334部:お良姫と郡上踊り
奇妙丸の本陣
「南近江に出兵ですね!」
池田勝九郎が代表して尋ねる。
「そうだ、京都の皆を迎えに行くぞ!」
奇妙丸が皆に聞こえるように答える。
「「おう!」」
俄かに陣中が慌ただしくなり、生活道具の片付けがはじまる。
「盛枝殿は、どうされますか」
於八の問いには
「盛枝の元に人質を残し岐阜に戻る と伝えよう」
やや不機嫌な表情で答える奇妙丸。
武家の世の習い、致し方ないのか・・・。
「お良姫、必ず迎えに来る」
歩み寄って、お良姫を抱きしめ、心の中で謝罪する。
(駄目な兄で済まぬ)
逆に、奇妙丸達を守る役目を担えることに満足な思いのお良姫。
「お待ちしております」
そういって強く抱きしめ返した。
「初めて見た二人の舞は、天女が舞い降りてきたかのような・・・、実に美しかった」
奇妙丸が出会った頃のことを思い出す。
それはつい最近のことなのだが、幾日も前のようにも思えた。
「「有難うございます」」
二人が同時に答える。
「今、踊って見せてくれぬか」
突然の発注に驚いたが、姉妹で踊ることも、これから先は無いかもしれない。何が起きるか分らぬ世の中だ。
「良いか?」
「「はい」」
視線を交わして同時に頷く。自分達も最後に、息を合わせた最高の踊りを、皆に見てもらおうと思う。
白武者衆と黒武者衆の両隊が協力し、
神社の境内に、陣盾を並べ合わせて即席の舞台を作った。
衣装を着替えた姉妹が、この舞台に上がる。
右手に箆状の棒を持ち、左手に皮を張った小太鼓。腰元に鈴を多くつけ、後ろの観客からも見えるように身長が高くなる下駄を履いている。
頭には金色に輝く美しい冠と、胸元を翡翠の玉が並んだ首飾りで飾る。
天女が舞い降りたかと思うほど、二人の息のあった舞は凛として美しかった。
織田の陣地に物を売りに来ていた町人が二人の姿を目撃し、あっという間に八幡の城下町に知れ渡る。
「織田の陣地で踊り興業が行われている!」
噂が噂を呼び、町人たちが続々と集まってくる。
兵士たちは姉妹の踊りを一目見ようと舞台の前に集合していた。
各陣所では当番以外これといった警備もなかったので、次々と人が集い、軍兵達の後ろには、いつのまにか老若男女の町人が、輪となり取り囲んでいた。
*****
姉妹が、十番の踊り終える。
その神々しさに打たれて、しばらく誰も言葉を発しない。
民衆は美しさに感動し、魅入られて、その場を離れるものもいない。
「奇妙丸様、人が集まってしまいましたが、どうしましょう・・・」
金森甚七郎が、この空気をどうしたものかと奇妙丸に相談する。
我に返った奇妙丸はとりあえず、二人を労うために舞台に上がった。
「美しかった」
「「有難うございます」」
姉妹が華麗にお辞儀をする。
「我々から何か、姫達にもお返しをせねばならないな」
と声をかけたところで、佐治新太郎が隣の金森甚七郎の手を引っ張りながら立ち上がる。
「今度は、俺たちが! 伊勢で覚えた踊りを披露しますよ!」」
佐治新太郎と金森甚七郎は、姉妹に特別な思いがある。姫達のおかげで二人の絆も強まった。
「そうだな、それが良い」と二人を舞台上に手招きする。
たすき掛けをして急いで踊りの準備をする。
自分達が、姫たちの為に何か出来ることがあればと、常々考えていたので皆の前で芸を披露することも迷いはなかった。
「それでは、お慶姫にお良姫、私達の芸を見てください!」
舞台に立ち、頷き合う。
「伊勢のな 川崎~ 出ていく時は 雨も降らぬに 袖しぼる~ 袖絞る 袖絞る」
新太郎が良い声で歌い、甚七郎が踊り始める。これは伊勢湾水軍を率いる佐治家の宴の席で良く歌われていた唄だ。
甚七郎も先の遠征で、踊りを覚えていた。
「伊勢の湊の唄ですか、関に辿り着いた時を思い出しますね、私も知っています。
これなら、私も演奏できますよ」
楽呂左衛門の姓となった「楽」の代名詞、大事にしまっていたギターラを取り出してきて、二人の芸に加わる。白武者衆は、我らが隊長の飛び入り参加に盛り上がる。
