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織田信忠ー奇妙丸道中記ー Lost Generation  作者: 鳥見 勝成
第三十七話(高賀山,前編)
299/404

299部:佐具利姫

*****

明智殿の独断で動いているのだろうか? 母上の母様(斎藤道三の後室)は明智家の出身と聞く、いわば準一門の関係。ひょっとして父上からの内々の指示によって明智と斎藤は動いているのか。

父と美濃諸豪の信頼関係はよく判らない。父はどちらの筋を重要視しているのだろうか?


奇妙丸の考え込む横顔をじっと見据える竹中半兵衛。半兵衛も光秀の心に野心があるのかを慮る。

(明智光秀の考え、土岐家執事の斎藤家を復活させて、美濃に土岐と斎藤の守護・守護代体制を創ることが天道だと考えているのか? それが美しき形だとでも思っているのか・・)


話し合っていた奇妙丸一行のところに、神社の氏子達が現れた。氏子は近隣の村から選ばれた成人前の六歳から十歳にかけての少年少女達だ。

代表の犬丸が奇妙丸に話しかける。犬丸は年長者代表の少年のようだ。

「お兄さんたち、織田家の人達でしょう?」

「そうだが」

「お慶姫様から、皆さまを拝殿にご招待するように命じられました」

「お慶姫は踊られているのでは?」

「今は休憩で中に戻られています。私達について来てください」

「分かった」

奇妙丸達は、少年少女に囲まれて拝殿へと向かった。


*****

大矢田神社拝殿内。


拝殿の入口を抜けると、お慶姫とお良姫の二人が、奇妙丸達を待っていた。

「踊りを見せて頂きました、素晴らしい舞でした」

「古から伝わる踊りを踏襲しているだけです」

「どこで習われたのですか?」

「御婆様がご指導して下さいました」

二人には御婆様がおられるのだなと認識する一同。


「ところでお慶姫、我々を何故お呼びに?」

「貴方達に御婆様が頼みたいことがあるといっておりましたゆえ」

「会った事もない私達に、どのような頼みなのでしょう?」

「それは私達もわかりません。しかし、あなた方が来られることは随分前から予言していました。そして、奇妙丸様、貴方が私達姉妹に深く関わることも昔から知らされておりました」

「「ええ?」」

あまりに突然の事で唖然とする一同。

「御婆様はすべて見通されるのです。それは私のご先祖様から代々受け継がれる能力です」

「成程・・・・」

「実は、私達もお慶姫様にお願いがあるのですが」

「なんでしょう?」

「姫の不思議な力で、星の欠片のありかを探っては下さいませんか?」

「星の欠片。 残念ですが、今の私には無理です」

「ええ?!」


「貴方が有名な巫者様なのではありませんでしたか?」

「いえ。私はまだ修行の身、未熟な力しかありません。真の巫者は私達の御婆様のことです」

「なるほど」

「巫者の力とは、鳥の体を借りて遠くの物事をみたり、痛みを取り除いてあげたり、天に日照りや雨乞いをしたりすることです」


「御婆様は、鬼道を完成させた‘白山 菊理くくり姫’の生まれ変わりと呼ばれ、若い頃は佐具利姫さぐりひめと呼ばれました。そして、未来を予測すること、死者と会話すること、自然と対話できる不思議な力をお持ちなのです」

「御婆殿なら、星の欠片のある場所が分かるのだろうか?」

奇妙丸が姉妹に問いかける。

「御婆様に会わせて下され!!」

於勝が必死の形相で頼む。

それを見て、お慶姫が静かに頷いた。


****

奥殿。


拝殿から暗く長い廊下を渡る。

奥殿は窓一つ無く、僅かに蝋燭の灯が点在するだけだ。暗い灯りの中で、天井から床まで垂れ下がった御簾の奥に、小さな人影が見える。

「よく参られた奇妙丸殿。 貴方達が来る事も、その目的も分かっています」

「用件も御存知なのですか?」

「ええ。しかし、星の欠片を手に入れる事は容易たやすくはありません。天に与えられた試練があります。私の言う試練を一つずつ越えることで、星の欠片へと近づくことでしょう」

