314部:小椋
滝神社付近の尾根、山岸軍陣所。
「予想に反して、長屋軍が総崩れのようですね」
小椋雉六郎は遠目がきくので、河原の様子が手にとるように分かる。
「あの旗印、斎藤内蔵助利三の軍が、三枝の加勢に回った様子」
光重が姉に報告する。
「斎藤内蔵助、聞きしに勝る武辺者ですね」
姉の山岸於貞御前も、長屋軍を圧倒する斎藤内蔵助軍の戦いぶりに感嘆する。
「それに率いる兵は、歴戦の斎藤帯刀家と稲葉家の連合軍のようですし」
雉六郎は旗印も見分けている。
「光秀様は三枝を応援するつもりなのか? 何をお考えなのか。いや、三枝館から感じた強い気のせいか?」
お貞御前が不安を思わず言葉にしてしまう。
その時、”ガサッ!!”
と笹原の葉の乱れる音がし男が跳び出してきた。
雉六郎が侵入者に気付き鉈を構える。
「何やつ!?」
「待って下され、私は、藤田伝六に御座います!」
「おお、覚えておるぞ」
お貞御前が、光秀配下の藤田についてはよく記憶していた。陣幕内の緊張がゆるむ。
「兄にかわり、ご連絡に参りました」
「うむ」
「三枝方に織田家嫡男の奇妙丸が取り込まれており、斎藤内蔵助殿も成り行きで三枝方についたようです」
「ふむ、織田奇妙丸か」
(あの得体のしれぬ気は、その若者から発せられていたのか・・)
「配下には厳選された精鋭が従っている様子で」
「それで、長屋軍と高賀の僧兵共が敗走している訳か」
「逆に今、三枝を攻めれば、神器の行方が分かるやもしれん」
これは千載一遇の好機かも、と考える光重。
「神器は本当に行方不明のようす。ここは、織田奇妙丸軍を先に討ち果たしてもらえると」
藤田伝六は今後、ことのありさまを奇妙丸から信長に知らされることが懸念材料だと思う。
「いや。 あのような強い気の光は、今の山岸では打ち消すことはできません。彼の寿命は天が握っている。手折ることができるのは今ではない」
お貞御前が断言する。
「そうですか」
お貞御前にも不思議な力が宿っていることを承知している。
どうしたものかと考える伝六。
「しかし、これ以上、高賀のことに首を突っ込むなと警告を伝えることはできるでしょう。正体の知られていない木地衆が襲えば誤魔化せましょう」
光重が妥協案を献策する。
「高賀は、武家の武力に屈しない、一筋縄でいかぬことを教えることが肝要」
さらに提案を補強する。
「小椋の、頼みましたぞ」
「お任せを」
小椋雉六郎が、配下を引き連れ林の中に消えて行った。
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奇妙丸本軍。
「惟宗殿の御父上は、お名前はなんと?」
奇妙丸が、自軍に同行してくれた惟宗宗五郎に尋ねる。
「私と同じ、惟宗宗五郎に御座います。嫡男が代々同じ名を受け継いでおります」
「なるほど。郡上の東氏も本家の嫡男が同じ名を受け継ぐと聞いたことがあります。北陸付近にはそのような伝統があるのかもしれない」
姓名を受け継ぐ伝統では、後々何代目の人の事績だったかが分からなくなる影響があるかもしれないなと思う。
古事記や日本書紀に現れる「大国主」の王名も、ひとりの人物を指しているものではなくて、十何代もの王統の継承があったのだろうと思いを馳せる。
「うーん。古い家はその傾向が強いのかもしれませんね」
惟宗宗五郎が、奇妙丸の言葉にかえす。
そこへ、梶原於八が奇妙丸に馬を寄せる。
「奇妙丸様、長屋軍はどこまで追撃されるおつもりですか?」
この先の自分達の目標をはっきりさせておきたい。
「そうだな、当主の景重殿に会って直接、姉妹たちが誰の影響も受けずに山で神事に携われることが理想なんじゃないかと説いてみる」
長屋景重との武力衝突の原因は、長屋が高賀山の権益を一手に握ろうとしていることにある。
「そうですね、御山の利権を全て握りたいという人間の欲が、この争いを生んでいるのですから」
