325部:高木神
山門上から、織田の前線の様子をみる山岸軍の物見。
「奴ら、逃げます! 光重様、今こそご出撃を!」
こちらに力攻めをかけてくるでは無く、肩をすかすように退いた武田軍の動きに、門から討って出ようと山岸軍は意気盛んになる。
「よし!!山門を開けて追撃に転じよ!」
光重は、こちらが優勢とみて敵軍をいっそうの混乱に陥れるべく、霧中を追撃することに決めた。
「「おう!」」
山岸軍出陣の太鼓と鐘が鳴る。
*******
奇妙丸本軍。
奇妙丸達の部隊は、谷地形では足場が悪いので、尾根上の地形まで退いてきた。
山道の途中の開けた場所で、武田の殿軍を待つ。
次々と武田の兵士が駆けあがって来るのを迎えて、黒武者衆と白武者衆の鉄砲隊が追いかけてくる山岸の先兵を狙い撃つ。
その射撃の正確さに怯んだ山岸軍は、森の木々を盾にして谷あいに潜む。
両軍睨み合う形で、戦線は一時膠着状態となった。
**********
「向こうにはお貞御前がついていますが、私たち三人の力があれば、この状況を打破できます」
お婆様が、姉妹を連れて奇妙丸のところに来る。
「皆の願いをひとつに。高賀の神に祈るのです!その矢筒に入っている矢を一本」
奇妙丸が預かっていた神器を取り出す。
「これが天ノ羽々矢ですか?」
奇妙丸の引き抜いた矢は、黒と赤の漆が縞状に交互に塗られ、先端には黒く透明な割れたギヤマンを加工した様な鏃がついている。
「ええ。この矢は天に向かって放つと、高木神の呪いによって自分の処へと返ってきます。決して空に向かって放ってはなりませぬぞ」
お婆様の言葉に、姉妹に合わせて奇妙丸も頷く。
お婆様は矢をつがえて弓を引き、そして谷に向かって放った。
「「神器よ、奇妙丸様達を守り賜え!!」」
姉妹が必死に祈る。
**********
“ ドーン ”
突如として山が鳴動して、木々が揺れる。
「何だ、この揺れは」
「これは、地下で鯰が暴れている! なへゆる(じしん)だ!!」
地震により戦闘が中断され、双方それどころではなくなった。
横揺れが激しくなり、立っていられず次々としゃがみ込み、足場を確認する。
本宮の壁に亀裂が入る。山門の札は壁に数回激しく打ち付けられて落下する。
“メリッ メリメリッ”
“キューーーーーン”
木々の擦れ合う音。
“バキバキバキ“
太い枝の折れ、落下する音。
ある者は木の根に捕まり、あるものは倒れてきた木の下敷きとなり。
“ズドドドドドドドドッドッ!”
全員が音のする山頂側を見上げる。
「地響きがするぞ!」
「落石に注意しろ!!」
“ドドドドドドドドドドッドーーーーーーー!!”
「山津波だあああああ」
「逃げろー」
「ヒヒーン!」
山津波は猛然と人馬に襲い掛かる。馬と人間の阿鼻叫喚が、谷間にこだまする。
岩石や土砂、流木を含んだ泥水が、山の中腹から本宮に押し寄せ、その破壊力は絶大で、中腹に立ち並ぶ寺社の建物は、土石流に一気に飲み込まれ、あっという間に柱や壁が解体、分解されて流される。
「うわあーーーー」
“バキバキバキ“
お貞御前は山門の欄干で、自軍が山崩れに呑み込まれてゆく様子をみる。
「おのれ、佐具利婆あーー!!」
お貞御前が指揮を執っていた本宮の山門も、押し寄せる山津波に飲み込まれ、壁が崩壊し、屋根が落ち流される。
本宮を取り巻く寺社の伽藍とともに、四方向の囲み壁の守備を固めていた山岸の留守部隊も、次々と土石流に飲み込まれていった。
奇妙丸達は唖然として、ただ目の前の惨事を見つめるしか出来なかった。
**********




