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織田信忠ー奇妙丸道中記ー Lost Generation  作者: 鳥見 勝成
第三十七話(高賀山,前編)
303/404

303部:長屋家

高賀山の東方。板取の山中のとある社殿内。


「お貞様、甲骨占いの結果はなんとでましたか?」

生骨が焼けた煙の中で、山岸作之丞光重が実姉であるお貞姫に対座している。光重は神通力のある姉を恐れ幼いころから「様付け」で呼んでいる。

「非常に良くない!」

「とは?」

「御婆は三枝家と結んで武田の後ろ盾を得ようと動いている。それに加えて何者かが御婆を助力しようとしているようじゃ」

「御婆が動き出しましたか」


御婆こと長屋佐具利は二人の母親ではあったが、高賀山の神女として山中の社殿で神仏と共に暮していたため、親として触れあう機会はほぼなかった。

山岸勘解由左衛門光信と佐具利は、長屋家と山岸家の政略婚のため一時的に結ばれたようなものだった。


「我が殿は、山岸家が木地師と高賀山の社寺の僧兵共、それに高賀山信者を統べることを御所望されておる」

かつての高賀神女である長屋佐具利姫は、山岸家の陰謀を察知し、神器を隠して身をくらませていた。

「我が殿の為に、私が正統な神女になる必要があるのじゃ。御婆の隠した神器を手に入れ高賀山に登らねばならぬ」

「三枝・長屋の両家と、それに両面宿儺も邪魔立てするでしょうね。十兵衛様は甲賀黒川衆を郡上や下呂に派遣し、両面宿儺の出方を伺っている様子ですが」

殿上人である一条家の後援を得て、飛騨の姉小路家は破竹の勢いだ。


「将軍家としては内ヶ島家からの納税が滞ることは得策ではないのじゃ。両面宿儺がこれ以上に力を蓄えて飛騨を統一すると都合が悪い」

将軍・義満は奉公衆である内ケ島季氏を飛騨に派遣し、白川家は鉱山資源を抑えて幕府の資金源とした。関東の猪俣党の流れをくむ内ヶ島氏は鉱山開発に携わる技術を持っていた特殊な武家だった。


飛騨白川の向牧城に根付いた内ケ島家は、今では白川氏とも名乗っている。

将軍・義政の代には内ケ島為氏が、地元の豪族・三島将監を討ち一向宗を追い、本願寺蓮如の仲介により和睦。帰雲城を築き地盤を盤石とした。


「内ヶ島の拠る帰雲城が落城すれば、将軍家の野望が水泡に帰しますからね」

「我が殿も姉小路家に美濃に出張られて、白山街道の諸関の利権が渡る事は望んでおらぬ」


「そういえば、長屋家が高賀山神社大宮司職を維持する為に、姉小路の後ろ盾を得ようとしているようですが」

「二つの神器を一刻も早く手に入れねばならぬ!」

目を大きく見開き炎を見つめるお貞。


「木地師共を、高賀山に踏み入らせますか?」

恐る恐る声をかける光重。

「木地師と共に、山岸家の兵も高賀山六社に差し向け神器を探すのじゃ」

「分かりました、お貞様」

翌日、山笠・蓑をまとった山岸派木地師一団と、鎧を着て完全武装した山岸党千兵が、高賀山六社の瀧神社にむけて出発した。


****

美濃板取、田口城。長屋氏の根拠地は、高賀山の北方に位置する。


隠居の身である老将・長屋道重が難しい表情で佇んでいる。

「父上、お呼びでしたか?」

信濃守景重が代表して挨拶をする。

本家当主・景興の遺児である景重は、叔父である道重に養育され長屋家の跡取りを継承した。


「景重、定重、久内、喜蔵、由々しき事態だ。織田家の嫡男・奇妙丸が三枝の館に入ったらしい」

長屋久内は景重の乳兄弟、喜蔵は景重の嫡子だ。

「織田家が、我らの動きに勘づいたのでしょうか? 大桑の金森長近の兵の動きも活発です。村境を伺っている様子」

久内が領内の状況を報告する。

「織田信長の命か、金森の一存か・・・。奇妙丸一行には山岸貞姫の娘、お慶にお良も加わっているそうだ」

「あの二人が?!」

道重の言葉に驚く景重。喜蔵は黙って話を聴いている。


「次の高賀山神女はあの姉妹のどちらかが成る事が有力。姉妹が誰を指名するか判らぬが高賀山大宮司職を山岸・三枝に渡す訳にはゆかぬ。高賀山の利権を失くせば、我らは没落してしまうことが目に見えている」

「山岸と三枝が、我らを追い落とす為に同盟を結んだという事でしょうか?」

景重の問いに対して、思案にふける道重。


「なに、飛騨の姉小路殿の後ろ盾を得れば、北美濃の状況も我らが優位に覆せよう」

「山中に出入りする木地師達の中にも山岸一派がいるはず。木地師にも警戒せねばなりませぬな」


「我が姪・お貞(山岸貞姫)の不穏な動きは封じねばならぬ。それに、次の高賀山神職の大宮司職は長屋氏のもとに確保せねばならぬ。山岸等の外様に渡してなるものか。美濃又守護代・長江家の滅亡した今、なんとしても我が長屋家が踏ん張らねばならぬ」

「かつて又守護代家を勤めた我が一族。今一度、美濃に覇を唱えましょうぞ」

久内が熱く言葉を並べる。久内は長屋氏が美濃の山奥に逼塞していることが不満だった。

「三枝め、織田家の跡取りなど、厄介なものを高賀に引き込んだものだ」

「織田信長の眼は今のところ京都ばかり見ているが、いずれ高賀山の特権を巡って合いまみえる相手でしょうね」

「そうだな。そうなる前に、山岸の娘を確保して喜蔵の嫁にするのも良いかもしれぬな」

「そうですね、我が家は残念ながら今のところ男家系。喜蔵の子が出来れば安泰かもしれませぬ」

景重はまだ若いが、これから娘が生まれたとしても巫者の能力を維持しているとは限らない。それよりは力を持つと言う姉妹を身内に取り込んだ方が当座は安心だ。

「それでは、私が姉妹のことを誘拐して参りましょう」

久内が道重の決断を即す。

「うむぅ。よし、久内は三枝のところへ、景重と定重は兵を率いて高賀社本殿を厳重に守備せよ。何者も立ち入らせるでないぞ!」

「「ははっ!」」

二人がそれぞれの使命をもって退出する。それを祖父と見送る喜蔵だった。


*****


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