301部:天ノ夷鳥
「ですがそれは御婆殿が山岸光信の妻だったということですよね」
御婆殿の話に驚く奇妙丸に対して、御婆自身は淡々としている。
「はい。それに光信と私の間に生まれた娘は、明智光秀殿の前室です」
「なんと!」
(光秀殿の名を聞かぬ日はないな!)
「光秀殿の現在の正室は、元斎藤義龍の旗本で幕府直参の将軍奉公衆となった妻木勘解由左衛門範熙殿の娘。
山岸家の娘とは、道三公と義龍の親子の争いにより光秀殿が美濃を追われた際に離縁し、朝倉家の御家中となってから土岐家一門の妻木殿の娘を後室に娶られ、越前表にてお玉殿が誕生したご様子でしたね」
竹中半兵衛の説明に聞き入る奇妙丸。
「そうだったのか・・」
難しい表情となる傍衆達。頭の中で必死に系図を組み立てる。
「半兵衛殿は明智家にも御詳しいのですね」
生駒三吉が半兵衛を称賛する。
「我が父である竹中遠江守と明智殿は、入道道三公に忠節を立てた戦友でしたから、戦後も交流があり書簡を交わしていました。
明智殿は、より一層土岐家の血筋を濃く取り入れたかったのでしょう」
(そうか、明智一族は遠山氏とも縁戚関係を結んでいる。戦後没落の憂き目を見た光秀殿は土岐系の純血の系譜を、自分の子息には色濃く残したかったのかもしれないな。
しかし、戦前は道三様の意向に沿って、山岸の家から室を貰ったのだろうか?)
生駒家も土田氏を通じて明智家との繋がりがある。
「山岸家と木地師との関係を教えて頂けますか?」
奇妙丸は木地師と呼ばれる集団の存在が気になっていた。
「はい。山岸家は建武の頃、南朝方の新田義貞に従い各地を転戦しました。そして義貞の弟・脇屋義助と共に美濃入りし板取を拠点として活動していました」
「南朝方の勢力は侮れないものがありますね。津島衆の大半も南朝所縁の一族」
「脇屋義助は息子・脇屋義治と一門衆の堀口氏。越中から来援した山岸氏、在地の根尾・徳山・山本・伊自良氏ら諸豪族と共に根尾谷を拠点とします。
根尾谷の天険を利用して一大要塞を築き、北朝に対抗し続けました」
「山岸家の登場だ」
「山岸氏は越中のほか北近江にも所領を持ちます」
「大武士団でもない山岸家がなぜそのような広範囲に勢力を?」
それほど名の知られていない山岸氏の潜在的な勢力を不思議に思う奇妙丸。
「木地師と高賀山を信仰する古代の民・加茂一族との争いと結びつきにまで話は遡ります」
「はい?」
古代の民と聞いて思わず聞き返してしまう於八。
「加茂氏とは、三輪氏を祖とし、太田多根子の後裔である物部氏の一族と言いますね」
越前剣神社神職の流れを汲む奇妙丸は、神道についても教育を受けた。
「三輪氏か、古代山岳信仰の氏族だな」
山田勝盛が補足する。
「それに、天ノ若日子の喪屋を破壊した、阿遅志貴(味鋤)高日子は又の名を天ノ夷鳥といい鴨氏の祖と呼ばれている」
奇妙丸が出雲族と呼ばれる阿遅志貴高日子の正体を話す。
「ふぅむ、見えて来たな。天王山の天ノ若日子の滅亡後、高賀山を抑えて天ノ夷鳥がやってきて、古代豪族として一帯を抑えていたのでは?」
私の推測でどうかな?と御婆を見据える半兵衛。
「ご想像のままに」
御婆はニコリと微笑んだ。
 