「試練ですか?!」

いったい、どのような試練で、幾つあるというのだろうか。

一行にはまったく想像がつかない。

「試練はいくつあるのですか?」

「すべては菊理姫のお導き故、私にも分かりませぬ。

大矢田の祭りは、素戔嗚すさのおノ命の御霊と、八岐大蛇オロチの御霊を鎮めることにあります。しかし何世代にも伝えられるうちに形だけが残り本来の意味は失われます。

かつて、この地に大蛇。即ち‘悪竜’が住みつき、村人たちに害をなしたことがあります。この地の神・天ノ若日子は、素戔嗚の霊力を用いて悪竜を退治しました。

万世にこの祭りを伝え、祭りの意味を美濃の民に分かり易く教えたいのです」

「それが試練ですか?」

「この試練をやり遂げることで、貴方達の目的のものに近づきましょう」

「素戔嗚ノ命の伝説か」

奇妙丸はもちろん知っている。草薙ノ剣の一件で、『記紀』を読み返してもいた。

「民衆に、悪竜退治の物語を語ってください」

「分かりました、お婆様」

一礼して退出する奇妙丸。


長い廊下を引き返しながら、どうやって多くの人に一度に伝えるか思案する。

「御婆殿の言う事は本当なのでしょうか」

金森甚七郎は半信半疑だ。

「民と触れ合う良い機会だと思う。皆、協力してくれ!」

奇妙丸はやり遂げると決意した。

「「はいっ!」」

奇妙丸の指示の下、傍衆達が近隣の村に走り出す。

(兄の為に、俺は何でもやると決めたのだ!)

於勝は先頭をきって駆け出していた。


****

「登場人物たちの人形は出来たか?」

半兵衛の問いに応じる傍衆達。自分達の衣服を着せた案山子かかしを掲げる。

案山子かかしを使った即席の人形なので、これで許してください」

生駒三吉が代表して答える。

「よし、それでは次に、あそこの高台に陣幕を張ろう」

拝殿の屋根を見上げ軒下の神紋を確認する半兵衛。

「ここの神社の神紋は木瓜紋。大伴家の紋か」

生憎、四葉の木瓜の幕は持ち合わせていない。今からでは瀧川家に借りに行く訳にもいかない。

「ここは織田家の五葉木瓜紋でも良いだろう」

こうして、奇妙丸の発案による案山子かかし人形の舞台が整った。


****

神社の氏子達が御触れ回り、観衆たちが境内に集まる。

「集まったようですね。では、奇妙丸様お願いします」

「あれ? 半兵衛殿が皆に趣旨を説明してくれるんじゃ?」

「ふふふっ、ここは美濃の主として国民との距離を近づけねば ですね」

半兵衛は、奇妙丸の度胸を試すつもりだ。

「分かりました」

覚悟を決めて呼吸を整える。


舞殿の踊り場に立つ奇妙丸に観衆の視線が集まる。

「この神社は、天ノ若日子ノ命がこの地に住み着いた悪竜の魂を鎮める為に、素戔嗚ノ命を祀ったことが始まりだ。これから、素戔嗚ノ命と最強の悪竜と呼ばれた八岐大蛇やまたのオロチとの戦いを見てもらう」

