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織田信忠ー奇妙丸道中記ー Lost Generation  作者: 鳥見 勝成
第四十話(南近江編)
362/404

362部:身分

佐和山関所外の寺院。奇妙丸軍の仮本陣。


佐和山の出丸から帰還した奇妙丸が、中の様子を皆に伝えた。

「交渉の結果、織田軍の通行は許されることとなった。父以外は・・」

叔父・信興が、作戦机代わりの陣盾板に手をつく。

「口惜しや・・。義弟に阻まれるなど、兄じゃがお怒りになられるかもしれぬ」

皆が、信長が本気で怒った時の姿を想像し沈黙する。


「奇妙丸様!! 山崎山城へは俺が行きます!!とにかく結果を伝えましょう」

「於勝! ・・」

於勝ならば、途中に何か困難があっても突破するだろう。

が、反動で相手を徹底的に叩く恐れがある。それに山崎山から、父・可成の居る宇佐山城の前線まで、戦いを求めて突き進み、帰ってこなくなるのではないだろうか・・・。

「於勝は兼山森軍を率いる大将。身軽な俺達が行きます。な、甚七郎」

「ここは我らにお任せを!」

「佐治、金森。そうだな・・。よし、二人に任せた! 於勝は戻って菖蒲ケ岳の守備を頼む。そして、降参した旧今井家の者たちを、替わってこちらによこしてくれ」

「「はいっ!」」

三人同時に勢いよく席を立った。


*********

伊賀国

伊勢神宮の近隣に名の知られた鉄砲の名手・杉谷善浄坊が、織田家・北畠家の仕官の勧誘を断り、ひっそりと暮らしていたが、今日はその庵に来客があった・・。


「信長を討つ依頼を成し遂げるためにお主にも是非加わって貰いたい」

物騒な話を持ち込んだ男は、音羽48人衆を率いる城戸弥左衛門だった。

「・・・断る。俺は、自分の意に添わぬ仕事はしない」

信長の伊勢侵攻の際、参拝途中の信長の姿を遠くから見たことを思い出す。


「お主は、織田信長を支持するのか?」

「これまでの彼奴の行動は一貫している。世を正す志を、民衆も支持しているのではないのか」

「奴は身分の区別を重視し、更に差別化してこの日本に圧政を敷くつもりだ。小牧山城、岐阜城の構造は、家臣や民衆を見下ろしている。岐阜城には今まさに天主閣という楼閣が建つという。天主は“天の主“と書くそうだ」

「天主か・・・。しかし昔の世も、法王、天皇、太政大臣、征夷大将軍、彼らが親子代々国を支配し、私利私欲を優先し、政道が腐敗して今につながるのではないのか。誰が世を統べても同じではないか」

「いや違う。俺は国家鎮守の霊刀を手に入れた。この刀の力で、この縛られた身分を解放し、誰もが王になれる世をつくろうと思う」


城戸弥左衛門が背中に背負った木箱をあけて、楚葉矢ノ剣を杉谷にみせる。

杉谷は、その刃先の輝きに魅入られたように刀身から目が離せない。


「まさか・・・。しかし、それこそ下克上の世ではないか。今と何も変わらぬではないか?」

「我等、日陰の者が天下に躍り出るには、より争乱の世になる必要がある。信長に世をまとめられては困るのだ」

「ふうむ。下克上の世こそ、民の為か・・。そして、お主は成り上がってどうするのだ?」

「伊賀・甲賀のものをまとめて、諸大名をひれふさせ、天皇貴族は異国へ島流しにする。我等忍びが民によりそって世を治める」

「そうか、民に寄り添うか。御仏の教えに近いかもしれぬ」

「そうだ御仏の教えだ。その為に信長を殺してほしい」

善浄坊の頭の中に、弥左衛門の声が仏の声のように響く。


「信長がどの峠を越えるか分かるか?」

「うむ。俺について来てくれ」

ニヤリと笑って城戸弥左衛門は立ち上がった。


*****

佐和山城内、三ノ丸客殿。

武田軍は駐屯地として三ノ丸を預けられ、松姫の寝所となった客殿を取り囲むように布陣している。


「桜、残ってくれてありがとう」

「松姫は怖くないのですか」

「怖いけど、奇妙丸様の為になるなら」

「強く思われていたのですね」

「私の本当の友達ともいえる貴方方が苦境に立つ姿もみたくはありませんでした」

「有難うございます」

「織田家は・・・、これから先も、大変だけれども、頑張って生き抜いてね。父を説得してできるだけ助けるから」

「松姫様、何か心配事でも?」

「信長殿が、やけを起こして、周囲をすべて敵に回してしまわぬか心配なのです」

「・・・」

「父は、奇妙丸様だけでも武田の手で守らねばと考えておられます」

「・・・・」

桜にとっては、松姫の父・入道信玄公が噂通りの人物ならば、織田の名跡をつぐ奇妙丸様を武田陣営に置いて、都との距離を近くする手段であるようにも思える。信長様は信玄公から見捨てられるかもしれない・・。

(奇妙丸様は自分のお立場を分かっているのだろうか・・・)

入道信玄と、信長の個人的な信頼関係が、織田武田同盟の繋がりであって、情勢次第、気持ち次第で簡単に破棄されるものかもしれない危うさを感じる。


********

5月20日 鈴鹿山麓、千草峠。


「賢秀、異常はないか?」

「ええ、今のところ一揆の前触れはありませぬ」

「余が、この道を使っているとは誰も思わぬであろう。長秀と一緒に世人の裏をかいたぞ」

「誠に。素晴らしい御策でございます。我等も信長様が本軍を離れてまさかこちらに向かわれるとは考えもしていませんでした」

「余は人の考えを出し抜いて、驚いた顔を見るのが好きなのだ」

「そのお心は、茶の道にも通じるかもしれませぬ。茶は信長様にあっているかもしれません」

「お茶?」


「茶は、心を休める静寂を求め、安心できる空間のなかで腹を割って話す空間を創出することが目的でしたが、京都、奈良、堺の富裕層の間では、次第に、茶器名物を競って道具に取り入れ、招待した客の驚きと喜ぶ表情をみて、満足する傾向が強くなったのです」

「ほう」

帰ったら、本格的に茶の湯にも取り組んでみるか・・。

「小倉御前の手前は見事で御座いますよ」

「では、峠にて休息し手前を所望するか」

「是非」

会話が途切れ、茶といえば・・

姪のお茶々姫はどうしているか・・と、ふと考えた。


******

巨岩の影。


傭兵・杉谷善浄坊と、音羽の城戸。

「最短距離の八風峠には、副将の宮田死郎の一隊を差し向けている。私は千草峠が怪しいと睨んでいる」

「では、この岩の上で信長一行を待つとするか」

「お主が狙撃したあと、我等がトドメをさしに行く」

「うむ」


******


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