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織田信忠ー奇妙丸道中記ー Lost Generation  作者: 鳥見 勝成
第三十七話(高賀山,前編)
306/404

306部:薬売り

「新太郎 怪我は無いか?」

「ああ なんとか・・。爪先の痛みがあるから手足は繋がっている」

「そうか、私の不注意で、気を散らしてすまなかったな」

「いや。甚七郎はどうだ? 怪我はないか?」

「うむ。瞬時に倒されたからな。しかし、信じられない程の早業。忍術 恐るべしだ」

「自分を過信していた。甲賀衆 侮れない・・」

「うむ」

何かと張り合う二人だが、この時はお互いの事が本当に心配だった。

石段で倒れている二人に、旅人風の男が駆け寄ってきた。


「お二方! 大丈夫ですかな?!」

旅人が甚七郎を助け起こす。

「貴方は、どちらさまですか?」

「騒動の声を聴いて物取りかと思い駆けつけましたが、来てみれば思いのほか黒装束の人数が多いので物陰に隠れて見ていたのです。人さらい目的のようでしたが、とりあえず死人が出なくて良かった」

襲撃への対応を悔やむ二人。

「縄を解いてもらえませんか」

「はいはい」

応えながら、二人の事情が気になる旅人。

「貴方方はどちらのお侍様ですか?」

「織田奇妙丸様の家中の者です」

「織田家御嫡男の!?」 

「我々は、高賀山の巫女を護衛していたのですが、任務を果たせず・・」

新太郎が唇を噛む。

「こちらのお侍さまも、今ほどきます」

旅人が新太郎を助け起こす。

「忝い。貴殿はどちらのお方ですか?」

「私は越中から来た行商人です。和紙や薬を商いしています。最近の北陸道は朝倉兵が犇めき、なにかと物騒なので、飛騨を抜けて三河に向かう予定でした。今はたまたま昔馴染のお客様に仕入れ物を届ける為に、街道からそれてここに立ち寄ったのです」

「そうですか、越中の薬売りの方・・。 お礼を言いたい。せっかくなので、私達の主の所までご動向していただいても?」

「それは、御本陣ということですね。お侍衆に囲まれるのは、緊張するのでご辞退させて下さい」

「いやいや、我が主は身分に分け隔てなくご理解のある方ですので、是非」

やや強引になってきた新太郎を、甚七郎が止める。

「助けてもらったのに、お困らせしては・・。助けてもらったご恩は忘れません。それでは、ここで」

三人が立ち上がり向かい合ったところで、石段の下から声が駆けられる。

「おーい!! お主等どうしたのだ? 姫達は?」

「於八!」

先駆けに駆けて来た於八の後ろには於勝もいる。さらに後ろから奇妙丸の一行もやって来ていた。

姉妹一行の帰りがあまりにも遅いので心配になって迎えにきたのだった。


******


4月、京都。信長宿所。

「大津伝十郎よ!」

信長が近習のひとりに呼びかける。

「はっ!」

伝十郎が進み出た。

「森三左衛門に任せた新城の進捗具合はどうだ? それに、遠征用の兵糧の準備は整っているのか?」

「可成様からは、工事は順調であると報告は御座いましたが、兵糧については・・」


信長の前に万見仙千代が進み出る。

「殿様、兵糧については、京都町衆の革嶋一宣が近隣の土豪衆に声を掛けて、坂本津に順次運び込んでいるようです。湖南の船舶も長秀様の準備した尾張・美濃の兵糧を積んで集結しつつあるそうで、ご心配はなさそうです」

「そうであるか、一宣は使える男だな(流石、瀧川一益が見込んで兄弟分とした男だ)。夕庵、革嶋に感状を認め与えよ」

武井夕庵がお辞儀をして立ち上がる。早速自室に書面の作成に向かったのだ。


夕庵の隣に座した町衆の有力者であり、信長の祐筆でもある松井友閑が進み出る。

・・・・・松井友閑は、元は幕府奉公衆の松井家の家系の出身で、尾張清州に来て東海道の物産を京都に運び入れる物流に関わり、武家商人として地位を確立し、清州町衆の元締めとなっていた。畿内の情勢や経済に明るく信長が認める人材だ。今では織田家の御蔵を総括する財務奉行として登用されている。

京都育ちの友閑は、尾張に下向後は信長と親しく接し、同じ趣味を共有し、舞では師匠と弟子の関係でもある。


「但馬国へのご出陣は? 但馬の生野銀山については、どうなされるご方針でしょうか?」

「もちろん、銀山の利権を独占しようとする太田垣(土佐守輝延)兄弟の振る舞いは正さねばならん。しかし、今は武力を講じる前に、今井宗久に長谷川宗仁をつけて立ち退くように交渉させよう」


(殿様は、新参の宗久や、宗仁の忠誠心や外交能力をここで試そうとしておられるのか?)

