300部:神器
大矢田神社拝殿、二階。
三人が欄干から境内の様子を眺めていた。
「御婆様。おもしろい催し物でしたね」
「これで素戔嗚命様も、天ノ若日子様も御魂を安らかに鎮めて下さいますことでしょう」
瞼を閉じて祈る御婆。
「御婆様は何故、あの方々に鎮魂の儀を依頼されたのですか?」
末娘のお良姫が御婆に尋ねる。
「奇妙丸殿、あの方の魂はかつての建布津ノ御魂を宿されています。乱世を鎮めるべく、神々によりこの世に再び送られたのでしょう」
「布津主ノ御魂?!」
「御婆様にはそのように魂が見えるのですね」
確かに奇妙丸の背後に尋常ならざる炎の揺らめきを視ることができるが、それが何であるかは自分にはまだ解らない。御婆様の力に近づきたいと思う長女のお慶姫。
「神武帝東征の折に、大伴ノ高倉下命が、建御雷ノ神の夢のお告げに従い、神武帝に届けた王剣の名ですね」
お良姫は剣のことだと思っていた。
「さらに神代のこと、大国主に国譲りを迫った高天原二将軍のうちのひとりの名なのですよ」
御婆様がお良姫に伝える。
奇妙丸の宿星の正体に感動する姉妹。
「荒魂を鎮める御霊、素敵です」
お良姫の素直な気持ちだ。
「乱世に生まれた希望の星、どうしても期待しますね」
お慶姫は、葦原中津国に平穏をと常に願っている。
戦国の世を終わらせると予言された人物が、今自分達の傍に居る。
「おやおや、二人とも奇妙丸殿がそんなに気になるのですか」
頬を赤らめるお良姫と、俯くお慶姫。
「昔から織田家の嫡男殿とは、深い関わりをもつことになると御婆様がおっしゃったではありませんか」とお良姫。
「予言のせいで奇妙丸殿を意識してしまいます」お慶姫も
「フッフッフッ、誰かを意識して、舞を舞う事は悪い事ではありませんよ」
「それでは、次の奉納の踊りの準備をしてまいります」
お慶達、姉妹姫が立ち上がる。
「行ってらっしゃい」
御婆はニコリと微笑んで姉妹を見送った。
「乱世を正すということは、荊の道を進む人生ということです。彼の周りの者もその渦に巻き込まれるということ。共に歩む者は覚悟せねばなりませんよ」
心の中で、孫二人に言葉を続ける御婆だった。
*****
催し物を終え、撤収作業を見守る奇妙丸の傍に初老の人物がやって来た。
「お疲れ様です。その織田家の紋、奇妙丸様一行では御座いませぬか?
私は高賀山の氏子、板取川下流の神洞村の三枝三郎右衛門と申します。お傍衆の方々ともに素晴らしい演目でした」
身形は清潔で、どこかの村の庄屋に相応しい人物だ。
「三枝殿?」
甲斐系の三枝の苗字に反応する半兵衛。
「我が村にも、素戔嗚命様や藤原高光公の悪霊退治の伝説が残っておりますよ。氏神様の高賀神社には伝説にまつわる面白いものも残されています。
如何でしょう、神洞へお寄り頂けませんか? 何処かへ急いで向かう旅の途中ですか?」
「我々は郡上に向かうつもりなのだが、方向的には立ち寄れなくもないな」
と山田勝盛。
「どういたしますか、奇妙丸様?」
御婆殿は何かに導かれると言っていた、これが次に繋がるのだろうか。
「それに、ご相談したいこともあるのですが」と懇願する表情の名主。
「よし、祭りが終わるまで待ってくれぬか? 確認したいことがあるのだ」
「有難うございます。それでは祭りが終わりましたら」
三枝三郎右衛門が深々と頭を下げた。
******
拝殿前の舞殿。
日暮れ時となり、舞殿の天井から吊るされた巨大な灯篭に灯がともる。その灯りの下で舞う二人の姫。更に境内各所で大松明が燃やされる。
夜の舞は、昼間の優雅な踊りとは違って、早い拍子のものとなる。観衆も舞殿の周りに環状の列となって男女が入り乱れての踊りとなる。
輪の中央で、舞殿の舞台で踊る二人の額からは汗が流れ落ちている。腰にぶら下げた大玉の鈴を器用に鳴らし、手にした小鼓を撥で打ち鳴らす。
(奇妙丸様が、頭の中から離れない。何だか変な調子)
「お良、集中しなさい」
「はい、お姉さま」
(私の踊りを見て下さっている)
姉のお慶姫は見られていることで、いつも以上に踊りに熱が籠る。
「なんというか、夜になると松明の炎を背景にして情熱的な舞だな」
生駒三吉の呟き。
「呂左衛門が教えてくれた踊りにも似ている」
於八が知って居る踊りの中では、呂左衛門直伝の外国の踊りが最も激しい。
「そうですね」
楽器にギターラが加わればより一層情熱的になるかもと、心のどこかでウズウズする呂左衛門だ。
「奇妙丸殿、御婆様が拝殿にてお待ちです」
神職に声をかけられ、拝殿に向かう奇妙丸。今度は二階の欄干のある部屋に通される。欄干からは境内の様子が見下ろすことができた。
奇妙丸達が祭りの様子を眺めていると、御婆殿が隣の部屋から現れた。
「奇妙丸殿、ご苦労様でした」
「御婆殿、我々はこれで良かったのですか?」
果たして自分達が素戔嗚命と天ノ若日子命の御霊を鎮める事ができたのだろうかと思う奇妙丸。観衆たちは喜んでくれたが、荒魂を鎮めたという実感はない。
「はい、奇妙丸殿が先鞭をつけることに意味があるのですよ。それに奇妙丸殿、貴方は既に次の試練と出会って、それを選択しているのですよ」
「・・・・」
しばし、考え込む奇妙丸。
「神洞村の三枝殿ですか?」
「これからも、ひとつ終える事に次の試練が待ち受けているでしょう。心して進みなさい」
「では、神洞へと向かいます」
「それから、孫達は白山に詣でる任があります。郡上は通り道なので貴方達に同行しましょう。お慶姫は私と心が通じることが出来ます。私の言葉はお慶姫が伝えるでしょう」
「私と一緒では危険なこともあるのでは?」
「それもあの娘達の運命です。何事も受け入れるでしょう。貴方の責任ではありません。」
「分かりました。お慶姫が導いて頂けるなら助かります」
素直に感謝して、お辞儀する奇妙丸。
「奇妙丸殿。この旅では、天照大神が天ノ若日子に与えた神器を探しなさい。そうすれば貴方達の目的の物を得られるでしょう」
「若日子神が持っていたのは、天之麻迦古弓と天之波羽矢!その二つの神器が本当にあるのですか?」
「はい。ただ、その神器を狙っている者がいます」
「ええ?!」
「私の娘であり、木地師集団の長、山岸勘解由左衛門光信の娘・貞姫。孫二人の母でもあります」
「なんと!?」
「お貞姫は、私と同じく巫者の力を持っています。貴方達の旅も既に知られていることでしょう。神器を木地師達に渡してはなりませぬぞ」
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