「うむ。神職三家と、御堂の坊主衆、四社で分担してそれぞれの勤めをすればいい」
実際に今までは、その協力体制があって何千年という伝統を守ってきたはずだった。
「美濃の又守護・富島家、又代・長江家が一手に高賀山の利権を握ってしまったところから、流れがおかしくなったかもしれませんね」
梶原於八は、美濃の権力の流れも研究済みだ。
「それから、斎藤入道妙椿殿が、両者を追い出し、高賀十万の信徒や、越前平泉寺八千の僧兵の影響力をもって畿内に君臨したことで、自分達の力に気付いてしまったことが、後世に悪影響しているのかもしれません」
惟宗宗五郎も何故か事情に詳しい。
「そうだな」
両者の言葉に納得する奇妙丸。
「長屋景重殿が、納得してくれれば良いのですが」
於八の言葉に、奇妙丸も同意する。
「うむ・・・」
己の野望を実現せんとする長屋景重が、説得に耳を傾けず何といおうと、
姉妹たちの為に、自分が安全な地盤を創り上げて残してあげなければならない、それはこれから母である奇蝶御前から美濃国の正統な継承権を譲渡されるであろう、信長嫡男の自分の責任であると思った。
姉妹の将来を自分が守ると決意する。
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木地衆。
「あれが、織田奇妙丸の本陣で間違えなさそうだな。よし、いくぞ!」
頭領・小椋雉六郎の命で迅速に動く一団。山の斜面も、ものともせずに平地を走っているかのような速さで移動する。
林を抜けて、河原に出た所で、奇妙丸達に向って投石を始める。
その距離一丁(百メートル)ばかり。
“ガチャン!!“
周辺に次々と小石の落ちる音がする。
「投石だー」
「馬を降りて盾とせよ。伏兵だ!」
奇妙丸の声に続く様に、
「火縄に点火しろ」梶原於八が全員に聞こえる声で命じる。
即座に、それぞれ鉄砲で反撃に出る傍衆。的確に石を投げてくる野党の様な姿の暴漢を狙撃する。
木地衆の前に出た数人が鉄砲で負傷し、しばらくして投石が収まった。
次に、身体が隠れるくらいの太さの垂木を抱えた人間を先頭に、木地衆が集団で迫って来る。
「迎え撃つぞ!」森於勝の命で、
傍衆の半数が鉄砲を槍に持ち帰る。
日頃の訓練通り、鉄砲隊は梶原於八、槍隊は森於勝が率いる形だ。
「垂木の後ろからくるぞー」
木地衆は、木材を切り出して運搬するときに使用する、先端カギ形の槍に似た道具を振り回して乱入しようとしてくる。
「こいつら変わった武器を」
跳び出してきた、木地衆の先鋒を於勝が捌く。
「十字槍と同じだ、惑わされるな!」
「「おう!」」
傍衆達は一定の距離を保ち、三人一組で木地衆のひとりを倒していく。
「奇妙丸様は一旦退いて下さい」
池田正九郎と、生駒三吉が振り返る。
「私もここで皆と戦う! この貞宗にかけて!」
と抜刀する。
「そこの大将! 我と勝負せい!!」
小椋雉六郎が垂木を振り回しながら突進してくる。
「こいつ、怪力だがそう体力が続くわけもない、遠巻きに倒せ!」
奇妙丸が指示を出す。
「大将狙いじゃー!」
迷わず奇妙丸にむかって突き進む。
「まるで許褚のようだの」
「奇妙丸様を守りながらだと意識がそがれます。奇妙丸様は安全な所へ!」
と、正九郎が奇妙丸の前に割って入り、後ろに下がれと即す。
「桜、頼む!」
無理やりにでも連れて行ってほしいと、桜に眼で訴える三吉。
「頼んだぞ!桜」
同じく、奇妙丸をしっかり護衛して欲しいと思いを託す正九郎。
「行きますよ、奇妙丸様」
桜が奇妙丸の右手首を掴み、松風の手綱を引っ張った。
*****
「ここは背水の陣、川を渡りましょう」
板取川を横断しようと決めた桜。
「逃がさぬ!」垂木を振り上げて追いすがる雉六郎。
「そりゃっ!」と垂木を投げる。
「「ああ!」」
大鹿毛と桜が突然水にのまれ、奇妙丸もガクッと落ちる感覚を感じた
*****
今年もあとわずかですね。




