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織田信忠ー奇妙丸道中記ー Lost Generation  作者: 鳥見 勝成
第四十話(南近江編)
335/404

335部:於勝の帰還

元亀元年五月(1570年5月初旬)美濃国、岐阜城


「奇妙丸様! 奇妙丸様! 奇妙丸様!」と連絡に走って来た小々姓の千秋喜丸が廊下で転ぶ。

「大丈夫か?!」と助け起こす加賀井弥八

「慌て者だなあ」と笑う水野於八。

「於勝達が戻ってきました」と喜丸が転がり込むように進み出て、奇妙丸に告げる。

「そうか」出迎えようと立ち上がりかけたところに、

於勝がドシドシと床板を荒く踏みつけて広間に現れ、続いて、於勝に供をした森於九と大島光成も困った表情でやって来た。二人は精神的にもかなり疲労しているようだ。

於勝は、久々に同僚の傍衆達とまみえたのだが、何かに怒っているようで、いつになく厳しい表情だ。


於勝が広間の中央に着座し、横には森家の家紋が入った布で槍が包まれている。

「於勝、良く戻ったな。望みのものは出来たか」

「奇妙丸様・・・」

於勝が片手で涙をふきながら、布をとり、鞘をとり、槍先を天に向ける。十文字の槍先がキラリと輝きを放つ。

「兼定殿の御作品はこれにございます」

「これは、見事だな。“天下ノ名物”の誕生だ」

「はい。兼定殿も生涯の最高傑作だと・・・」


「私が、奇妙丸様の陣を離れてから、もっと関への道中を急いでいれば・・、

もっと必死に、兼定殿を手伝って槌をふるっていれば・・・、

これを城攻め前の兄に届けることができたかもしれませぬ・・。

いえ、もっと早く生まれて自分が強かったならば、兄を戦場で助けることができたのに・・・」


於勝は兄・可隆の戦死する様子をどこかで伝え聞いてしまったようだ。

「於勝、可隆殿は見事な戦いぶりだったそうだぞ」

なんとか慰めようとこころみる。


「兄が、この十字槍を持っていれば、槍を敵の脇に抱えられることもなく、一撃で疋田の腕を切り落とせていたでしょう・・・。

全てが、遅すぎました・・・・・・・・・・・・」


「それほど自分のことを責めるな。精一杯頑張ったではないか」


「許せない! 許せないのです・・・。   自分が、そして兄を撃った千田采女正がぁ!」

於勝が感情の激高するままに槍を一閃すると、天井の梁のひとつが真っ二つに斬られた。

切断された天井板が数枚、広間に落ちて騒音をたてる。


梁を真っ二つにした十文字槍の切れ味に、驚愕する奇妙丸。

於勝が腕を上げたのか、それとも槍が凄いのか。いや、その両方かもしれない。

池田之助、生駒一正、梶原平八郎、佐治新太郎、金森甚七郎達、傍衆が立ち上がる。

「於勝、奇妙丸様の御前だぞ!!」

於勝が槍を構えて、肩で息をしている。


「それに、それに神女殿が・・、もっと早く・・・、早く兄上のことを教えていてくれれば・・」

「於勝、それは違うぞ。神女殿は万能ではない」

奇妙丸が於勝に強い口調で言う。

「お慶姫やお良姫の善意に感謝こそすれ、その責任を問うとはどういうことだ」

奇妙丸の怒りに触れて、於勝は槍と共にその場に崩れ落ちた。


「うぅ・・。千田采女、必ず私がこの槍で仕留める」


「そうだな兄の仇はお主がとれ。それに、姉妹は悪くはないのだぞ」

於勝の肩にそっと手を置く。

「「於勝っ・・」」

傍衆達も於勝が憎いわけではない。今回の戦では多くの者が戦死し、身内を失った織田家中の者も多い。

於勝は今まで何事も人のせいにするようなことは無かった。すっかり雰囲気が変わってしまった。まして、逆恨みなどは男気のある於勝らしくないが、それほどに兄の存在は大きく、失ったことで心が弱っているのだろう。


「城内の戦支度は、出来上がっているようですが、近江へご出陣なされますか?」

於勝が苦悶する表情で、奇妙丸に尋ねる。

「うむ。山城国の方からは、南近江に稲葉伊予守をはじめとする美濃衆の面々が、反乱した豪族・九里氏などを討伐に討ち入ったそうだ。こちらからは稲葉と縁のある斎藤利三が先陣を務めそれに合流しようとしている。西と東からの挟み撃ちだ」

続けて、近隣の情勢を話す。

「南には蒲生忠三郎がいるが、伊賀の方で北畠親成の率いる落ち武者の旧臣共も挙兵しているそうだ。おそらく伊勢の各地でも不満分子が挙兵するかもしれぬ。伊勢の三七丸や茶筅丸が無事ならば良いのだが」


「ご領内の各地で反乱が・・・・。奇妙丸様、私達も早く出陣しましょう。私が反乱者を蹴散らしてみせます!」

「うむ。私もそのつもりだ。

明日の明朝、街道を抑えに出発する。於勝は疲れているのであろう。今宵はしっかりと休息するように」

「はいっ」

傍衆達が、於勝にかけよって立ち上がらせる。於勝の槍は、於八が鞘に納め、しっかりと布に巻いた。


*******

岐阜城奥御殿、奇蝶御前の部屋


「そうですか、於勝が・・」

「母上、於勝は兼山城に帰した方が良いでしょうか。傍からみていると、どうも危うげなのです」

「兄を思って気持ちの昂ぶりがどうにもならぬのでしょう。戦場に連れて行って発散させてやりなさい」

奇蝶御前は、いつも信長を見ているので、於勝の状態もそれほどには心配はしていない。


「奇妙丸様、於勝様の星は、輝きを放ちつつも、またたき揺らめいています。時々、楚葉矢の作り出した暗黒の闇に飲み込まれそうにもなる。奇妙丸様のような恒星が、寄り添っていられれば大丈夫なのですが」

お慶姫が、目を閉じて言葉を選びながら話す。


「そうか、於勝は闇落ちすることもあるのか」

「恨みや怒りの負を生み出し、負の連鎖を押し広げていくのが楚葉矢の力、それに精神を飲み込まれては、平和はいつまでもきません」

お慶姫の言葉が、素直に心に入ってくる。


奇蝶御前も、お慶姫の心を垣間見た思いだ。

「奇妙丸、於勝に手を差し伸べて気を付けておあげなさい。お慶は、本当に良い娘ですね。

私とも血の繋がりがあるのですから、この養子組には反対しませんよ。

明智殿にも私から、我が娘にしたい、私が母となって更に良い姫に育てますと言っておきましょう」

「「ありがとうございます」」

義母はは・奇蝶に礼を言う二人の言葉が重なる。


「それから、お良姫のことも。信長様が帰還されたら遠藤家へ使者を派遣して頂き、返して頂くことを約束しましょう」

「すいません。どうも盛枝殿が、勝手に姉妹に惚れてしまったみたいで」

奇蝶御前には、叔父・長井利通の良くないところを義息子むすこの遠藤盛枝が学んでしまったのではないかと思えた。


「身の程をわきまえず生意気な要求をしてきた盛枝には腹が立ちますね。私から信長様に、遠藤家をこき使ってやりなさいと、進言しておくわ」

「はい」

母上は本気で怒られている。盛枝は怒らせてはならない人を怒らせたのではないか。


******


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