがけないことで我が気持ちに反して織田と敵対することとなってしまった」

織田全軍が静まり、長政の声が朗々と響く。

「しかし、もはや迷いはない。義兄・信長と一戦に及び、雌雄を決しよう。天下を賭けた勝負、男子の誉れ也」

長政の表情は晴れ晴れとしている。

「兄上にも、全力で我と勝負されたしと伝えてくだされ!!」

長政の宣戦布告を、織田の将兵たちは聞き届けた。

「分りました、長政様!」

もう、後戻りはできないのだろうとお互いが認識する。


そこへ出丸の大手門から武田軍、松姫一行が出向してきた。松姫が奇妙丸をみつけ手を振る。

「我が甥よ、松姫殿を大切になっ!」

「はい!長政殿! 於市様!」


浅井長政との決別の時が来たのだなと理解し、見上げてみていた出丸櫓上の長政や於市御前の姿がぼやける。

長政は、奇妙丸を視界から外し、涙がこぼれぬように空を見上げる。

於市も目頭に袖をあて泣いた。


*****


第四部「於市御前」  <完>


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