346部:人間無骨
突如として、進軍速度が早くなった第一陣に戸惑う梶原軍。
「森軍、戦闘速度に移ったようです!」
前列の隊長・梶原平右衛門からの伝令が於八に急を知らせる。
「於勝! あのばか!」
於八は、於勝が街道の先の敵に突撃するつもりだと、即座に理解した。相手は堀秀村が忠告をしに来た中嶋宗左衛門の軍だろう。
「森軍を助けるぞ! 皆、用意はいいか!」
「「おう!」」
梶原軍も、戦の準備に取り掛かりながら、戦闘速度に移行した。
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太尾山城、東山道沿いの出丸番場所。
街道を塞ぐように陣を張る中嶋軍。
「単騎で突っ込んでくる武者がいます!」
出丸の高見櫓から、物見の兵が叫ぶ。
「命知らずな・・。 よし、血祭りにあげろ! 皆の者かかれー!」
中嶋軍は、当初は弓隊で織田の出鼻を挫くつもりだったが、単騎突撃されてしまっては、敵の本軍が遅れて突っ込んで来るまでの矢数がもったいない。
弓隊に入れ替わり、足軽部隊が五間槍にて槍衾を作り、於勝の騎馬に立ち向かう。
於勝が左手に手綱を短く持ち 、右手で“天下ノ逸物・兼定の槍”を握り直す。
「うおおおおおおおおーーーーーー!」
咆哮をあげ、気合と共に愛馬・白鹿毛が敵前衛槍隊の足軽を軽々と跳び越えた
「兄上の仇――――!」
正確には兄の仇は朝倉勢なのだが、この際、於勝には関係ない。
後列の弓隊が弓を捨て刀に持ち替える暇を与えず、片っ端から切り裂く。
ただ目の前の者をひたすら刺し、斬り、薙ぎ払うことが、優しい兄を奪った敵に対し報いることだ。
於勝のふるう十字槍が、相手の構えた弓ごと切り裂き、尋常でない鋭い切れ味をみせる。
「こいつ、狂ってる!」
さくさくと、人を殺すことに躊躇のない於勝の戦いぶりに、半農民の足軽たちは恐怖を覚える。
中嶋軍の前衛が動揺し隊列が乱れる。
そこへ、大事な“若(於勝)“を失っては家臣団の面目が立たないと、必死の森軍が、中嶋軍へと激突した。
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第二陣、梶原軍
森軍に追いつき、後方から太尾山城と戦場を見渡す於勝。
「山頂の城の方からの攻撃がないな」
「ええ、あの街道に突き出した出丸に、中嶋軍は寄っているようですね」
従兄弟の梶原次右衛門が平八郎のひとりごとに反応する。
・・梶原次右衛門は、平八郎(於勝)より少し後に生まれ、ほぼ同年代の親友のような関係だ。
前衛の平右衛門と、副将の次右衛門はともに於八の一門衆だ。
他には、京都に進駐しここにはいないが、信長付きの父・梶原平次郎景久には、家老の梶原源左衛門が付き添い従軍している*。
「ここは、山頂と出丸の間を分断すれば、敵は驚いて退却するかもしれないな」
「妙案です」
尾根上の切掘りに架かる橋を落とし、敵が本城に逃げ込めなくすれば、動揺が更にひろがるのではないか。その手立てとしては、誰かが工作隊を率いて切掘りに侵入し、橋を壊す必要がある。
「俺が火薬を仕掛ける、お主は鉄砲隊を率いて、側面から於勝を援護してやってくれ」
「分りました」
平八郎は、従者数名を連れて、目立たぬように山の茂みへと入っていった。
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太尾山城、街道出丸番場所。
「あの狂武者を誰か止めよ!」
中嶋宗左衛門直頼が、周りの馬廻衆に命じる。
「大将同士の一騎打ちを望んでいるのではありませんか?」
於勝の戦いぶりを恐れた武者が、直頼に返答する。
「馬鹿な、あのような小物と勝負して負ければ、無駄死にではないか!」
直頼は全く自分で戦うつもりはない。それをみて、小姓の丁野次郎太が進み出る。
「私が、奴を止めて見せましょう」
丁野は中嶋の一族で、部下にばかり「行け」と命じる直頼の行いを恥じて、自分が立ち向かうと宣言した。
「よし、次郎太。やってしまえ!」
次郎太はさっそく騎馬を呼び、曳かれた馬に搭乗し槍を持ち、於勝めがけて駆けて行った。
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森軍
於勝に追いついた森家の家人達が、縦横無尽に暴れ回る若殿を守ろうとして、必死に於勝の周りの敵を削る。
「若、落ち着いて下され!」
老将・近松新五左衛門が猛る若武者を止めるべく騎馬の前に出る。
「邪魔だ!!」
近松を跳び越えて、更に前に出る勝法師。
森家新参の森弥五八郎と治左ヱ門可明親子は、若の勇猛果敢さに感動する。
「若! ひゃっはーですな!」
「若についていきますぞー!」
出仕先の跡取りが、戦場では狂武者と化すことに驚いたが、その戦いぶりに惚れ、自分達も暴れまくる。
・・・・この親子は、清州斯波家の家人・森家の一族だが、信長が清州森家の跡職に無理やり森可成をねじ込んだことで反発し出奔していた。京都にて三好軍に将軍宿所が襲撃された際、三好軍を相手に奮戦したことが信長に認められ帰参が許された*。
混乱する戦場で、副将の森於九は、森軍が散りじりになり各個撃破されることのないよう、軍を纏めることに心を砕いていた。
「そこの武者!」
中嶋軍の足軽衆をかき分けて、颯爽と騎馬武者・丁野次郎太が向かってくる。
「なんだ!」
「我は浅井家家臣、丁野次郎太! いざ、勝負せい!」
「お前らお得意の一騎打ちか!」
於勝の怒りがさらに増し、目じりの吊り上がった形相は鬼そのものだ。
戦場が一瞬静まり、誰もがこの一騎打ちに注目する。
馬の腹をけり次郎太に向かって行く於勝。
「えいやぁ!」
於勝が繰り出した槍の一突きを、両手で正面に構えた槍の柄にあて受け止めようとする次郎太。
次郎太が柄でうけとめたと思った瞬間、柄は手応えもなく二つに分かれ、次の瞬間には仰向けに落馬し、真上の空を見ていた。
「ぐはっ!!!」
(負け たのか・・・・・ )
「なんだ?、あの槍は?!
何もないかのように鎧もつきぬけたぞ!」
決闘の様子を見ていた出丸の面々が驚愕する。
「これが、兜鎧も盾も無し!人間無骨の槍だああああああああーーーーーーーーーーー!」
於勝が十字槍をかかげて絶叫した。
(お、鬼が降臨したっ)
戦慄する中嶋軍。
(この槍が、兄に渡せていたらっ・・・)
丁野との戦いも無かったかのように、鬼の形相で敵足軽が集まっている方へ槍を振るいにいく。
「「逃げろおーーーー!」」
於勝に恐怖し、中嶋軍の兵士達は一斉に出丸の大手門を目指し、駆け出していた。
*小説用のキャラの背景設定です。史実ではありません、フィクションですのでご理解ください。




