349部:菖蒲ヶ岳城
近江、佐和山城。
領内の見回りから帰って来た磯野丹波守員昌を、家老の島宗朝が出迎える。
領民達の不安を聞き、安心する様に説得し、経緯を説明してまわるが、ようやく訪れた平和が一年もたたず瓦解してしまった衝撃は大きい。
親織田派の農民たちの中には、もう土地を捨て、美濃に移住しようという声も上がっている。員昌は疲れ果てて城に帰還したところだ。
愛馬を撫でながら、宗朝の報告を聞く員昌。
「員昌様、中嶋直頼殿が織田軍に敗れ磯山城に現れたそうです」
「ほうほう。太尾山城が落ちたということだな」
「更に織田軍はこちらに進み、現在は菖蒲ヶ岳城に入ったとのこと」
「織田信長が国元(美濃・尾張・伊勢・三河)に残した兵力は、まだ相当数居るという事だな。先陣は菖蒲ヶ岳城に入ったか?」
「中嶋殿が言うには、鎌刃城の堀秀村は、中嶋殿を後詰めしなかったと」
「救援と言われてもな、堀殿も突然の謀反に戸惑っているのだろう。それで直頼はどうした?」
「磯山の城兵を率いて、太尾山奪還に出たいと」
「我が所領にて、勝手なことを。中嶋に従う必要はない!」
「ははっ!」
「どうせ、自分に従わないと清水谷に通報するとか言いそうだが、ならば磯山から出ていって久政殿の出陣を請えと、そう伝えよ」
「はい・・」
主人・員昌はいつになく感情的になっていた。
何が敵で、何が味方か。
六角親子が盛んに磯野家の所領を脅かそうとしていたが、今は味方になれと使者が来る。味方になれば我が物顔で、磯野家領内の穀物の収穫を没収して持って行きそうだ。
(六角家に兵糧を分け与えてなんの得がある・・)
やはり、久政の方針に納得できない自分が居た。
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菖蒲ヶ岳城、本丸。
奇妙丸は、降服した者の中で今井家家臣を集める。
老兵の田那部与左衛門が代表して、奇妙丸に応じて語り始めた。
「この城は、今井定清様が建造されました」
「お主たちの父兄もこの築城に加わっていたのだな」
ここからは太尾山、地頭山が望める。
「何か特殊な防衛機能はあるのか」
「ここは、六角時代は武芸者として名高い吉田安芸守が守備していました。その時に浅井家への備えとして山の北側に何か新たな機能を組み込まれているかもしれません。吉田殿は逃亡されて今は越前・朝倉殿にお仕えしているという噂を聞いています」
「そうか、北側の曲輪の方が堅固なのだな」
「奇妙丸様、この城に長く滞陣されるおつもりですか?」
「これからの相手は歴戦の磯野員昌殿だ、何が起こるか分らぬ。用心にこしたことはない」
「伴ノいるか?」
「はい」
「磯野軍は、街道まで出張ってきているのか?」
「関所を閉じて、磯野家の管轄領内には誰にもいれぬという姿勢を見せております」
「そうか。我々や六角牢人衆の一揆にも警戒しているのかもしれないな」
磯野員昌が十年という長い間、浅井の前線に立って、六角軍としのぎを削ってきたことは有名だ。
「まだ六角家と戦う意思があるならば、なんとか、こちらと和解できぬものだろうか。もしくは、織田軍の帰還兵の通行を見逃すようにと」
「説得など通用しません。そんな甘いことを言っていると、寝首をかかれますよ」
於勝は、最初っから戦うしかないと決めてかかっている。
「於勝。お主は人を信じることも重要だぞ」
「この世は理不尽です。今の世は信じたほうが負けるのです。兄の人生はまだこれからだというのに、何故に命を奪われねばならぬのですか」
「それは・・・」
「しかも、信長様の一門衆に加わった浅井家の裏切りによって、兄が戦死してまで勝ち取った勝利が、結局後味の悪い敗北となりました」
「うー・・・む・・・」
言葉を失う奇妙丸。可隆が無駄死にしたとは奇妙丸も思いたくはない。いつか、越前に攻め込み可隆殿の戦死に報いたいと自分も思っている。
「於勝、ちょっといいか。話がある」
平八郎が、首を振って(あっちについて来いという)合図をだし、於勝を陣幕外に連れ出した。
桜も二人を心配して、陣幕の外に出て行った。
奇妙丸は、出てゆく三人の後ろ姿を黙って見送るしかなかった。
「私が単身、佐和山城に乗り込んで、磯野殿を織田方に誘降しようか・・」
名案が思い浮かばず、直接会って話をするしかないかとも思う。
「それは無茶です、危険すぎます。それならば私が使者となって参りましょう」
勝盛が奇妙丸の身を案じて反対する。
「う~~~~~む。では、全軍をもって佐和山城と対峙し、帰還の織田軍が無事通過するまで、盾となって対陣するか・・」
「それ以前に、我々が磯野家の関所を通り領内に入る際に、ひと悶着が置きそうですね」
「もし戦闘になった時、堀殿の後詰を期待するわけにもいかぬ。できれば、磯野軍との戦争を回避することが最善」
楽呂左衛門は、黙ってやり取りを聞いている。副将の森高次も六角領内に近づき、自信の言動に注意を払っているので言葉数は少ない。下手な進言をして鯰江の一族と内通の疑いを諸将にもたれては困る。
「互いに、不戦不干渉を維持できぬものか・・・」
割り切れない気持ちが影響し、
作戦会議は、どうにも行き詰まってきていた。
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重苦しい中、伴ノ三郎が、奇妙丸の傍まで進み出て報告する。
「若様、急ぐ要件なので、会議中ながら報告させていただきたいことが・・」
「遠慮せずに言ってくれ」
三郎に笑顔で返す。
「実は、未確認ながら地頭山あたりから中山道をこちらに向かっている一団があると配下から連絡が来ておりました・・」
「こちらに? 誰か本国から増援に来たのか?」
「敵ではないようだということでしたが、どなたまでかは・・」
適当に予想で返す訳にもいかないので、申し訳なさげに応える三郎。
「よし、会議は中断して、城を点検しながら増援を出迎えにいこう」
「「ははっー」」
全員で城の構造を確認しながら、街道へ出向くことにした。




