332部:愛宕山
八幡城の郊外、愛宕山。
勝軍地蔵に奇妙丸の本陣がある。
ここは、八幡城から南東の方角。川を跨ぐ橋を越えた処にある小高い山の麓だ。
織田奇妙丸軍は、指定された土地にて、半兵衛が各隊の持ち場を決め、
陣地の設営をし、今は休息と炊事の準備に入っている。
八幡城が見渡せる高台に立ち、景色を眺める奇妙丸と於八。
「ずいぶん扱いが酷いですね」
於八は、城の中の館や城下町の宿屋に、分宿して駐留できないことを不満に思う。
「まあ、城の中に閉じ込められて肩身が狭い思いをするよりは、自由にできるから良いではないか」
奇妙丸は川を挟んで景色を見渡せるのでこの場所も気に入っている。
「なあ、この八幡城の地形、どことなく岡崎城に似ていないか」
「そう言われれば、そうですね。気づきませんでした。どこから攻略するか考えておられたのですか?」
「物騒だな(笑)」
そこへ姉妹が、桜と一緒にやって来た。
「奇妙丸様、お話があるのです」
「どうしましたか?」
「楚葉矢ノ剣の暴走について」
「暴走、剣についてご存知なのですか。それとも、何か先のことが見えましたか」
「実は、先日の地震と山崩れが起きたあとで、お婆様にも注意されていたことがありました」
「本宮の時の天変地異ですね」
「お婆様は、天ノ羽々矢と天ノ鹿児弓が蓄積した力を解き放ったことで、大地の霊脈と地脈の流れが変わり、楚葉矢ノ剣との間に力の不均衡が生じてしまうでしょうと・・」
「難しいお話ですが・・・要は、こちらの神器の力が弱まり、楚葉矢の力の独壇場ということに?」
「それに近いですね」
「六角側に誰か神器を使いこなせる者が居るのですか?」
「それは、分かりませんが・・・」
桜をみるお慶姫。皆の注目が集まるが、桜は首をふる。
甲賀の里で育った桜だが、日々忍術の修行の生活だったため、神霊術の使い手については聞いたこともなく良くは分からない。
「お婆様に託された使命は、二つの神器の力と、浅井家の金剛錫杖で、楚葉矢ノ剣の力を抑え、天脈を正しき方向に導かねばなりません」
「成程・・・。納得がいきました」
お婆様が二人を世に送り出そうと考えたのは、国土の地脈と霊脈の均衡を作り、天脈を正常な流れに戻すためか・・。
「天脈・地脈と霊脈があるのですか、私はどの流れも感じたことがありませんね」
於八がまじめな顔で答える。それが妙におかしくて、一同の表情がほぐれた。
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そこへ今度は、奇妙丸の本陣に向かって盛枝が少数の兵を引き連れてやって来るのが見えた。
僅かな御供なのは、こちらに警戒感を抱かせぬための配慮だろう。
宿営地の構築具合をみながら本陣にやってきた盛枝。
「実は奇妙丸様に、お話があるのですが、良いですか?」
盛枝の持ちかけてくることには嫌な予感しかないが、聞かぬわけにもいかない。
「我ら遠藤家は昔、下克上して領主となった家柄。一族の東遠藤家の胤俊殿や、義弟の新兵衛、それに義兄の畑佐六郎右衛門などは、私を裏切って朝倉に取り入り、惣領家を名乗る恐れもあります」
親族間の惣領争いに代々の郡上領主が悩み続けていることは承知だ。
「私は稲葉山の合戦にて、斎藤家への恩も、義父・長井道利様への恩もお返しました。これだけ、美濃の主君への忠節を尽くした領主は、私の他にはいないわけですよ」
自分は忠誠心が厚いということを宣伝する。
「このまま、織田家の同盟者でいることは、やぶさかではないのですが、これからも、織田家が遠藤家を見捨てないという確かな証拠が欲しいのですが、どうでしょう?」
「私が白山大明神に誓った証文でも信じられぬと?」
こういう場合、世の習いでは人質を残して行けと言いたいのだろう。
「先年残念ながら、正室に迎えた安藤家の妻が、流行り病のため亡くなったのです。西美濃三人衆の雄である安藤家とのご縁や、その婿・竹中殿とのご縁が無くなるのは本望ではありませんでしたし。ここは是非奉公先となる織田家から、我が室に姫を迎えたいですね」
「姫を、人質に残せというのか?」
左眉がピクリと動く奇妙丸。
黙ったままの奇妙丸に、恐怖を感じた盛枝。
あの信長の息子だ、親譲りの何かがあるかもしれないと警戒する。
「竹中殿も、なにか言うてもらえぬか、同じ安藤家の娘婿ではないか」
盛枝は数的優位に立とうと半兵衛に援護を頼みこむ。
「そうですね。織田家にとって、郡上遠藤家との縁組は悪くはないお話ですが、殿様のご判断無く縁戚関係を結ぶというのは不味いでしょう」
と、とりあえず盛枝をあしらった半兵衛。
「甲州武田家から、正室を迎えられた奇妙丸様と義兄弟になれる良縁とならば、この盛枝めは、粉骨尽くして織田家にご奉公いたしまするぞ。
私が北美濃の要として、朝倉方に備えれば北方は盤石。信長様もお喜びになるはず。奇妙丸様にとっては大きな手柄ではありませぬか。何卒よろしく・・」
盛枝が必死に理由付けをする。
姫を妻に迎えたいという申し出にも驚いたが、
さらに、この情勢の中でこちらの利も説き、政治的なことを持ち出して揺さぶりをかけてくる。
確かに盛枝が織田陣営にとどまり続けてくれることは大きい。しかし、姫達の気持ちを考えないで差し出すことは考えられなかった。
「姫達の考えもあると思う。それに父・信長の了承も得ていない。話が性急すぎる」
「姫が、私の妻になりたいと申し出てくれれば、事後承諾であっても信長公も納得されるのではないですか?」
姫が残りたい、まして妻になりたいというのはありえないことだが、自信ありげに言い放つ。
「会ったばかりで答えは出るまい・・」
不安そうな姉妹をみて、何をやっているのだ自分は、と自己嫌悪に陥る。
明智の手から姉妹を守るつもりが、盛枝に紹介したばかりに、姉妹が目にとまってしまった。
「あいわかり申した。お時間はあります。良いご返事をお待ちしておりますぞ」
姉妹に粘っこい視線を残して、盛枝は立ち去った。
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