319部:神座(かむくら)
高賀山奥院・峰稚児神社。
山頂の頂きに近づくにつれ、一行を数々の巨岩が出迎える。
「なんと神々しい場所だろう」
山頂には太陽を背に、ひとり佇む人がいた。
「ようやく来ましたか、待っておりました」
陽のあたる場所でお婆をみるのは初めてだが、一体何才なのだろうか予想できない容姿だ。
「お婆様! 先にこちらに来られていたのですか」
一同は、お婆様がこの険しい場所まで、いったいどうやって来たのかと不思議に思うが、元神女である“高賀佐具利姫”ならば不思議な霊力で力を得ることができるのかもしれないと思う。
「ここが神女の居るべき場所。高賀山の奥ノ院。太古からの神坐」
周囲を見渡してみるが岩が太陽を照り返し、眩しい。
「お慶、お良。奇妙丸様も二人を守ってよくここまで来ました」
於婆が、岩に反響するよく響く声で皆を労う。
「御婆様、姫達のことで報告したいことがあるのですが」
奇妙丸を制止して、判っていると優しく微笑む御婆。
「貴方達は、新しく美濃を統べる織田家の一門となることができました。貴方達の守護星は、奇妙丸様であったということです」
奇妙丸が前に進み出る。
「御婆様、於勝の探していた星の欠片は見つけることが出来ましたが、二人の儀式に必要な、ふたつの神器は見つけることが出来ませんでした」
「それはこれからの旅の中で見つかります。神器は二人が分けてもつことになるでしょう。そのあとは白山に登り、神の御心を知ることです。二人の血流がこれからの国の行く末を守っていくことでしょう。高賀山を鎮める高賀神女の役割は、私で終わりです」
「高賀神女の役割とは何なのでしょうか?」
半兵衛が問いかける。
「高賀神女の役割とは、都を脅かす妖怪ともなる「さる(三枝)・とら(山岸)・へび(長屋)」を纏め統べていくことにありました。高賀山をお守りするその役割は私が命尽きるまで勤めましょう。
貴方達は、これからの織田家の一門としての役割を担いなさい」
今の危険な情勢が過ぎ去るまでは、姉妹の命は織田家の名のもとに保護される。その中で新たに自分の役割を見つけよという。
「それから先の時代は、もっと巨大な妖怪「さる・とら・へび」が現れて跋扈し、やがて逢坂にて天下を決することになります。貴方達の血流がいずれ、その時々の天下人と関わりを持ち、その世を平和に抑える役割を果たしましょう」
「はい」
姫達は意味を理解しているのか、凛とした表情でお婆様に応える。
「浅井に生まれた織田家の血流、そして、貴方たちの血流が天下人の世を支えていきます」
更に先の予言を、お婆様が伝えた。
「高賀から更に、日本国の鎮護の役割を果たすと・・。それに逢坂と、どこの逢坂だろうか?」
奇妙丸は意味を理解しようと考えを巡らせる。
「そんなことが・・」
半兵衛は何か思い当たることがある様子だ。
「私が得た啓示はここまで。この口伝はここにいる者の胸にしまうように」
お婆様が厳しい口調で締めた。
「はい。白山大明神に誓って。此処であった事は里に持ち帰りません。良いな一同」
奇妙丸が振り返って皆に念を押す。
「「ははっ」」
畏まる一同。
「ところでお婆様、この奥ノ院は何故、峰稚児神社と呼ばれるようになったのですか?」
奇妙丸の素朴な疑問に、微笑する御婆様。
お婆様が石の上に座り、語り始めた。
「昔々、醍醐帝の御世のこと。
都は藤原一族が中央政界を牛耳る世を迎えようとしていました。
その時の当主・藤原時平の野心により、世は乱れ始めたのです。
当時、朝廷内で醍醐帝に信頼され実力を持っていた菅原道真を失脚させるため、ある策略を仕掛けたのです。
それは、当代一の美女と評判だった醍醐天皇の后の肖像画を、絵の才にも優れていた菅原道真に書かせるよう時平が仕向け、后の裸体画を書かせるよう命じたのです。
道真は当然、后の裸体など書けるはずもなく思い悩む道真に、時平はある助言をしたのです。
その助言をもとに、道真が描いたその絵は評判となりました。しかし、その裏で、天皇しか知るはずもない所にある黒子が描かれていると時平の息のかかった者が噂を広めたのです。
時平は、道真に后との「不義密通」 の疑いありとして、姦通罪で道真を大宰府へ左遷し、后は醍醐帝から離縁されたのです。
醍醐帝は後妻を迎え、後妻に皇子が誕生するのですが、それを知った前后が嫉妬のあまり、
朝廷への反抗勢力が集まっていた高賀山の賊に依頼し、皇子を誘拐させて、高賀山頂の大岩の上で殺してしまったのです。
都は、皇子誘拐事件で大騒動となりすぐに捜索が行われ、皇子は丑寅の方角の高賀山付近へ誘拐されたらしいとの噂から、藤原高光公が皇子救出に派遣されたのでした。
高光公は、高賀山付近を捜し高賀山に居た賊を討伐。しかし皇子は既に亡くなっていた為、その霊を慰めるために、皇子が殺されたとされる高賀山頂付近の大岩の上に、 峰稚児神社を建立しました。
それが、この社の由来です」
お婆様が語り終える。
「皇子の霊とともに、菅原道真公と醍醐天皇の前后の、藤原家への恨み祟りを慰撫する意味もあるのかもしれませんね」
(天津国魂と天ノ稚彦親子が、高天原に反逆し出雲の天ノ夷鳥から美濃のこの地で討伐されたこと。反逆する者の子孫がこの地に根付いていて、大海人皇子の天下取りに美濃・尾張の国人が多く参加したこと。この地の人々を朝廷は怖れ続けていたのだろうか)
半兵衛が内容を分析する。
「藤原家に追われた者達の祟り・・。前田家も、菅原道真の子孫だったというな」
(太古の昔から、大和朝廷から追われた者達の心の拠り所として高賀が信仰されてきたのかもしれないな・・。それゆえ、美濃国の人々は京に何かあれば、我こそはと再び返り咲く気持ちが強いのかもしれない)
奇妙丸も、この地の信仰に特殊な結束があるのだと思う。
「それ故に、天神様にも劣らぬ信仰で、崇敬されてきたのでしょう」
半兵衛も自らの祖先にも関わることなので、昔からの美濃の民の思いを感じるのだった。
一同が神座から、周囲の景色を見渡す。
「この頂からは、遠くの山々が見えますね」
桜の言葉に激しく同意する姉妹。お慶姫も景色に感動し興奮気味だ。
「それにしても、絶景だな」
奇妙丸は、高賀神社で別れた於勝達が今はどのあたりにいるだろうかと、於勝達が向かった方向の景色を眺めた。
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那比本宮の本殿。
「お貞御前様、どうやって神器を手に入れますか」
瞑想していたお貞御前が、弟・光重の呼び掛けに答える。
「これから、私が高賀周辺に霧雲を呼びます。二人が邪魔をするかもしれないが、私が前もって時間をかけて祈願すれば、術はすぐには解けないでしょう」
「奴らを動けなくして、その間に奪うと?」
「そうですね。それで決着がつかねば、ここで待ち伏せし叩きましょう。白山詣でに行かせるわけにはいきません」
「はいっ」
「また、木地衆に伏兵をお願いしましょう」
「わかりました」
光重は、木地衆の首領・小椋雉六郎を呼びに行った。
天下人が求める浅井家の血と、天下人を支える高賀(土岐もMIX)の血ということで、話を進めて行きたいと思います。




