359部:愛智川の戦い
六角本拠地、鯰江城。
「観音寺城から出た織田軍が愛智川を渡ると高野瀬からの伝令が!」
鯰江城主で後見人の鯰江定景の息子・定春が、大広間で会議中の義賢親子に報告する。
「箕作城には目もくれぬか?」
六角方は鯰江城、箕作城を結んだ線で、琵琶湖の東湖岸への進出を狙っている。しかし、西は観音寺城で阻まれ、北は山崎片家の山崎城で阻まれていた。
「山崎城へと向かう様子とのことで」
「そうか、今が追撃の好機だ。こうしてはおれぬ、皆の者行こう!!」
義治が、和平の議題のことも忘れて、小躍りして廊下に飛び出す。
「「おう!」」
考えなしに突き進む。やはりいつまでたっても成長しない困った長男だ。
と、今更にも思う義賢だった。
湖岸の豪族は、浅井氏方の高宮氏の競合相手である久徳氏が有力な織田党だった。高宮に領地を奪われていた久徳氏は、これを再起の機会にと織田軍に積極的に協力していた。
久徳党の頭・久徳左近が先導し、愛智川を越える織田軍。
織田軍の動きを感知した箕作城から、城主・高野瀬美作守の率いる高野瀬軍と、和田山城の建部・田中氏の残党が一軍となって出撃する、それに合流しようと義治の六角軍が、鯰江城から出張って来た。
一丸となった六角軍は、織田軍に攻撃を仕掛ける陣立てを編成する。
その先鋒は、一族の大半が織田方についてしまったので、ここで六角家への忠節を見せようと先鋒を志願した永原遠江守が引き受けた。
次鋒は高野瀬美作守。そして義治側近の乾が軍監として付く。
本陣は六角義治、その副将は三雲三郎左衛門定持親子。三雲は六角重代の郎党だった。
見晴らしの良い観音寺城の物見台から、箕作城の敵に動きがあると狼煙があげられる。
これに対応して、行軍する織田軍は渡河を邪魔されぬよう、河原を取り巻く自然堤防の土手を盾に、各軍から選りすぐりの鉄砲衆が福富秀勝の指示により集められて待機していた。
鉄砲衆を指揮するのは、木下隊からは前野長康、そのほか本軍の侍大将格の中条家忠の一族・中条将監等の者達、赤備えの赤の十弐番大将・塙直政と元赤の一番大将・前田利家、黒備えの三番大将・佐々成政と、黒の十二番大将・野々村三十郎等、かつて信長の親衛隊ともいえる幌衆・廻番衆を務めた武勇に優れた武将達だ。
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その選抜軍の総指揮官には、赤の十弐番大将で柴田勝家の娘婿でもある塙直政に託された。彼は、猛将・柴田勝家からも将来を見込まれ愛娘の婿に迎えられた逸材だ。非常の窮地の時だったので、誰もが納得して受け入れた。
「もっと、引き寄せろ!」
塙直政が、味方を戒める。
「まだだぞ!」
六角軍は、河を渡らせてなるものかと、必死の追撃をみせて迫ってくる。
「「うりゃああああああああ!」」
騎馬武者の咆哮と、激しい太鼓と法螺貝の音、駆ける騎馬の馬蹄の音にまぎれて、直政の声も六角軍には聞こえない。
「よし、撃てぇ!」
土手に立ち上がった直政の、声と手の動きを確認して、自分も声を張り上げる佐々成政。
「撃て!」
成政の動きに応じて、槍を振り上げる前田利家。
「撃てえ!」
各武将の率いる鉄砲部隊の火縄銃が、一斉に火花を放った。
「「ドドーーーーーーーーーーン!!」」
各隊の発射音が一つとなり、鉄砲の轟音が轟き、六角軍の先頭の武者がバタバタと倒れる。
「しまった、備えていたか!」
土手から浴びせられた銃撃にたじろぐ永原遠江守。
「どうしますかっ?!」
進退を考えている間にも、傍の者が遠江守の盾となって倒れる。
「ドドーーーーーーーーン!!!」
「退けっ、退けー!」
永原軍が瞬く間に崩れたち、次の高野瀬軍も浮足立って、指揮系統は崩壊し、それぞれに離脱して逃げ始める。
「おうおうおう、敵が退いていくぞー」
「追撃しますかー?!」
「追い払うだけでいい! 渡河を優先しろー!!」
「「はいいい!」」
織田軍は、自らの鉄砲部隊の破壊力に身震いした。
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六角軍の先手を撃破した味方の戦勝を確認し、気分が高揚しながら織田軍は目的地に進む。
「天晴な状況判断だったな」
秀吉が蜂須賀に話しかける。
「流石信長様の旗元、福富平左衛門秀勝。それに塙直政、佐々成政、前田利家、野々村三十郎。それぞれが中川殿のようにいずれ大名となって一軍を指揮するようになると考えると、末恐ろしい者達だな」
福富達は、殿(信長)様がご不在でも自分達で最良の策を判断し、各軍がそれぞれに持つ鉄砲を集中的に投入運用して、見事に六角軍の先鋒をあしらってしまった。蜂須賀は、織田信長の傍で戦を学んだ世代が、やがて信長の分身として、これからの各地での織田家の戦いを担っていくのではないかと想像した。
「信玄公の奥近習に、殿様の幌衆達、そして奇妙丸様の傍衆達。我等も逸材揃いの世代に飲み込まれぬようしっかり戦働きせねばな」
「ふふっ。まだまだ・・・。野武士出身のワシ等だけが出来る雑草の戦いが御座る。藤吉郎殿は上品な戦をしたいのでござるか?」
蜂須賀の自信ある言葉に励まされた藤吉郎。
「確かに。利家殿など、天晴な武者ぶりに憧れはするが、この藤吉郎の柄ではないなぁー」
「そうそう(笑)。我らが孫悟空殿はそうでなければ」
六角軍を追い払い、木下軍の鉄砲衆を引き連れて、本隊に合流した前野長康が、大将・秀吉の背中をポンポン叩いて慰める。
「猿は猿なりの大将に・・・だな。この悟空・秀吉が、芭蕉扇、如意棒の如きお主らと共に、三蔵法師・信長様を守って唐国へ渡り、そして天竺へ。 それが儂の夢だな」
秀吉が馬上で両手を広げて、大きな夢を語る。
「天竺かぁ」
秀吉につられて前野長康が遠い目をする。
仏が治める太平の国。自分達がいる日ノ本のような殺伐とした国ではないのだろう。
「そのまえに唐国を越えていかねばならぬぞ」
蜂須賀正勝が現実に引き戻す。
「唐国は明帝国の治める大国だという・・。途方もない気がするの」
と長康。
「だが、伴天連や楽呂左衛門はそこよりも遠い南蛮国からやって来たという。殿様の永楽銭の旗と共に、俺達もきっと行ける」
秀吉が馬上に立ち上がる。秀吉の身のこなしは軽い。
「そうだの! わっはっはっは」
蜂須賀正勝の大笑いにつられて、皆が笑い始める。
「「あはははははは♪」」
木下藤吉郎秀吉を中心に、木下軍は異様に盛り上がりながら山崎山城へと入城していった。
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