313部:追撃
三枝家の正門。
老将・森高次率いる白武者衆の第一組が、姉妹を護衛し到着する。
「我らこれから、隊長を追いかけます。奇妙丸様にお伝え下され!!」
森高次は、年下の傍衆達にも威張ることなく礼儀正しい。
これまで尾張国の中で肩身の狭い思いをしてきたからだろう。
「わかりました。御武運を!」
池田正九郎が大きな声で返事すると、片手をあげて合図する。
入れ替わりに佐治・金森が入館する。
「お慶姫にお良姫、無事にお連れしました!」
「佐治、金森よくやった!」
奇妙丸本陣を守っていた梶原於八、森於勝、森於九も駆け付ける。
傍衆達が、同僚の二人を門で出迎えた。
自分たちに黙って先駆けしたことはあえて誰もが責めない。きっと自分が同じ立場に立たされた時、腹を切るか、挽回のために功をあげるか、その選択の時は必ず来ると想うからだ。
「やったなお前たち!」
「あぁ、有難う!」
名誉を挽回できて、笑顔の戻った二人だ。
「桜も無事か?」
「はい」
桜の返事に屋根上の奇妙丸もほっと胸をなでおろした気分で、迎えるために屋根から降りる。
「お慶姫、お良姫、お婆様との約束を果たせず怖い目にあわせてしまって申し訳ありませんでした。お怪我はないですか」
奇妙丸は自分自身が救助に行けなかったことを申し訳なく思う。
「はい、怪我はありません。父、明智十兵衛光秀にも会えましたので。これも定めだったのでしょう。父がどのような人かも分かりましたし」
「やはり光秀殿が御父上だったのですか」
そこに居る者が、それぞれに、縁がつながっているというか、世間は狭いものだとも思う。
「道三様の時代に、木地師を統べる山岸家と、縁をもつべく行われた政略結婚のようです。私たちはその結果できた子」
悲しい表情をするお慶姫。
「父も、母も、自分のことばかり。普通の家に生まれたほうが幸せだったかもしれません」
同じく、お良姫も沈んだ表情になった。
「そうですか・・、
でも、前世の何かの縁で転生し、今の立場に生まれ、何かを成す役割を与えられたのかもしれません。
特に、二人は特別なお力をお持ちです。皆を導くことができるお力を・・。
高賀を信仰する民の為にも、前を向いて生きましょう。私も共に同じ時代を生きますから」
二人に何と言っていいか、言葉が見つからなかったが、とにかく強く生きねばと伝えたかった。
「奇妙丸様は、御自分の御立場も覚悟しておられるのですね」
戦国の麒麟児・織田信長の嫡男として生まれた奇妙丸も大変だろうと感じるお慶姫。
「いや、そのような。何というか・・、
私のやるべきこと、というか、この世に生まれて、やりたいことがなんとなく見えてきたのです」
「自分の成したいことですか?」
お良姫が質問する。
「人のため、民の為。
この国を、騒乱にあけくれる人々の今の暮らしを変えたいと。
皆と一緒に旅をしていて心から思うようになったのです。
大切なものを守りたいと思う皆の気持ちを、ひとつに結集できればと」
奇妙丸の本音を聞いたと、姉妹は思った。
「大丈夫です。奇妙丸様ならば、大きなことができる。私には見えます」
お慶姫が明るい表情を取り戻して、逆に奇妙丸を力づける。
「私も、奇妙丸様には特別な力を感じます」
お良姫は感動して奇妙丸の手を握ってしまった。
「そうですか、二人とも有難う。なにか力が付く言霊を頂いた気分だ」
高賀神女候補の言葉だ。傍衆50人のほか、竹中衆、三枝衆、残る三枝衆。周囲の誰もが姫の言葉を信じた。
「「はい、私達が奇妙丸様を応援します!」」
姉妹が唱和する。
「うぉー、燃えてきた!」
於勝が武者震いする。
「行きましょう、奇妙丸様!」
於八も身体を動かしたくてたまら無い様子だ。
「「皆さんに高賀の神の加護を!」」
「ありがとうー、姫様たちー!」
傍衆達が、姉妹を囲んで熱狂している。
「半兵衛殿、すまぬが残って処理を頼む」
奇妙丸も内は熱くなっているが、それを表には出さない。
「お任せを!」
竹中半兵衛が、館に居る者たちに指示を出す。
「さあ、残るものは表の負傷者の手当てを、敵軍の者も同じように手当てしてやれ。死者は寺に集めよ、手厚く葬る」
「「はいっ」」
竹中衆50人が次々と館外へ生存者の救助に向かう。
「三郎右衛門殿、姫達をお願いできますか。私は傍衆を率いて、長屋軍を追いかけます」
「はい、おまかせを」
三枝三郎右衛門に姉妹を託す。
「桜、救出ご苦労だった、姫達とここに残ってもよいぞ。
あとは、全てが片付いたあとで話をしたいことがあるのだが」
「はい、ご配慮有難うございます。でも、私もこのまま従軍します。奇妙丸様のお時間のある時にお話しをお伺いします」
「うむ」
生駒三吉が引っ張ってきた自分の愛馬・大鹿毛に飛び乗る奇妙丸。
それを見て、(自分は遅れをとるまい)と、
主についていけるように急いで馬の準備をする傍衆。
「長屋軍は川に沿って撤退している。結末を見届ける。行くぞ!」
「「おう!」」
奇妙丸護衛のため屋敷付近を固めていた傍衆達は、竹中衆や黒武者衆の活躍を見ているだけだったので、やっと自分たちの出番が来たと思い。張り切っている。
引き絞った弓から放たれるように、
奇妙丸と傍衆50人が、斎藤軍と奇妙丸軍の白・黒武者衆連合軍の、
長屋軍追撃・掃討戦に追いつくため出発した。
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