322部:秘伝
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磐座の石室。
「磐座の中に、このような空間があるなんて」
石室の広さに驚くお良姫。
「よいですか、二人とも」
先頭を歩いていたお婆様が振り返った。
「「はい」」二人が同時に返事する。
「そもそも、この天ノ羽々矢と天ノ鹿児弓は、
最初は、天津国玉様と天ノ稚彦様の親子が持っていましたが、出雲の天ノ菩比様の息子・天ノ夷鳥命により、国玉様親子がこの地で討たれ、持ち去れらたものです。
次の天孫降臨の際に天ノ饒速日様が、神から与えられた王の証として畿内に持ち込んだものですが。二度目の天孫降臨の際には、新たな矢と弓が神倭磐余彦様によって畿内に持ち込まれました。
磐余彦様に恭順した饒速日様により、排斥された登美ノ長脛彦様の一族は、その古い神器を持ってこの地に落ちたといいます」
「ということは、神器はいくつかあったということですね」
「はい、そのようです」
「そして今、私たちが目にしているのは天ノ稚彦様が持たれていた古い神器ということですか」
「そうですね」
「天ノ稚彦様や、登美ノ長脛彦様はこの神器を手にしながらも滅亡されました。また、高賀山にはこうした朝廷を追われたものの魂が集いつづけました。その怒りの御霊の象徴である神器を、高賀山の荒魂を鎮め続けるのが私の使命でした」
「こうした先祖霊が、我が国の子孫の繁栄を願い見守られているのです。今の乱れた世は、再び誰かの元に民の心を結集し、民衆の平和を取り戻さねばなりません」
「高賀山の御魂もそれを願っておられると」
お慶姫が確認する。
「そうですね。奇妙丸様が神器を見つけ出されたのは、神器がこの世を憂い、奇妙丸様を呼び寄せられたのだと思います。我らが奇妙丸様と共にこの国の平和を願えば、きっと御山様は願いを聞き届けて頂けるでしょう。そして、奇妙丸様の下で神器の本来の役割を取り戻せること、それが神器の願いでもあると思うのです」
「分かりました」
「奇妙丸様をお助けして、天下一統の道筋を」
お慶姫が納得する。
「神器は、持ち主の暗黒の心・恨みが募れば破壊の力となり、世を導く志を持つものが得れば正しく民を守る力となります。貴方達の母、お貞が持てば前者となります、貴方達は後者の道を選びなさい」
お婆様が、娘の山岸お貞御前を恐れている理由が分かった。
「そして、天下人のお役に立つことが私たちの使命ですね」
お良姫も納得した。
「貴方達に託します」
「「はい」」
高賀佐具利御前は、二人の決意をみて安心するのだった。
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石室のある磐座前。
「於勝にも、この立派な磐座を見せてやりたかったな」
於八が呟いた。
「お前たちはいつも奇妙丸様の旅の御供をしていたからな」
池田正九郎が於八に話しかける。
「蒲生鶴千代と、於勝の二人が欠けると喧嘩の声の騒々しさも無くなるな(笑」
奇妙丸も、少人数の旅をしていた頃のことを思い出し、懐かしく思う。
「奇妙丸様、お願いがあるのですが」
池田正九郎が、物思いにふける奇妙丸に話しかける。
「於勝の分まで、奇妙丸様のお傍で仕事をしたいと思いますので、正九郎を“勝九郎 之助”へと変えたく思います。“之”は池田家の通字です」
「良いと思う。於勝との絆も深まる」
「この国では、名前にいろいろな思いと意味があるのですね」
立ち話を聞いていた楽呂左衛門も、興味をもって周囲の人たちの名前のいわれを聞く。
「そうだ、呂左衛門も名乗りやすく名を考えよう」
奇妙丸が提案する。
「山田勝盛にあやかって、勝成でどうだろうか。白と黒の双璧らしいと思わないか」
白武者の森一郎左衛門も、奇妙丸達の会話に興味を示し、輪の中に加わる。
「かっこいいですね、私もそれが良いと思います」
副官の森一郎左衛門は、呂左衛門にのりのりで勧める。
「山科の楽呂左衛門勝成ですか。長い」
楽呂左衛門自身は、大和名の言葉を発音することが大変そうだ。
「それでは、私も、森一郎左衛門“吉成”と名乗って良いでしょうか」
「於勝の父上の・森三左衛門可成と重複するのではないか?」
“もりよしなり”は有名すぎる名だぞ、そこにいる誰もが考える。
「織田家重臣の筆頭ともいえる可成様の武名にあやかりたく思い」
情熱的に述べる森一郎左衛門。
「於勝もそれを聞けば喜ぶかもしれないな。よし、許す! 名に恥じぬよう頑張れよ」
「励みます!」
「では私は、瀧川 一益殿にあやかって、生駒 一正としたいです」
次は生駒三吉が、正式な名前を決めた。
「親正殿の正の字と組み合わせたか。正が通字なのだな。良い名ではないか。許す!」
「有難うございます」
「森吉成に生駒一正か、私も、誰かに一字を与えるように天下に武名をあげなければな」
奇妙丸の「奇」の字を与えられて喜んでくれる者はいるだろうか。
「奇妙丸様もそろそろ成人されても良いのでは?」
三吉一正は、奇妙丸の考えを読んで質問する。
「そうだな。うーむ。父上がまだ早いとおっしゃるのでな」
「そうなのですか」
「演出好きの信長様ですから、奇蝶御前様から正式に美濃国を継承する時を、考えておられるのでしょう」
今まで黙していた竹中半兵衛が、信長の考えを読み。信長が嫡男の成人を美濃の民にとって意味深く捉えられる機会を得ようとしていると思っている。
「奇妙丸様の下で、美濃の最強軍団を作って行きましょう」
「そうだな。そして、尾張や三河、伊勢や近江の平和を守ろう」
奇妙丸を囲んで白武者の楽勝成、森高次と森重政親子、一門の森吉成。
新参の竹中重治。薬売りの惟宗宗五郎。
傍衆には池田之助、生駒一正、梶原平八郎、佐治新太郎、金森甚七郎が集う。
磐座の儀式の、進捗の様子を見に来た武藤喜兵衛と三枝三郎右衛門も、その光景をみて武田と織田の同盟が末永く続くことを願った。
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後に、武藤喜兵衛と瀧川一益が縁戚となり、瀧川の縁戚である池田之助の”之”が影響して、真田信之や幸村へと庶民に語り継がれるようになろうとは、この時の武藤喜兵衛(のち真田昌幸)は想像もしていなかったw。