信長の言葉の意味を推し量りながら、自分の関われることを探す。

「我ら京都町衆の者達からも、有志を募って宗久殿の護衛に傭兵衆を用意しましょう」

友閑の甥である松井康之は武辺でならし、京都町衆の自警団(傭兵団)の頭目も務めている。

「そうだな、康之に西岡の傭兵団をつけてやってくれ。それに、京都みやこ風の贈り物も用意してくれぬか」

「贈り物とは、どちら様への」

「中国の毛利だ」

「毛利ですか!? 毛利は確か尼子と交戦中」

「うむ」

「我ら尼子勝久にも投資しておりますが・・・」

「どちらが勝とうが、今の余には関係ない。毛利輝元には官位、吉川元春には出雲出陣の陣中見舞いを。我らが出陣の隙に上洛はできまいが毛利家の戦の様子をみて参るように」

「はい」

友閑は信長に一礼して退出していった。

傍衆達にも下がる様に命じる信長。

(東西の両面軍事作戦は流石に避けねばならん。今は若狭、そして越前・・・)


*****


於八と於勝は、急いで駆け付けた伴ノ衆とともに、姉妹を攫った一団を追跡した。

一方、目撃者である佐治新太郎と金森甚七郎、それに二人を助けた越中の薬売師、三人から事情を聴く。

代わる代わる当時の様子を説明する甚七郎に新太郎。

薬売師は、侍達に囲まれ大きな体格を縮め小さくなっている。


「そうか、そうだったか。姉妹たちを攫ったのは斎藤利三を頭とする西美濃三人衆の一派か」

奇妙丸は姉妹を攫ったのが味方であることに安心するとともに強硬な手段に怒りも覚える。

「はい。その背後にいるのは明智十兵衛光秀殿・・」

「ううむぅ。父の命令で動いているのか、それとも・・。本当に何を考えているのか理解できぬ御仁だ。しかし、姉妹が織田軍の中で保護されているのであれば、急いで追いかけ奪い返す必要もないか・・」

(織田家内部の問題でもあるようで、奇妙丸にとっても判断が難しい)

「光秀殿は将軍・足利義昭殿の腹心でもある・・」と山田勝盛。

奇妙丸は岐阜城山頂での会合を思い出す。

「父上の前では、織田家に忠誠を誓うような言動だったが・・」

光秀の動いた事情を理解しようと、関係性を整理する。

「光秀殿はもともと山岸家の婿でもあり、姉妹の父でもある。それに、光秀殿の母の妹は斎藤入道秀龍殿の室であり、父・信長の正室・奇蝶御前の母上」

「複雑ですね・・」

生駒三吉も奇妙丸の縁者であるので、一緒に系譜を考える。


「私とはご縁のある間柄だが、血は繋がってはいない」

実母のように可愛がってくれている奇蝶御前には申し訳ない。

「今回の実行部隊の隊長は、稲葉入道一徹斎の婿である斎藤内蔵助利三殿・・。」

奇妙丸の表情を観察する半兵衛、楽呂左衛門、そして武藤喜兵衛。

(やはり、光秀殿を心から信用することは難しいのかもしれぬ・・。しかし、明智光秀殿と斎藤利三殿の付き合いは思った以上に深いのだな)

傍衆には気づかれぬように奇妙丸は心の内で思う。


「半兵衛殿、姫達はどちらに攫われたと予想されますか?」

西美濃三人衆のひとり、安藤守就の娘婿であり関係の深い竹中半兵衛重治ならば、西美濃三人衆の動きに詳しいであろう。


「そうですね、斎藤利三殿の本拠地は長良川下流の小野城でありますが、稲葉一族を主体とする西美濃三人衆の主力部隊は、上流の美並にて、独立的な動きを展開する東の長屋氏や北の両遠藤に備えて駐留しております。

おそらく利三殿も、小野城ではなく美並の本隊の中におられるのではないでしょうか?」

「なるほど!」

飛騨への街道の様子を知る者はいるだろうか、残りの伴ノ衆は先行して北上し情報収集に動いている最中だ・・。

奇妙丸は、黙って話を聴いている行商人に気付いた。

「ところで、薬師の方、今回は我が家臣を助けて頂き有難うございます」

「滅相もない、ただ通りがかっただけです」

「お名前は」

惟宗これむね宗五郎そうごろうと申します」

「これむねの姓とは、これは珍しいですね!」

池田正九郎が驚く。摂津や播磨の国にも関連のある有名な姓だ。


「我が家は、古くから藤原家の命で薬の原料を渤海ぼっかい国と交易して入手していた家系でした」

「なるほど、藤原家の家司のお名前なのですね。海向こうとは今でも交易を?」

正九郎が矢継ぎ早に質問する。


「いえ、今は堺や博多の海商達から原材料を分けて貰い、薬を製造しています。私が三河に向かっていたのは、その和漢薬を徳川殿にもお勧めしようと思いまして」

商人の話しに納得する奇妙丸。

「ひょっとして、越中守護代・神保じんぼ家のお身内なのでは?」

陸商の家筋でもある生駒三吉が、商いをする上での背後の関係にも気付く。


「はぁ、縁がないとは言えませんが、我が家は数代前に官を辞してからは、商人あきんど一筋の家系でして、武を貴ぶ神保家とは別家であります」

一気に、興味が湧く奇妙丸。

「ここで出会ったのも何かのご縁。越中国や能登のお話を聴かせていただけませんか」

「奇妙丸様がそうおっしゃられるのでしたら・・」



*****


少し時間ができました。

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