340部:利三と忠三郎
近江国、朝妻城。
新庄直頼の居城に、清水谷からの軍勢がやって来た。
「海北、赤尾、雨森の三将が、於市様をお迎えに来たとのことで・・」
海北綱親、赤尾清綱、雨森弥兵衛の三人が、物々しく武装した兵士を千程引き連れ、朝妻城下までやって来た。
「浅井家の誇る侍大将の御三人が揃ってお越しとは・・・」
「大殿様からの命できた。直頼、大人しく於市様と茶々様を渡してくれ」
赤尾清綱が開口一番、用件を伝える。
「それは・・・出来ませぬ」
「こちらは久政様からの直接の御命令だぞ」
雨森弥兵衛が、直頼に詰め寄る。
「私は長政様から直接頼まれています。御隠居が、何故の御命令で?」
とぼけて答える直頼。
「我らは織田信長と戦うことに決めたのだ」
海北綱親が重々しい声で話す。
京都での柴田勝家との乱闘事件以降、浅井軍は織田軍への因縁がある。そう転ぶことも無かったとは言えない。海北程の名の通った老将でも、織田家に思うところがあったのだろうか・・。
「お待ちくだされ。長政様がそのようなこと許すわけがない」
「長政様は、この緊急事態に国におられぬ。致し方あるまい」
赤尾清綱が、主である長政を軽んじていることが態度に出る。
「長政様は、自分がいない間は勝手に動くなと申しおきされていたのではありませんか?」
「ええい、何故、逆らうのじゃ」
説明するのも面倒くさいという勢いで、清綱が苛立っている。
「納得がいかぬだけです。遠藤、磯野、三田村、大野木、その辺りも賛同されているのですか?」
直頼が食い下がる。
「奴らも了承済みだ。磯野員昌様は、斎藤利三が佐和山城下を押しとおったという連絡を受けて、急いで船で佐和山に戻ったそうだ」
実際は、遠藤直経は最後まで「織田家は必ず天下をとります。織田から離反してはなりません!」と説得を続けたが、久政と他の重臣たちは聞き入れず、最後は数の理論で押し切られてしまっていた。
(員昌も南にやって来たか、ならば織田と敵対するは本当のこと・・)
「於市様にも事情を説明せねばならぬ。時間を下され」
「うむ。急げよ」
使者の三人は腕組みをして返事する。
直頼が於市御前をこの場に連れてくるまで、ここで待つことにした。
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近江国観音寺城
先日の合戦で、居城を取り返そうと押し寄せた六角軍を、観音寺近郊で撃破した頭目の面々が、観音寺城本丸に集まる。
全軍の指揮権は、幕府軍でもあり織田軍でもあり、なおかつ旧美濃守護代斎藤家の系譜である利三が自然と握っている。
「布施藤九郎殿、後藤喜三郎殿、蒲生忠三郎殿、ご協力大儀でした。皆さんのお陰でなんとか六角牢人衆を撃退できた。良かった、良かった。皆さんのご忠義の心、必ず将軍・義昭殿と、殿様にお伝えしますぞ」
利三が、各将の手を順番に握る。
忠三郎が、戦場で華々しい活躍をした斎藤内蔵助利三を尊敬の眼差しでみる。
「貴方の戦ぶりに感服いたしました。どうしたら、貴方のような武者になれるのですか」
有望な若者に慕われて、悪い気分ではない利三。
「私など、唐国の伝説の英雄・項羽公の足下にも及びませぬ。しかし、
戦で活躍するには、平時でも常に武芸の鍛錬。肉体の下地をこしらえ、戦場では年長の老いた武辺について行って、熟練の駆け引きを学ばれるがよかろう。私も若い時はこれを心掛けて来た」
「なるほど」
「項羽公のように、気は世を覆い、力は山を抜く、そのような武将に憧れました。蒲生の忠三郎殿が目指す武者は、やはり祖先の藤原秀郷公ですかな?」
「そうですね・・、利三殿が項羽を目指されていたならば、私は三国の頃の呂布公でしょうか、合戦の場に現れるだけで戦場の空気を一変させる武者になりたいものです」
「はっはっは、赤兎馬を手に入れねば。お互い、智謀の方は後回しですな」
智将として活躍するよりも、戦場を己の力で蹂躙したい。二人ともよく似た趣向のようだ。
「性格的に、軍師向きではないということでしょうね。それはそうと、利三殿、此度の上洛の目的は?」
親近感を覚え、さらに質問する忠三郎。
「足利幕府軍として、義昭様の上洛戦を阻んだ六角義賢・義治親子を許すわけにはいきません。絶対に観音寺城に復活させるわけにはいきませぬ。それに・・・・」
利三も、忠三郎に親しみを持ち少し口が滑らかになってしまった。
「それに?」
「いやいや、何でもござらぬ」
(六角親子が持ち出してきたという楚葉矢ノ剣を手に入れるためとは言えぬからな)
「ハッハッハッハッ!」
勢いよく笑って誤魔化す利三。
この会議では、各個でバラバラに六角牢人衆の挙兵に対応するよりも、ひとりの旗頭の下に総力を結集したほうが、信長の敗走を知って、牢人衆が集まり、大きな戦力となりつつある六角軍と正面から戦うことが出来る。
「観音寺城を死守し、信長を待つ」という斎藤利三と(利三は信長以外にも首領と仰ぐ光秀を待つつもりだが)、
皆の目的は一緒なので、反六角の豪族衆は、信長の指示があるまでは、利三に従うこととした。
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