316部:高賀神社
矢作神社末社、十一面観音の祠。
「奇妙丸様、大鹿毛が来てくれました」
祠で休んでいる所に、大鹿毛を引き連れた桜が戻って来る。
奇妙丸は立ち上がって出迎えた。
「私が此処にいると分かったのか? すごいな、大鹿毛」
大鹿毛の頭をよく撫でてやる。
大鹿毛も奇妙丸に身体を摺り寄せる。
「馬は鼻が利くともいいますが、主を認めていないと駆け付けることもないでしょう。良き馬ですね」
桜も感心しきりだ。
「足は大丈夫ですか?」
「うむ。腫れもひいた」
「ここは、菅谷といって、あの丘には菅原道真公の一族の造った砦が昔あったそうです」
「ふむ。藤原高光公が矢を作った場所と聞いたが、藤原氏が祟りを恐れた菅原道真公とも所縁があるというし、不思議な場所なのだな」
何かに導かれて自分はここへたどり着いたのかとも思う。
「荷物が増えたので、大鹿毛、お前が戻ってくれて助かったぞ」
馬に話しかけながら、大鹿毛に付けてある袋を外して石を入れる。
「では、皆の処へ戻ろう」
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高賀神社本殿。
「景重様、大変で御座います」
景重の陣所へ、従兄弟の定重が走り込んできた。
「どうした?」
「谷が焼けていようです!」
神社から見える麓方向の森が、広範囲で白煙を上げていることがわかる。風に乗って焦げ臭い匂いも漂ってくる。
「これは?・・、何者かによる放火か?」
「そのようですね、あの周辺で誰かが争っているのでしょう」
そこへ、落ち武者姿の長屋久内が足を引きずり、久兵衛に支えられながら戻ってきた。
「景重様!」
長屋久内の顔は炭で汚れ、鎧の紐は火に巻かれて焼け焦げている。高熱で火傷も負っている様だ。
「どうしたんだ久内。まさか、三枝にやられたのか?」
「はい、三枝家に味方した織田軍にやられました、織田奇妙丸が肩入れしております!」
「織田奇妙丸が、どうして?」
「理由は良く分かりませんが、三枝が武田家を通じて援軍を要請したのかもしれません」
「そうか、奇妙丸は武田信玄の娘、松姫と婚約したのであったな」
「はい」
そうであるなら、三枝家から武田家美濃代官の若宮氏を経由して、岐阜の奇妙丸の処へ援軍が要請された可能性がある。
「法蓮坊は如何した?」
「おそらく討ち死にかと・・」
「くそっ! ここは一旦、引き上げるしかあるまい」
定重、景重は顔を見合わせる。
「田口城へ退却するぞ!」
景重の号令の下、長屋の陣内を撤収を伝える伝令が駆け巡った。
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板取川の河原、奇妙丸隊。
木地衆を退けた傍衆達が、奇妙丸が帰還するまで陣を張って待機していた。
「奇妙丸様は大丈夫だろうか」
心配する佐治新太郎。奇妙丸の剣術の力量は、傍衆の誰もが熟知しているので誰かに後れを取ることは無いだろうとは思っている。
「桜に任せたのだ、間違いない。それに伴ノ衆も捜索してくれている」
金森甚七郎も内心では心配だが、いたずらに不安をあおると士気が下がると考えている。
「そうだな。それにしても奴ら、意外にあっさりと引き上げたな」
正九郎が感想を漏らす。
「おかしな武器を使う奴らでしたね」
生駒三吉も同じ思いだ。それに、木地衆の特徴を生かした独特の戦い方、あれは武士という集団ではないと思うし、伊賀甲賀の隠密とも違う。
「奇妙丸様達は、どこまで避難されたのだろう」
於勝もそれになり心配をしている。自分自身が織田奇妙丸見参!と名乗って槍を振り回すうちに戦いに夢中になってしまっていた。
「桜がいるし、心配ないと思うぞ。我らは奇妙丸様が迷われないよう下手に動かない方がいいだろう」
於八は冷静に鉄砲隊の指揮を執っていたが、それゆえに奇妙丸の危機に駆け付けることが出来なかった。
「そうだな、次の襲撃に備えて、陣地をつくり武器の準備をしておこう」
於勝の言葉に納得し、河原の陣地をより堅固にして待つ、ということで一同合意する。
河原石を運ぶ作業の合間に、新太郎が喉を潤そうと思い足元の川水を救い上げる。
「おい、川が赤く染まっていないか?」
川の中の異様な赤い水に驚いて声を上げる。
「これは血では!」
金森甚七郎も同時に驚いていた。
皆が横ならびに立って、川の水を観察しているところで、
「おーい」
遠くから、聞きなれた声が聞こえる。
「奇妙丸様?!」
桜が大鹿毛の手綱をひき、奇妙丸は馬上で手を振りながらゆっくりとこちらに向かってくる。
合流するのは良いが周辺に危機はないか、気を張る傍衆。
周囲の安全を確かめてから、皆が一斉に奇妙丸と桜のもとに駆けよった。
「再びまみえることが出来てよかった!」
奇妙丸が馬をおりて、皆をねぎらう。
「ご無事で何より」
「誰も欠けていないか?」
「はい、投石でケガをしたものが数名いますが、死者はおりません。」
梶原於八が冷静に伝える。
奇妙丸の護衛を務めるために日ごろから鍛錬された集団だ、賊の襲撃にはびくともしない。皆それぞれに自軍の強さに自信を深めている様子だ。
もっとも、木地衆は作戦の通り、最初から軽く当たるつもりだったのだが。
「この、川の血は奴らのものか?」
「おそらく。
楽呂左衛門達が、長屋軍を追い詰めているのではないでしょうか」
「しかし、ただならぬ血流。早く追いつかねば」
長屋軍が、逆襲に転じて斎藤軍が敗北しているかもしれない。
不安にかられる一同。
奇妙丸と合流した傍衆達は取り急ぎ、板取川の上流部を目指すことになった。
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