323部:若狭攻め
那比本宮本殿・山岸軍陣所。
そこへ、奇妙丸軍を襲撃した木地衆が引き揚げてきた。
「凶」
「お貞御前様?」
甲骨占いの結果が悪く、何度も占いをやり直しているお貞御前。
小椋雉六郎に代わり、撤退の指揮をしてきた小椋ノ山猿が告げる。
「敵は神器をまだ手に入れていません。残念ながら、お頭は・・・、敵の大将との一騎打ちに敗れて討ち死にしました」
「敵大将、奇妙丸に討たれたのか?」
「はい」
「無理はするなと言ったのに・・・・・、奇妙丸思った以上の武辺者か。お貞御前様あの雉六郎が、勝負で負けて討たれたそうです」
光重が、お貞御前をチラリとみる。
お貞御前は占いに使った骨を、両手に力を込めて折る。
「我々は、ここで織田軍が白山に向かうことを阻止する。お婆様、そして姉妹を斬ることになってもかまわぬ」
「討ち果たす、お覚悟を決められたのですね」
お貞御前が頷く。
「我が殿のためにも、神器を奪い、私が高賀神女にならなければならぬ」
お貞御前は、自分が明智十兵衛光秀に離縁されたのは、自分に価値が無くなった為だと思い込んでいた。いつまでたってもお婆が神女職を譲渡しないことで、苛立ちは怒りへと、怒りは殺意へと変わっていった。
光秀の後妻に迎えられた妻木氏の煕子よりも、自分がそれ以上の存在価値を身に着ければ、役に立つ自分のもとに光秀が戻ってくると信じていた。
光秀との絆であるはずの姉妹。もはや、二人の娘さえも障害にみえる。
「奇妙丸、三枝もろとも山から追い出してくれるわ・・」
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「殿」
「おお伴ノ三郎、戻ったか。黒川衆の動き掴めたか」
「はい、奇妙丸様が山頂を去ったあと、屯っておりました」
「それから」
「近江の方へと引き返したようです、あとは仲間が継続して追跡しております。ただ南近江周辺の六角家の活動が活発化しているようです。それ以上は、一郎兄はじめ、信長様に従って上洛しているため、今はこちらの人数が足りません」
「手広く仕事をさせてしまってすまないな」
伴ノ衆のような忠誠心の厚い隠密は重要だ。今は親子で共有している状況なので、手元に残った伴ノ兄弟に、無理をさせていると分っている。
「護衛のお役に立てず申し訳ありません」
「大丈夫、桜がよくやってくれている」
三郎が桜をちらりと見る。
「それから、都の様子を、信長様に付き従っている兄の一郎左衛門から書状にて連絡があります。二郎左衛門を経由して預かって参りました」
こちらに・・と、三郎左衛門が懐から小さく折りたたんだ書状を取り出す。
「索敵の任に戻ります」
書状を手渡し次の活動に入ろうとする三郎。
「いや、長屋軍の様子が気になる。我らを追撃する余力があるか見極めてくれ」
「成程。本軍が郡上に向かえば、後方にいる長屋家の動きを見極めねば憂いともなりますね」
傍にいた於八が納得する。
「分かりました」
伴ノ三郎は、再び山中へと消えていった。
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永禄13年、京都。
4月15日
信長の「禁中御作事(御所改修工事)」が進み、豪華絢爛な城壁や御殿が完成しつつあった。御所周辺は、畿内以外の、遠い地域からも見物の客が殺到し、短期間でこれほどの建設事業を遂行した織田信長の豊富な財力に、誰もが驚きを隠さなかった。
京都の様子をみた見物人たちは、地元に戻れば口々に「御作事」の驚きを伝える。
「将軍様よりも、織田信長は無限にお金を持っているのではないか」人々はそう噂しあった。
4月16日
明智十兵衛光秀は、岐阜から2日で踏破したという信長の記録に劣らぬ速度で、美濃から京都に帰還していた。
幕府の出先として織田家の中で奉行を務める明智十兵衛尉 光秀の他、信長の親衛隊・幌衆にして織田家一族の中川八郎右衛門尉 重政、信長の懐刀である丹羽五郎左衛門尉 長秀、信長が武士ではない階級から引きたて鍛え上げた武将・木下藤吉郎秀吉が、信長の京都奉行衆として証書に連署し、諸事を司っていた。
彼らは、信長の命で若狭の豪族・広野孫三郎へ使者を派遣する。
若狭の領主・故・武田義統の家臣団に対して、若狭の国人衆「卅六(36)人之衆」が忠節を尽くしていたならば、去る永禄9年12月15日付の武田義統「御判形」に任せて所領安堵するという織田信長「朱印」を発給すると伝える。
広野の下で、武田家臣がまとまり平均することを求め、「益々、義統の忘れ形見「孫犬殿」(武田義統の遺児・武田元明)への忠勤に励むこと」を命じ、通達したのだ。
4月20日
かねてから準備していた足利幕府軍が、若狭国の内乱の鎮圧に向けてそれぞれ出陣した。河内守護の三好義継軍が先発する。続いて大和国の松永久秀が出陣する。久秀の懐刀・竹内秀勝は京都の守備に残った。
続いて、摂津守護・池田勝正が出陣した。
信長軍も出陣し、本隊はこの日のうちに近江国、堅田の湊に到着していた。
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一郎左衛門からの書状を読み終えて、懐にしまう奇妙丸。
「於勝の作った武器が、無事に兄上に届くといいがなあ」奇妙丸の思いが自然に声に出る。
於勝の兄・森伝兵衛 可隆と、於勝の義兄となる予定の坂井久蔵 尚恒の初陣が迫っていた。
武藤喜兵衛は武田の透波衆から「織田信長、出京す」という情報を抑えていた。もちろん、竹中半兵衛も奇妙丸から伝えられる直前に、別ルートからその情報を手に入れていた。
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