しんとしずまりかえっているので、奇妙丸の声が響くが、案山子人形を準備している陣幕の向こうの傍衆達まで聞こえているかは微妙だ。

「若様、もっと大きな声で」

半兵衛が囁く。

「昔々の神世のころ」

奇妙丸が扇子で陣幕の方向を指し、民衆が示された方向を見る。

奇妙丸の話に合わせて陣幕の上、高い位置で案山子かかしが躍り出る。

「とある谷に悪い竜が住み着いた、この悪竜は、米の収穫を願って田んぼを耕す農民を襲い」

呂左衛門の操る巨大竜が、陣幕の上を行き来する。民衆は何が起こるかと固唾をのんで見守る。

「一人、また一人と、次々と呑み込んで行きました」

傍衆達の操る農民の案山子が、一つずつ巨大竜に飲み込まれる。

その様子を見て「おおぅ」と溜息のような声をあげる観衆。


****

陣幕の内、舞台裏。


傍衆達が案山子を持つ。楽呂左衛門は身長からオロチ役だ。白武者達が尻尾役を務める。

案山子の人形劇の配置の指示をするのは桜だ。

桜は耳が良く、多人数の位置関係を的確に把握する認識能力が高いいため、奇妙丸から総監督に抜擢された。

氏子の年長組は、傍衆達の手伝いをするために陣幕の裏で様子を見守っている。


「ひょんなことから、大変な事になったな」

於八が、隣にいた於勝を横目にわざと大きな声で言う。

かたじけない」

小さな声で感謝の言葉を言う。奇妙丸はじめ全員を巻き込んでしまった罪悪感から、しょげる於勝。

「まっ、於勝の為なら仕方あるまい」

池田正九郎が、於勝を励ます。

「誠に忝い」

仲間たちに感謝の気持ちで応える於勝。

「お兄さん達、頑張って!」

見ていた氏子年長組が小声で応援する。

「ほいほい」

少年少女達に手を振る正九郎。

「こらっ!」

桜が緊張を緩めるなと叱咤する。

「あはははっ、怒られてやんの」

怒られた正九郎を揶揄する佐治新太郎。

「こら、そこっ!」

新太郎に向って舌を出す正九郎。


桜の指示に従い、案山子をうごかす傍衆達だが、桜の指示は意外に厳しい。

「違う!違う!」

「ひい」

「此処!」

立ち位置を指定する桜。

「ちゃんとして!」

「立ち位置は此処」

「ほーい」

「返事!」

「はーい」

奇妙丸の演説の裏で、指示を飛ばす「鬼桜」が、氏子の少年少女達の中に深く残るのだった。


*****

奇妙丸の独唱が続く。


「悪い竜がこの村の長夫婦を脅します」

呂左衛門の竜が陣幕上で大きく暴れる。

「おい!三日後、お前たちの娘を私に捧げなければ、村人を全員食い殺してしまうぞ!!!」

「長である、夫婦には櫛稲田姫という美しい一人娘がいたのです。悪い竜の要求に困り果てる三人。そこへ、高天原を追放された素戔嗚命が、三人のいる村にたどり着きました」

悪竜に替わり、奇妙丸の陣羽織を着せられた一際豪華な案山子が躍り出る。こればかりは大事な主の陣羽織と於八が案山子を操っている。

「旅の方、我々のお力となってはもらえませぬか?」

「よかろう!素戔嗚は村の人々を哀れに思い、悪竜退治を引き受けます」

陣幕上では、そそくさと案山子の配置が変えられる。

「約束の日、岩に鎖で縛られた櫛稲田姫、その周りには酒樽が置かれていた。姫の姿を見、貢物の酒を見てすっかり満足した悪竜」

呂左衛門が巧みに竜頭を操り、生きているかのように動きを表現する。

「竜が好物のたっぷり詰まった酒樽に首を突っ込み、お酒を飲みだした瞬間。えいやっ!!っと素戔嗚ノ命が岩陰から躍り出て、竜の首を切り落としたのです」

素戔嗚人形が、竜の首を打ち落とす。

「切り裂かれた竜からは、竜に飲み込まれた農夫達が次々と助けられました。村長は素戔嗚命に感謝し、櫛稲田姫の婿に迎えたという。めでたし、めでたし」

切り裂かれた竜の身体から、農夫案山子が躍り出る。

「「おおーー!」」

拍手喝采が沸き起こる。

傍衆達は気を良くして、何度も何度も案山子を高く掲げたのだった。

この行事は観衆に大いに受けた。


*****


・・・この時、奇妙丸一行の舞台が、次の年から氏子の犬丸達少年少女によって、その形が受け継がれていくとは誰も考えてはてはいなかった。

但し、氏子の少年少女達が記憶していたのは、奇妙丸の語りではなく、鬼桜と傍衆達とのやり取りだった。

以降の祭りには「ひんここ ちゃい ここ ちゃい ちゃい ほーい ほーい(*1)」という謎の合いの手が入る。

氏子達が陣幕の内にいて耳でやりとりを覚えたので、空耳そらみみ的にまとめられたのであった・・・。


*****


(*1)=フィクションです。


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