321部:横穴
「いたたたた」
奇妙丸が起き上がると、横には雉六郎が冷たく横たわっている。
体当たりの前に、奇妙丸が燕のように返した一閃が雉六郎に致命傷を与えていた。
雉六郎が最後に抜いた小刀は、冬姫のくれた籠手が見事に受け止め防いでいてくれていた。塗装がめくれ上がり中の金属にも傷が付けられている。
「冬姫のおかげだな。しかし、相打ち覚悟で跳び込んでくるとは・・手強い相手だった・・」
貞宗を鞘に戻し、遺体に合掌し、襲撃者の成仏を願う。
谷を転げ落ち正気に戻る間に、深い霧は風に流されて徐々に消えつつあるようだ。
もちろん、お婆様と姉妹が風を呼ぶ祈りを捧げていた。
それから、自分が落ちてきた斜面を見上げる。
「奇妙丸様、どこですか? 大丈夫ですか?」
「奇妙丸様―!」
尾根の頂の方から、傍衆達の心配する声が聞こえる。
自分の周囲を見渡すと、大岩が折り重なり、人工的に石室が造られているような一角がある。
「これは、石組の墓跡か・・。かなり古そうだな」
山頂にある神座との新旧関係は分からないが、ここも明らかに古代の磐座だと直感する。自然にはありえない岩の重なりだ。
神座は立石群が主体だが、磐座は立体的に積み重なり横穴状の構造を創り出している。
(とりあえず、自分が健在なことを知らせねば)
「ここだー。ここにいる。誰か縄を投げてくれないか!」
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縄をつかって、於八と三吉、それに正九郎が降りてきた。
「上は大丈夫か?」
「賊は霧と共に引き上げました。今、楽呂座衛門殿、山田勝盛殿がまとめています。それに惟宗殿が越中の薬を無償で手当てに」
奇妙丸の質問に、於八が簡潔に答える。
「そうか。惟宗殿と出会えてよかったな。そうだ、落ちたついでに発見したのだが、あそこに巨石が組まれ、下に石室の入り口がある」
「本当だ、巨大な岩が重なって、人がやったのですか、どうやって動かしたのでしょう」
生駒三吉は、実家の生駒の地元には天ノ岩船という巨岩の遺構があると聞いたことがあるが、これも同じものだろうかと興奮し声がうわずっている。
「この石室は、奥行きがありそうですね」
池田正九郎が素早く傍に行って、奥を覗く。
「探検してみよう」
奇妙丸は、近くに落ちている手頃な太さの枯れ枝を折って布を巻き、松明にして石室に足を踏み込む。
「熊がいるかもしれません、気を付けて」
於八が火縄に点火し、奇妙丸に寄り添う。
しばらく横穴が続き、やがて広い空間に出た。
僅かながらに岩の隙間があり、そこから一条の光が、石室内の中央にある方形の岩を照らしていた。
「これは、石棺か?」
最初は祭壇かと思ったのだが、昔のお墓だろう。興味を失い石室の壁に何か書かれていないかを調べて回ろうとする。
「奇妙丸様、この光の当たる部分に、刻み込まれた字が」
「なになに?」
正九郎の言う通り、文字のようだがすっかり劣化していて意味は分からない。
「開けてみませんか」
「うむ」
力を合わせて上蓋をずらすと、中には布でまかれた遺物があり、埋葬された遺体は伴っていない。
「中身はなんだろう?」
奇妙丸が手を伸ばして布をまくってみる。
「これは弓矢の一式」
「神器なのでは?」
顔を見合わす四人。
「お婆様にみてもらおう」
そつと取り出し(私は奇妙丸。磐座様、道具をお借りします)一言、心の中で祈る。
奇妙丸達は、石棺の蓋をもどして、見つけたものを持ち帰った。
******
「御婆様、これを見てください」
奇妙丸が布を解いて中身を見せる。
「見つけたようですね」
「では、これが神女に必要な神器?」
静かに頷くお婆様。
「はい。正しくは神女に必要なのではなく、この神器の御霊を鎮魂するために神女がいるのですよ」
「なるほど」
お婆様が、お慶姫とお良姫を近くに呼ぶ。
「奇妙丸様が見つけた磐座で、神器と二人を引き合わせる儀式をしたいと思います」
「はい」
「奇妙丸様、しばらくお時間を頂けますか」
「はい。お任せください」
奇妙丸の傍衆と竹中衆は磐座の外で警護し、黒武者衆六隊長が、磐座の六方向にそれぞれの部隊を置いて周辺を固めた。
武田・三枝衆は休息がてら、山道の守備を担当した。




