307部:再起
美濃・三枝家の屋敷。
奇妙丸達は、織田家内部の美濃支配の主導権争いの事情で、西美濃三人衆と将軍直属の美濃明智党に誘拐された姉妹達をどうするべきか、今後の対策について討論していた。
「梶原平八郎! 森勝法師! ただ今戻りました!」
二人が裏木戸から雪崩れ込むように屋敷に帰ってきた。
「うむ!御苦労」
庭先に出て、労をねぎらう奇妙丸。
「麓まで行き、民家にも聞き込みをしましたが、残念ながら、奴ら巧妙に流言を流す等して撹乱し、姫達一行の行く先は掴めませんでした」
「そうだろうな・・・」
奇妙丸は静かに腕組みする。
隠密黒川衆ならば痕跡を消すことは造作もないだろう。予想していた通りだ。
「ところで桜の姿が見えないが、お主達と一緒ではなかったのか?」
奇妙丸の問いに、きょとんとした表情の於八と於勝。
「え? 奇妙丸様とご一緒だったのでは」
「我ら追手の者の中に、桜はいませんでしたが」
於八が姿勢を正して答える。
「?! 桜が単独で追跡しているということだな?」
明らかに動揺する奇妙丸。
「はい」
庭に向かって声を張る奇妙丸。
「伴ノ衆はいるか?」
「はっ!」
奇妙丸達のいる部屋の縁側に、どこからともなく伴ノ三郎が現れる。
「桜は、伴の衆の一味と複数で追跡しているのか」
「いいえ、巫女様を誘拐した集団が黒川衆と聞き、単独で飛び出して行ってしまいましたが、桜の実力ならば任務の遂行に問題は無いと思いますが・・」
「なんと!」
奇妙丸が蒼白になる。護衛の任をつとめる桜が、主である自分に何も告げずに出てゆくのはよっぽどのことだ。
「私が、桜に代わって奇妙丸様の護衛をいたします故、何卒、お許しを」
(どうしたのだ、桜。何故黒川衆との関わりの時は冷静な判断ができないのだ。大事にならねば良いが)
「うむ、護衛は考えなくて良い。三郎、桜の行方はつかめるのか?」
主の動揺に於八達も心配になる。
「我らの忍びの暗号にて追跡はできるかと・・」
「では総力をあげて追跡してくれ。頼んだぞ」
頷きと共に、逸早く姿を消す三郎。他の任にあたっている伴ノ衆も諜報活動に総動員されることだろう。
******
傍衆の部屋。
「あーあ、隕鉄の手掛かりもつかめぬし、桜はいなくなるし・・」
於勝がぼやく。
「すまぬ、於勝」
佐治新太郎が頭を下げる。
「お主等二人がしっかりしていれば!」
池田正九郎も発破をかけるつもりで佐治と金森を叱る。
「面目ない。この上は腹掻き切って・・」と新太郎が座り込む。
「おい、腹を切るより先に挽回の努力をせよ!」
珍しく於八が苛立ちの声をあげた。
「腹を切る事は許さんぞ!」
いつも微笑んでいる於勝が、いつになく真顔だ。
「すまぬっ!」
謝罪する甚七郎と新太郎。
生駒三吉と、池田正九郎が後ろに回って背中に優しく手をおく。そして手をかして、うな垂れる二人を立ち上がらせた。
「我ら、奇妙丸様を支える仲間ではないか」
三吉が二人を諭す。
「そうだ、この命は奇妙丸様に捧げるのだろう」
正九郎が金森の背中をふたつ叩く。
「うむ」
*****
傍衆達が寄り集まって、ともに奇妙丸の部屋を訪ねた。
「奇妙丸様、我らやはり黒川衆に奪われた高賀姉妹と、桜を追いかけます」
「そうか・・・」
奇妙丸が天井に向かって話す。
「伴ノ!奴らの去った方角は判るか?」
「東の方行のようです」
それを聞いて、何かをしたためていた筆を置き、奇妙丸が立ち上がる。
「よし、織田家中での争いになるが、猶予はない。桜と高賀姉妹を我が面目にかけて、明智党の斎藤利三殿のところから取り返しに行こう!」
「「ははっ!」」
一斉に奇妙丸の傍衆が返事する。
「合戦の準備をして集合せよ!」
「「はい!」」
「出陣だーーーーー!」
山田勝盛が、門外に向かって大声を上げる。
「「おおー!!」」
俄かに境内の外陣も騒がしくなった。
