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織田信忠ー奇妙丸道中記ー Lost Generation  作者: 鳥見 勝成
第三十七話(高賀山,前編)
304/404

304部:山岳信仰

「我が三枝家は、古から高賀山の山神を信奉し、始祖の菊理姫を崇敬しております」

現当主である三枝三郎右衛門が背筋を伸ばし、胸を張って、自らの系譜を説明する。果てしなく長い時間、先祖代々、高賀山を管理して来たという一族の誇りがある。

「菊理姫の後裔と伝わるのですか。加茂郡の久々くくりの地名にも何か関連があるのですか?」

大島光成が、音の共通点が気になって質問する。

「遠い昔の事ですから、詳しくは分かりませんが、おそらくは・・」

三枝にも、地名が付けられたのは遥か古のことでそのあたりの事情は分からない。


「そうなのですね、この高賀山の信者はどれほどの人数がいるのでしょうか?」

奇妙丸が代わって質問する。

「そうですね、高賀山神社の氏子は、六社の一社につき千人程。神職総代の三枝の下には三千、同じく総代ながら長屋家は高賀神社本宮大宮司職を兼ねていますので、長屋の下には四千といったところでしょうか。

神仏混合の高賀では、豪族たちが檀家となっている仏教の寺院もあります。蓮華峰寺大日堂と護摩堂にて修験者あがりの僧兵が集っています。かつては高賀大善寺観音堂の他48ケ寺の伽藍もありましたが50年程前の戦乱で全焼してしまいました。今のところ西高賀に僧兵は三千はいるでしょう。

白山・御嶽山信仰の信者と合わせて甲斐・信濃・越前・越中・加賀・飛騨・美濃・尾張・三河の民、高賀山の信者は全国に数十万人といったところでしょうか。」

宗教団体の動員力は計りがたい。


「越前の平泉寺や、近江園城の三井寺の規模にも劣りませんね!」

三枝の説明に驚く傍衆達。

「寺社勢力、恐るべし、だな」

楽呂左衛門が、寺の兵と聞いて故郷を思い浮かべる。修道院に属す騎士団のようなものだろうかと想像する。

この国では、信仰に剣を捧げる騎士ではなく、土地と権益に拘る侍と僧兵に分化されることも特徴的で面白い。


「平安京の時代から、僧兵の強訴の前には朝廷も無力ですからね」

竹中半兵衛の言葉に頷く奇妙丸。

現世来世へと神仏の祟りを恐れる気持ちは分かる。しかし、真摯に神仏を信仰しているはずの人々に現世での救済が行われ、報われているのだろうか。

神が本当に存在するとしても、神になんとかしてもらおうという他力本願ではなく、自力で世の中を変えようと望むものにこそ神は応えてくれるのではないだろうか。


「武力の行使が無いと政治が成り立たなくなっていくのだな・・。その結果が今の世だ。やはり誰かが天下を引っ張らなくては、乱世は終わるまい」

山田勝盛が呟きながら奇妙丸をじっと見る。

勝盛は、絶対的な統治者の力による実行が大切だと考えているようだ。


戦国の世を終わらせるには、力の支配から法による天下静謐へ、自分がまず、国の変革を望まねば・・。


「奇妙丸様、宿所を用意しています。あの離れをご自由に御使い下され」

三枝家には、高賀山に参拝する民衆や、修行者達が宿泊できる施設が準備されている。その中でも最も豪華な来賓用の建物を奇妙丸達に割り当ててくれていた。

「御姉妹様には、別の館を用意していますが」

「御婆様から宜しく頼むと一任された。姉妹は私と同じ館でも構わぬが」

「私達もご一緒させて頂く事を希望します」

「そうですか、分かりました。そのように取り計らいましょう。お風呂も既に準備してあります。その後で御食事を共に」

「ありがとうございます」

三枝の厚意に甘えることにした一行だった。


****

離れの別室。


奇妙丸の部屋の更に奥の部屋に女性たちの為の部屋が用意された。桜も両姫の護衛を兼ねて同室で過ごすことになった。

「お姉さま、久しぶりに全身を清める事ができますね」

妹のお良姫が、姉のお慶姫に話しかける。

「本当に。桜さんも一緒に参りましょう」

「そんな、お先にお入りください」

「気を使わなくて良いのですよ。私達姉妹は昔から温泉が大好きなのでよく一緒に入っているのです。山神様がもたらして下さる金玉の湯に包まれて、穢れを落とすことができますから。桜さんは、温泉に入ることはありますか?」

