339部:松尾山
美濃国、関ヶ原
「ここからは堀家の所領。松尾山城主は、堀家の陣代・樋口直房殿だ」
と梶原平八郎(於八)が僚友の森勝法師(於勝)に話しかける。
・・・・堀氏はもともと、多賀神社神職・多賀氏の家来だったが戦乱で多賀氏が没落したことにより、在地領主として頭角を現した。藤原利仁流の武家だ。織田家に出仕する美濃の堀氏、堀秀重・秀政親子とは同族だ。
「城から狼煙が上がっているな。我らの侵入を知らせているのだろう。直房の裏をかくのは難しそうだな」於勝も樋口直房の武名は聞いている。彼は美濃でも名の通った将だ。
・・・・・・樋口氏は坂田郡の土豪で、堀氏の被官となっていた。もともとは中山道に面する信濃国木曽の豪族で、木曽義仲の乳兄弟にして股肱の臣、樋口兼光の後裔と言われている。
奇妙丸軍がここで力押しに出て、浅井家との戦端を開いてしまっては、到底、京都の織田軍を迎えに行くことは出来ぬだろう。しかし、浅井軍が本格的に南下してきた場合、砦もなく街道を死守することは出来ない。足場として、なんとか松尾山は抑えていたい状況だ。
松尾山の麓に到達し、城兵の堀・樋口軍と対峙する奇妙丸軍。
「ここは、私が・・」
竹中半兵衛が志願して、樋口との交渉を申し出る。
(なんとしても、無血開城してみせる)
半兵衛の目が決意の光を湛えている。
「半兵衛殿、お任せする」
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松尾山城城内。
「竹中半兵衛殿、よお来られた。息災か?」
「ええ。いたって健康で御座る。このような立場で再会することになり申したが・・・・樋口殿、私は貴方と敵対する気は御座らぬ」
「私も出来れば争いたくない」
「堀家は中立を守っていただけぬでしょうか」
「中立か・・・・」
直房が天を見上げ思案する。
「殺し合いではなく、話し合いで進む道もあると思います。織田と浅井は、先日までは同盟者として六角家と戦って来たではありませんか」
「そうなのだがな・・」
「堀家は東山道の要衝を抑えておられます。ここで堀家が街道を閉鎖すれば、せっかく流れ出した流通は止まり、畿内と関東の民衆は困り果てます。堀家の悪名が後世に残ってしまいます。それでよろしいのですか?」
「うむぅ・・・」
「奇妙丸様に堀家の中立を認めること、後から中立の罪を説いて領地を没収せぬ旨、誓詞を出して頂きます。それを秀村殿に渡してもらえませぬでしょうか」
「わかった。半兵衛殿。争いは私も望むところではない」
「それから、ここは織田家と浅井家の係争地になる恐れがあります。我らが松尾山に入り、堀家が浅井から直接攻撃を受けぬよう、楔として入ろうと思うのですが、どうでしょう・・」
「成程、つまりは竹中殿が盾になるというのだな。浅井家の目は松尾山に集中し、私は居城の長比城に戻ることで、係争に巻き込まれずに済むと」
「そうです」
「分かり申した。ここは退きましょう」
「有難うございます。決して悪いようにはしません」
「うむ。信じよう」
こうして半兵衛は、坂田郡の堀家を中立化させ、浅井と織田どちらにも面目が立つように保証する。
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奇妙丸本陣。
竹中半兵衛が、直房を奇妙丸に紹介する。
「樋口直房で御座る。堀家は織田家と争う予定はなかったので、此度の浅井と織田の戦いには加わりませぬ。よろしいか?」
半兵衛が信用する人物だ、奇妙丸も直接対面し、その武者振りをみて直房を信じても良いと判断した。
「ええ、松尾山から退いて下さるとのこと。それだけでも十分に譲歩して頂いています。そのうえ、長比城、鎌刃城の城下の通行の安全も保障して下さる。これ以上のことはない」
「それでは、誓紙の交換を」
二人が血判を押して、書を取り交わす。
「白山大明神に誓って、約束は違えませぬ」
奇妙丸と握手して、満足した表情で直房が引き上げる。
これから直房は、兵を率いて本城に戻り、主・堀秀村に奇妙丸の誓紙を渡すつもりだ。
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「流石、半兵衛殿だ。もう城を抜いた!」
山田勝盛が半兵衛の成果を褒める。
「辞めてください、譲って頂いただけです」
半兵衛は城を攻略したつもりはないが、第三者からは客観的に見て、半兵衛はどのような奇術を使ったのだと不思議でならない。
「次は朝妻湊の新庄殿か・・」
このまま道を西進すると、琵琶湖湖岸の朝妻城下に出る。
一つ難事を半兵衛が解いてくれたが、次の難事がある。奇妙丸が街道の西方向を見て呟く。
「それでは、次は私が朝妻城を落とします!」
森勝法師が、再び先鋒を願い出る。
「於勝、お主は早く戦いたいのであろうが、もう少し待て、新庄殿は佐久間大学家と縁を結んでおられる。それに、安養寺と新庄は共に親織田派。敵対されるようなことはないと思う」
「そうでしょうか。長政は織田を裏切ったのですよ!」
於勝は、兄が死んだ原因は浅井にも責任があると思っている様だ。実際、千田采女は行方知れずだが、小谷城に逃げたという噂もある・・。
「前に朝妻に立ち寄った時は、於市様と茶々様を長政様から預けられていたが、二人は無事だろうか・・。まだ居るのなら、戦いに巻き込むわけにはいかぬ」
「於市様の動向、探ってみる必要がありますね」
「伴ノ衆!朝妻に潜行して、於市様を探してくれ」
「ははっ!」
兄・伴ノ三郎を見送る桜が、奇妙丸に願い出る。
「奇妙丸様、於市様と茶々様を、私が助け出して参ります!」
「!!」
驚く奇妙丸と傍衆達。
桜に朝妻城に潜入させるか、それとも新庄直頼に説いて於市御前を預かるか、それとも於勝を先鋒に突撃し奪取するか・・・。
どの選択も上手く行く確証がない。
また、於市御前が長政と離れることを望むのだろうか?
それに、於市御前を失った長政は、織田との縁が切れて真の敵となってしまうのではないか・・。
あの仲良き二人が、離別を望むとは思えなかった。
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