楽呂左衛門が、白武者衆の指揮をとるべく駆けだしてゆく。
「武藤殿はどうする?」
と武藤喜兵衛に寄りそっと耳打ちする半兵衛。武田衆の武藤には、織田家中の事なので積極的に関わる必要はない。明智が讒言すれば将軍の印象を下手に悪くするかもしれない。
「乗りかかった船。おつきあいしましょう」
喜兵衛はこの騒動の最後まで見届けると心に決めたようだ。北美濃の情勢を見極めること。
美濃衆と尾張衆、織田家中は未だ一枚岩ではない。武田家の「信玄の両眼のうちのひとり、片眼」として隣国の情勢を見極める必要があると判断した。
*****
「よく来たな、二人とも」
広間で待たされていた姉妹の前に、明智光秀が斎藤利三を伴って現れた。
「御父上様?(いや、若狭出陣に備えて京に居るはずの光秀様がどうしてここに・・)」
「どうした、何を驚いた顔をしている。私がお主達の本当の父親だ」
光秀が順番に二人の頬に手を添えて顔をのぞきこむ。
齊藤利三が代わりに話し始めた。
「ここは土岐一族の所縁深いところ。遠慮することは御座いませぬぞ」
光秀が頷く。
「我ら父娘には、美濃源氏土岐氏の血が流れておる。血統に誇りを持て」
光秀の言葉に戸惑う姉妹。
「私達はこれからどうなるのでしょうか?」
お慶姫が勇気をだして父に問う。
「お主達のどちらかには高賀山の巫女を継いでもらうが、母が邪魔をするのでな。それに山岸や三枝、それに長屋の思惑からも二人を守らねばならぬ」
光秀が二人の肩を強くつかむ。
「私は将軍直属の奉公人となった。私の美濃直轄地として高賀山を支配し、美濃守護代だった長江家の領地を手に入れ、美濃を支配せんとする織田家をけん制する」
「そのようなこと、美濃を道三様から引き継ぐのは織田奇妙丸様なのでしょう?」
「それは天道に沿うことなのか?」
「奇妙丸様の母、奇蝶様は道三様の実の娘ではありませんか」
「否、美濃の支配者は鎌倉の頃より美濃源氏の正統土岐家である。その血筋である我が本来継ぐべきものであり、我の血筋たるお主達が高賀山の巫女になるのが相応しいのである」
黙り込む二人。
「さがって休むが良い。伝五、案内してやってくれ」
光秀が腹心の藤田伝五に申し付ける。光秀が若い頃から苦楽をともにした伝五は、執事のような存在だ。
姉妹は大人しく一礼して案内されるままに部屋を退出する。
・・・・・
「明智様、姫様のご帰還祝着至極に御座います」
千秋輝季が光秀のことを祝う。
「うむ。千秋・黒川の、よくぞ娘達と引き合わせてくれた。今後の働き次第では、姫の娘婿として一門に取り立てても良いぞ」
「ははっ、有難き幸せ。明智様が美濃国主となられた暁には、私が先陣を切って瀬田の橋をわたりましょうぞ!」
黒川が調子よく言う。
「そうだな。足利幕府が正しき政道に戻った暁には、細川・畠山と肩を並べて明智が管領家となることは義昭様から念書を頂いておる。足利家の親族である斯波・今川を滅亡させた織田信長よりも、誰よりも、明らかに智に光り秀でる。私こそが美濃国主に相応しい!!!!」
光秀が顎をひいて胸を張る。
「この斎藤利三も、十兵衛様に忠誠を捧げます」
「うむ。斎藤家には美濃守護代の職がまっておるぞ」
「この千秋輝季も忠誠を」
「うむ。輝季には南尾張の守護代と、熱田大宮司職の筆頭が待っておる」
「「ははっ」」
「黒川玄蕃佐も御座います」
「そうだな、黒川には幕府の甲賀荘代官として、甲賀隠密を支配してもらおうか。ゆくゆくは伊勢・伊賀守護職となる土岐明智家の手足としても働いてもらうぞ」
「はっ。お任せあれ」
「「フフフフ、ハッハッハッハ!」」
居合わせた全員、甘い将来を思い描いて大笑するのだった。
少し復帰のつもりで。
本年は私の周り色々と事件がありまして、怒涛のように過ぎております。
中々、日々同じ暮らしを維持していくというのは大変な事です。
平凡な毎日が続くことが奇跡なのかもしれません。