「はい。奇妙丸様にお仕えするようになってから温泉や、湯船につかることが出来るようになりました。寺院や殿上人の間では沐浴もくよく後のかけ流しが流行しているようですが、庶民はなかなかそのような贅沢はできませんので、幼い頃を過ごした近江の里では川の水で洗っていました」

「そうでしたか。最近は釜風呂というものが町にはあると聞きましたが」

「はい。奇妙丸様の父上・信長公は大のお風呂好きで、木造船にも大鉄釜の風呂を備え付けるようにと普及に努めておられます。浅井家の温泉では陸揚げした船に温泉をひいて湯船としています」

「各大名家で面白い取り組みをしているのですね。飛騨の姉小路家などは、夏季は高山を、冬期は下呂と温泉地を行き来しているそうです」

「夏と冬の本拠地が違うのですか?」

「庶民からも両面宿儺と呼ばれる所以です」

姉妹は各地の村人からいろいろな相談事をうけているので想像以上に東美濃や飛騨、西信濃の情勢に詳しかった。

桜には、風呂の中でも東美濃の庶民の情報が両姫から注入されていった。


****

三枝家の本館。


三枝が村人たちを動員して食材を集め、山の幸や川の幸が豪勢に並べられた。

大広間に一同が会して夕飯を頂く。三枝の隣には武藤喜兵衛もちゃっかりと座している。

「ところで三枝殿、以前おっしゃっていた素戔嗚スサノオ様の伝説の残る神社とは?」

於八が三枝の言っていたことを思い出した。

「北から本宮神社、西回りに高賀神社、瀧神社、南の金峰神社、星宮神社、東の新宮神社が配置されております。その中でも高賀山大本神宮社は素戔嗚命や猿田彦サルタヒコ神を祀り、素戔嗚命は牛頭天王の信仰と結びついて現在に至ります」


「更に高賀神社の敷地には寺やお堂も建立されました。やがて、神仏の結合した西高賀山の蓮華峯寺となり、高賀山白山開山の泰澄大師の十一面観音(白山比咩神)の信仰や、木地師達の持ち込んだ虚空蔵菩薩信仰も持ち込まれ現在のお山信仰にも繋がるのです」

時代により仏教や民間信仰と融合し変容しながらも、地元の神山・高賀山への信仰は変わらず続いてきたのだろう。


「ところで奇妙丸様は、物見の為に郡上に向われているので?」

喜兵衛が奇妙丸に直球の質問をする。

「私達の目的は星の欠片を手にいれること、そのためには高賀山に隠された神器を探さねばならぬ」

於勝と頷き合う奇妙丸。本来は朝倉家の支配する越前と面する郡上の遠藤氏の動向を見極めるつもりの旅だったが、関に立ち寄ってからは既にいろいろな要素が加わっている。

「御婆様の失くした天之波羽矢と天之麻迦古弓ですね?」

三枝が難しい表情になる。

「三枝殿に、心当たりは御座いますか?」

「御婆様の命で隠されたと言いますが、神器は自ら現れたり消えたりすると伝えられます。必要とする者の所に現れ、役目を終えると消えると」

「なんですと?! しかし、御婆殿は探せと・・」

「必死になって求める気持ちに、神器は応えるのではないでしょうか」

それでは神器は今のところ、自ら消え去っているのだろうか。


「山中に、神器にまつわる伝説の残る場所などはあるのでしょうか?」

半兵衛が三枝に問う。

「しいて言うならば・・。矢作神社はどうでしょう」

「矢作神社?」

「そうですね・・。藤原高光公が、鵺を退治するために矢を造ったという所縁のある場所です」

「矢造りですか。そうですね、それならば弓と矢の伝説に繋がりがありそうだ。明日は、そこへ向かってみよう」

三枝三右衛門の助言に乗る奇妙丸。面白そうなのでついて行こうと考える武藤喜兵衛だった。



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