「楽呂左衛門様が演奏するならば」と山科のお結姫もギターラを持って参加する。
武藤喜兵衛が「あれは誰か」と半兵衛に尋ね、山田勝盛が代わりに答えた。
「郡上のな 八幡~ 出ていく時は 雨も降らぬに 袖しぼる 袖絞るの~」
「歌詞を変えたのか?」
「ご当地版で御座る」
新太郎が即興で、お良姫を送り出すことになった気持ちを表現する。
「天のお月様 ツン丸こて丸て 丸て角のて そいよかろ
泣いて分かれて 松原行けば 松の露やら 涙やら
忘れまいぞえ 愛宕の桜 縁を結んだ 花じゃもの~」
唄を聞いていて少し目頭が熱くなる。
「奇妙丸様、私たちも参加しませんか」
桜が奇妙丸の手を掴んだ。
「よし、皆で踊ろう!」
傍衆達が駆け寄り、舞台の下では兵士たちも踊り始める。
「せっかくのことなので、武田衆も躍らせてください」
「この旅は喜兵衛殿にも骨をおってもらった、かまわぬぞ」
「皆の者、我に続け!」
武藤喜兵衛を先頭に武田衆が加わり、織田と武田が入り乱れて踊り始める。
「雪の降る夜は 来ないでおくれ~ かくし切れない 下駄の跡~」
じっと見ていられなくなった町人が、舞台袖までやってくる。
「奇妙丸様、町の者たちが何か」
桜が町民の声に気付いた。
「「私たちも一緒に踊らせて下さい!」」
「皆さまと一緒に躍らせてください!」
町民たちの異様な盛り上がりに驚くが、民衆に悪意はなく、皆この場を一緒に楽しみたいというだけなのだ。
「よし、一期一会だ! 許す! 皆の者、出発は明日にする! 今日は存分に踊れ!」
“わああーーーーーーーー!”
「「お許しが出たぞ!!」」
奇妙丸の一声に、兵士と町民たちの歓声が響き、さらに盛り上がる八幡の人たち。
兵士も町民も入り乱れて踊る。
「それでは今度は、岐阜一番の福男・梶原平八郎が歌います!」
「おおっ!いいぞ!!」
「俺の友人、於勝を思って!」
於八は、ここに於勝がいれば奴ももっと楽しめたであろうと思い歌う。
「やぐら太鼓に ふと目を覚まし 明日はどの手で 投げてやろ~
お相撲とりには どこがようて惚れた 稽古がえりの乱れ髪
相撲にゃ なげられ 女郎さんにゃ ふられ どこで立つ瀬が わしが身は~」
「よっ!おとこ平八!!」
新太郎、甚七郎が合いの手をいれる。
「嫁をおくれよ 戒仏薬師小駄良三里に ない嫁を~
盆じゃ盆じゃと待つ内ゃ盆よ 盆がすんだら 何を待つ~」
於八も、新太郎に負けぬほどの良い声だ。皆が於八の唄に倣って同じ歌詞を復唱する。
******
郡上八幡城内
いつもと違う城下の騒がしさに、織田が戦の準備でもしているのかと心配になり、物見櫓にて愛宕山方向を眺める盛枝。
「新兵衛、奇妙丸の陣の篝火はどうしたことだ?」
「報告したものかどうか迷っておりました」
新兵衛が気まずそうに答える。
「なにかまずいことでもあるのか、構わぬ、申せ」
「実は、城下の民衆が、すべて織田陣営に踊りに行ってございます」
「なんだと。不義理な奴らめ」
一瞬、民衆をどうこらしめようかと考える盛枝。しかし、民衆をしめつけ本気で怒らせれば、逆に自分の領主の地位が危なくなるかもしれない。民の支持は大事だ。
「しかし・・・今なら、織田陣営の警備はザルではないのか? 城に我が兵はいくらいる?」
今度は、織田陣営によからぬことを仕掛けようかと思う盛枝。
「それが、城兵も非番の者はすべて、あちらに踊りに行きました」
「くそっ・・」
しばし、二人の間に沈黙が流れる。
「仕方ない。差し入れでももって、われらも踊りに行くか・・」
「是非、いきましょう」
こうして、遠藤家と織田・武田家の家臣達の親睦が思わぬ形ではかられたのだった。
******
奇妙丸達が輪になって踊る踊りに、さらに織田・武田の兵士たちと郡上の町衆が取り囲むように環状の円になって次々と加わる。何重もの踊りの輪が、姉妹を中心に出来上がっていた。
奇妙丸達は、お良姫との時間を惜しみ、夜は篝火をたいて、朝まで踊り続けたのだった。
第三十九話完




